第7章 秋風に誘われて

第1話 いちょう祭り

「!!!…先輩、ごめんなさい…」


「美琴、どうした?」


「…落ちている銀杏の実を避けて歩いていたら、ちょっとよろけちゃって…」


 優勝祝賀会と打ち上げが行われてから2か月後の11月下旬、俺と美琴はいちょう通りで毎年行われている「いちょう祭り」に来ていた…



***



 打ち上げ後、事実上パソコン部を引退した俺だったが、部の成績だけでなく学校の成績も割と良かった俺は『指定校』での大学進学を早々と決めたため、引退後もちょくちょくパソコン部に足を運んでいた。


 部長職は正式に真琴に譲り渡したため、部活では『煉先輩』と呼ばれることが多くなった俺だったが、何となくそう呼ばれることに違和感を覚えていた。


「(…部長という立場に執着している訳じゃないのに、何故…)」


「煉せんぱ~い!おはようございます!!」


「…美琴!『おはよう』って…」


「コンビニやファーストフードのバイトは、お店に入る時、朝じゃなくても『おはようございます』って言うらしいですよ♪」


「確かにそうかも知れないけど…」


「…どうしたんです?」


「いや、何だか部活で『煉先輩』って呼ばれることに違和感を感じていてだな…」


「…そうなんですか?私は前から先輩のことを『煉先輩』って呼んでますけど、止めた方がいいですか…」


「いや、美琴はいいんだ、美琴は!」


「えっ!?」


「まぁ、とにかく、美琴は今のままでいいんだよ」


「…わかりました。煉先輩!」


「(…そうか…今まで俺は美琴からしか『煉先輩』って呼ばれていなかったんだ…だから…)」


 感じていた違和感の原因にたどり着いた俺の後ろから、馴染みの声が聞こえてくる。


「こんにちは。先輩!」


「お姉!ちょっと来るの遅いんじゃない?」


「部活では『部長』って呼べって言ったでしょ!全くもう…」


 役員改選が行われてからも、この二人のやり取りは相変わらずだった。


「真琴と美琴のやりとりを見ていると『ああ、部活に来ているんだなぁ』ってしみじみ思うよ」


「先輩!お盆や正月に『田舎に帰ってきたぁ』みたいな感想はやめてください!」


「いいじゃんお姉!先輩の田舎がパソコン部で、私たちが帰るべき場所って思われているってことで!」


「(帰るべき場所、か…確かに、それは目の前にあるのかも知れない…でも、その本人に、俺の帰るべき場所になってくれる意思はあるのだろうか…)」


「ねっ先輩!そういうこと、ですよね♪」


「まっ、まあ、そういうことだな」


 無邪気に笑う美琴の言葉に、嘘偽りはないだろう。


 でも、『俺だけの』帰る場所になってくれるかどうかは、別の話だ。


「もぅ、先輩ったら…ところで、先輩は引退なさってからも部活に顔を出していますけど、進路のこととか、大丈夫なんですか?」


「お姉!知らないの?先輩は『指定校推薦』で、あの『銀杏大学』への進学を決めているから、部活に来ても大丈夫なの!!」


「『銀杏大学』と言えば、けやき商の指定校の中で一番偏差値の高い大学ですよね!先輩、さすがです♪」


「まぁ、俺よりも上の成績の人が『指定校』での進学を希望しなかったみたいだから…『運が良かった』と言うのが正しいかな…」


「『運も実力のうち』って言いますし、煉先輩はさすがです♪」


「美琴、ありがとう」


 俺は成績順でクラス2位であったため、1位のクラスメイトが銀杏大学を指定校で希望していたら、指定校推薦で銀杏大学に出願する道は断たれていたはずだ。だが、1位のクラスメイトはセンター入試で他の大学への出願を希望し、また他のクラスの俺より上位の生徒は、就職やセンター入試での大学進学を希望したため、銀杏大学の指定校枠が俺の成績順まで残された形となった。俺が銀杏大学に指定校で行けることになったのは、ある意味奇跡だった。


「そういえば、今度の土日、いちょう通りで毎年恒例の『いちょう祭り』が開かれますね♪」


「あぁ、いちょう通りで毎年開かれているあの祭りだな」


「はい。私のおじいちゃんは、毎年木製の『通行手形』を購入して、関所を回ってます♪」


「俺の祖父は、最近は『パスポート』にスタンプを押して回ってるな…」


 いちょう祭りとは、祭りの期間だけ国道沿いに設けられる「関所」を回り、木製の通行手形には関所名の焼き印を、紙製のパスポートにはスタンプを押していくオリエンテーリングがメインの祭りだ。焼き印・スタンプを一定数以上集めると福引きができ、手形やパスポートの購入代金よりも高価なものがもらえるとあって、地元の小学生からお年寄りまで、幅広い年齢層に支持されている。


