最終話 想いは秋風と共に…

 高須山の麓近くにある最終関所の「大仏(おおぼとけ)」に到着したのは、夕日が高須山に沈みそうになる直前だった。途中、代官所跡に設けられたステージを見たり、御陵をお参りしたため、国道のいちょう通りから外れてしまったからだ。


“ジュ~”


“パン!”


 俺は木製の通行手形に、美琴は紙製のパスポートにそれぞれ「焼印」「スタンプ」をつけ、その足で関所に設けられた福引場へと向かった。


「おや。若いのに焼印とスタンプ全部集めてくるなんて…最近の若い人は、規定の数だけ集めてくる人の方が多いのに、珍しいわね」


「そうなんですか?」


「先輩!私たち、褒められましたよ♪」


「そうだな!」


「もうすぐお祭りの時間も終わるし、特別出血大サービスだ!1人2回ずつ引いておくれ!」


「えっ、おばさん!いいんですか?」


「ああいいさね。景品も残っていることだし、残っても困るしね」


 そういうと係りのおばさんが後ろのテントを指差す。


 テントの中には、景品がまだたくさんあった。


「よ~し!それじゃ先輩、私から引いちゃいますよ♪」


“ガラガラガラガラガラ…”


 美琴が福引きの機械を回しだす。


「………あぁ…赤ははずれだよ…」


「残念だなぁ…」


 この後もう1回福引きを引いた美琴だったが、結局赤が出て、参加賞の記念メダルを2つもらった。


「さぁ、今度は彼氏の番だよ!」


「!!おばさん!先輩は彼氏じゃないんです…」


「おやそうだったのかい。私はてっきり…」


「…」


 福引き場のおばさんの『彼氏』という言葉で、俺はワールドバザールで美琴が言っていた『先輩には好きな人がいる』という言葉を思い出す。


 美琴は一体何を勘違いしているのだろうか?確かに、俺に好きな人がいるのは事実だ。その相手は、他でもない目の前に居る美琴なのだから…


“ガラガラガラガラガラ…”


 俺は頭の中がスモークガラスのようになりながらも、目の前の福引きの機械を回す。


 そして、2回回した結果…


「先輩。本当に私がもらってもいいんですか」


 美琴は嬉しそうにクリスタル製のマスコットがついたストラップを、沈みかけた夕日にかざしながら俺に問いかけた。


「えっ、あっ、ああ。嬉しいか?」


 福引きの結果、俺は2等の緑の玉を2つ出した。商品は美琴と俺が持つストラップだった。


 美琴がしているように、沈みかけた夕日にストラップのクリスタル部分を透かしてみると、中にいちょう祭りのかわいいマスコットが浮かび上がった。


「先輩とお揃いなんて…私、とっても嬉しいです!」


「えっ!?」


「いいえ、なんでもありません」


 俺とお揃いなのが嬉しいと言っていたように聞こえた俺だったが、それを確認する言葉を美琴に掛ける勇気は持ち合わせていなかった。


「…先輩、オリエンテーリングも終わりましたし、あそこの公園で少し休みませんか?」


 福引きを終えた俺と美琴は、歩いてきた道を引き返していたのだが、疲れたのだろうか?美琴は途中の公園を指差し、休憩を提案してきた。


「そうだな。最後は走ったから少し疲れたな…あの公園で休もうか?」


「はいっ!」




 その公園の周囲には、銀杏の木が植えられていて、黄色く染まった葉が風で舞い落ち、地面は黄色い絨毯のようになっていた。


「先輩!綺麗ですね!!」


「…そうだな!」


「…先輩、ちょっと聞いてもいいですか?」


 いつになく深刻そうな顔つきで、美琴が俺に尋ねる。


「急に改まって、一体俺に何を聞きたいんだ?」


 いつも俺に笑顔を振りまいている美琴が深刻な顔をして話をする時は、大概核心に迫る質問をする時だと、今までの経験から分かっていた。


 俺に、そして質問をしようとしている美琴に緊張が走る。


「以前鳳城先輩がお好きだった頃は、私に好きな人のことを何でも質問してくれましたよね!?でも、今は何も話してくれません。なぜなんですか?私のこと、信用できなくなりましたか?」


「(美琴に相談できない理由…だと…)」


「先輩、何故なんですか?」


「…美琴のことが信用できないなんて、とんでもない!美琴がけやき商に入学してパソコン部に入部してから、すごくたくさんの時間を一緒に過ごしてきたけど、おそらく俺は、今一番美琴のことを信頼していると思う…」


「それじゃ、先輩の好きな人のこと、いつものように私に話して下さい!女の子の気持ちを、先輩にお伝えできるって、言ったじゃないですか!」


「…ていうか、美琴、俺に好きな人がいるって、何で分かったんだ?俺は誰にも、好きな人がいることを話してなんかいないぞ」


「…だって、優勝祝賀会の後の打ち上げで歌った先輩の歌。とっても感情を込めて愛を囁いていたあの歌は、あの場にいた誰かに捧げた歌なんじゃないんですか?だから、あの場に先輩の好きな人がいると思ったんです!」


「!!!」


「…違いましたか?」


 確かに俺はあの場でこれ以上ない位の感情を込めて、あの歌を歌った。だが、所詮はカラオケでの話。普通はそんなことをしても、気持ちの中までは気づかないはずだ。


 だが、美琴は俺の歌に込めた気持ちに気づいていた。


「…確かに、俺には好きな人がいるさ。でも、今回は、今回だけは、美琴に相談することができないんだよ…」


「…なぜです先輩!私なら平気です。平気ですから…話して下さい!私を信用してくれているのなら、私に相談して欲しいんです…」


 今までの美琴なら、俺が無理だと言った事は大概引き下がっていた。だが、今日の美琴は、俺が話せないと言っても一歩も引こうとはしなかった。美琴にも、確信に近い、何か覚悟のようなものを俺は感じ取った。


 俺は、覚悟を決めた。




「お前に相談できないのは、好きな相手がお前だからだよ!!」


「!!…先輩…」


 その瞬間、柔らかな秋風が公園を通り抜けたかと思うと、周囲に植えられていた銀杏の木から、黄色に紅葉した無数の銀杏の葉が花吹雪のように俺と美琴を包み込んだ。


 俺は、後輩の美琴に告白した。


 俺が美琴に何でも相談していたにも関わらず、俺が今度の恋の相手について、素性を明かさなかったことを一瞬にして理解し、頬を赤らめ、俺を見上げている。


「美琴、俺と付き合ってくれるか?」


「…」


 美琴の目から、涙が溢れる。


「…先輩、本当は、とってもとっても、私、辛かったんです。先輩の、好きな人のことを聞いて、アドバイスすることが。でも…でも、私は、先輩のことが大好きだから、少しでも力になりたい、そう思って…グスン…ヒック…」


 美琴は、それまで胸の奥にしまい込んでいた感情を、ここぞとばかりに俺にぶつけているようだった。


 俺は、美琴を抱き寄せ、右手で頭を撫でた。


「…美琴。もう泣かなくていい。それに、ゴメンな。お前の気持ちに気付いてやれなくて…」


 その言葉に、美琴も俺の背中に腕を回し、俺を抱きしめた。


「先輩と、こんな風にするのを夢見てました…」


「これからは、ずっとこうしていられるんだ。美琴…」


「先輩…」


 二人の間を、秋の深さを象徴するかの如く黄色く染まった幾枚もの銀杏の葉が、秋風と共に通り抜ける。


 そして、そんな二人を祝福するかのように、夜の帳が降り始めた西の空で、一番星が瞬いているのだった。

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