第9話 汚れ仕事


 逮捕され、マスコミの前に引きずり出されると、霧崎は悪魔と呼ばれるようになった。通りすがりの女性から奪い取った赤ん坊を、いきなりナイフで刺し殺したのだから、そう言われるのも当然だろう。子供を目の前で殺された母親が、マンションの屋上から飛び降りたときも、謝罪の言葉はなかった。

「何か、言い残すことは?」

「いいえ」

 彼の首に縄をかけた執行人は、罪人の表情を見て背筋が寒くなった。死刑囚は、笑みを浮かべていた。優勝をしたスポーツ選手のような、なにかをやり遂げた者特有のさわやかな笑顔だった。

「理解できないな。まあ、犯罪者の心理など知る必要はないか」

 執行人は首を振った。

「これで、よかったんだよ。これでね」

 霧崎は、深く溜息をついた。

 恐怖はなかった。あるはずはない。自分はいい事をしたのだから、天国へ行けるだろう。

 彼は子供のころ病気で死にかけたのがきっかけで、触れた者の未来が読み取れるようになった。あのとき、ちょっとしたことから赤ん坊に触れた霧崎が見たのは、ガレキとたくさんの死体。物の焦げる匂いと、呻き声。そして、高笑いする成長した赤ん坊。

 そう。あの赤ん坊は、彼に殺されなければ将来爆弾魔になって大きなビルを破壊し、五百人もの命を奪っただろう。間接的に殺してしまった母親はかわいそうだが、仕方のないことだった。

 人殺し、悪魔。容赦なく投げつけられた罵声を、彼はぼんやりと思い出した。自分の名は、凶悪犯として人々の記憶に残るに違いない。いや、少しの間ワイドショーを賑わせて、そのまま消えるだろうか。

 人の命を救った英雄にしてはあんまりな結末だが、彼は別に構わなかった。大切なのは、自分がたくさんの人を救ったという事実。

きっと、俺は天国へいける。霧崎はまた微笑んだ。霧崎の顔に、目隠しの黒い袋がかぶせられた。


 気がつくと、霧崎は真っ白な世界を漂っていた。暑くもなく、寒くもなく、なんの匂いもしなかった。どうやら、ここがあの世という場所らしい。

 空間が波打って、霧崎の目の前に神様が現れた。

「神様…… 私は天国に……」

「何を言っているんだ、何を。お前は地獄行きだ!」

「な…… なぜ」

「あの赤ん坊が殺すはずだった五百人の中には、将来、核より酷い兵器を作る科学者と、その協力者数人が混ざっていたのだよ。巻添えを食う者はかわいそうだが、世界が滅びるよりはと、まとめて始末する計画だったのに……」

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