「そこで!私と紗代、お姉で今年は行こうってことになってるんですけど、煉先輩も一緒にどうかな、と思って…いかがですか?」


「そうだな…今度の土日は特に何も用事が入っていないから、一緒に行こうか!」


「はいっ!ありがとうございます♪」


「(いちょう祭りか…行くのは何年振りかな…)」


 こうして、俺は美琴達と一緒に数年振りのいちょう祭りを訪れることになったのだが…



***



「ところで、真琴と紗代は何で来ないことになったんだ?」


 祭り当日、俺が待ち合わせ場所だったいちょう祭りのスタート地点である『追分』の交差点に来てみると、待っていたのは美琴のみで、真琴と紗代の姿はなかった。2人は来れなくなったとのことだったので、美琴と2人で祭りに入ったという訳だ。


「えっ!?えっと、お姉は友だちと大学のオープンキャンパスに行くことになったみたいで、紗代は急に家族旅行が入っちゃったみたいで…」


「そうなのか…それじゃ仕方ないよな」


「…先輩、私と一緒にお祭り回るの、嫌なんですか?仕方ないって…」


「!!美琴、そういう意味じゃないんだ!来れなくなった理由を聞いて、そういう理由なら来れないのも仕方ないって、そういう意味な訳で…」


「…フフフ…先輩、ちょっと拗ねたフリしてみただけですよ!」


 美琴が悪戯顔でウインクをしてくる。


「!こいつめ!」


 俺は、祭りの雑踏の中を逃げていく美琴を追いかけていった。




 追分関所で木製の通行手形とパスポートを一つずつ購入した俺たちは、各場所に設けられた関所で焼印とスタンプを押してもらいながら、各自治会や商店が出す露店を回り、関所オリエンテーリングを楽しんだ。


 7つ目の関所、けやき警察署近くに設けられた『神地関所』で昼を迎えた俺たちは、近くの公園で開かれている『ワールドバザール』で昼食を取ることにした。


「いか焼きにお好み焼き、大判焼きに…あっ、あっちには牛肉串まで…。どれにしようか迷っちゃいますね、先輩!」


「美琴!食べられるだけ買えばいい!今日は俺がおごるから!」


「えっ。先輩…いいんですか?」


「真琴と紗代には内緒な!」


「はいっ!」


 俺と美琴は思い思いの屋台で昼食を手に入れると、運良く空いたベンチに座り、昼食にありついた。


「あの、先輩!」


「うん?どうした?まだ何か食べたいなら買いに行こうか?」


「違います!いや、こうやって先輩と2人きりでお出かけするの、実は先輩と出会ってから始めてだなぁ…と思って」


「!!!(2人きり…)」


 言われてみれば、学校の帰りがたまたま2人だけになったとか、そういう特殊なケースを除いて、しかも、学校を経由せずに100%プライベートな時間に、美琴と2人きりになるのは今日が初めてだ。


 今まで意識しなかっただけに、急に恥ずかしさと緊張感が俺を包み込んでいく。


「…先輩、私たち、他の人から見れば、きっと『デート』しているように見えるんでしょうね…」


「!!!(デート!?)」


 恥ずかしさで発熱すらしてるのではないかと思う位暑くなった耳を触りながら、俺を恥ずかしさと緊張の渦に陥れている相手を見ると、気のせいか、美琴の顔も赤らめているように見えた。


「…美琴!?」


 俺から何とか口にできたのは、美琴の名だけだった。


「…いえ、何でもありません!私、変なこと言ってますよね…先輩には好きな人がいるって言うのに…」


「えっ!?(俺に好きな人!?何の話だ…)」


「…気にしないで下さい!…先輩!おなかも一杯になったところで、先に進みましょう!福引きはできる個数集まってますけど、完全制覇してから福引きを引きましょう!」


 美琴は座っていたベンチから立ち、座っている右手を握ると、俺を引っ張るように立ち上がらせ、そのままいちょう通りまで走り出した。


 そして、俺は美琴の手をしっかりと握り返すと、美琴が言い放った『俺に好きな人がいる』という言葉が頭の中を支配する中、美琴の横に並びそのまま次の関所まで走っていったのだった…



 第2話 に続く

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