色欲

 年に数回、『イトウ・シュンジ』は支店にやってくる。

 銀行からの出向組で、今は㈱I電気の常務取締役に収まっている。

 経理部長としての経歴も長く、各種銀行の窓口となり、それなりに有能であるらしい。

『私』が知る限り、性格は短気で女好き。

 基本的には、自分本位の人間だ。


 以前、出張先の中国で一緒になり、夕食を一緒に食べたことがある。

 その日、『イトウ・シュンジ』がフライトした夕方、日本では大震災が起きた。

 3日前に中国に入っていた私は、それを中国事務所のネットで知ることになる。

 翌日は、私は夕方の便で帰国する予定だった。

 夕食時、日本食レストランで震災の様子をTVを見て、大笑いし、映画のようだと興奮している『イトウ・シュンジ』を見て、最低な性格だと思った。


 国内が落ち着くまで、中国にいても良かったのだが、仕事も増えるだろうからと、香港空港へ向かった、この時点では日本へ帰れるかどうかも定かでは無かったが、羽田か成田には着陸できるだろうと思っていた。


 多少の調整はあったものの、概ね時間通りにフライトして、成田に降ろされた。

 東京駅までは、戻れたが、そこから先は足止めされてしまった。

 やむなく、待合室で1晩泊まることになったのだが、JRからは小汚い毛布1枚を渡されただけであった。

 すでに、何日か待合室で泊まっている人も多く、酷い悪臭が充満していた。

『イトウ・シュンジ』から電話があり、こちらの状況を伝えると笑いながら、自分は運がいいと話していた。

 戻ったら支店にも顔を出すから『ワタベ・マユミ』によろしく伝えてくれと言っていた。

 60歳を過ぎて、50歳過ぎのお局と、そういう仲なのだ、甥である『私』は自分の味方だと安心しているのだろう。


『私』が『ワタベ・マユミ』と揉めだすと、掌を返して警戒するようになった。

 当然だ、不適切な関係は公にはできない。

 目の届かない支店で、感情的になった『私』が口を滑らさない保証はないのだ。

 離すしか方法は無かったのだろう。

 前例のない、地方支店からの本社への栄転などを画策したのは『イトウ・シュンジ』だ。

 目の届く範囲で首に鈴を付けなければならなかった。


 人事部を動かしたまでは良かったが、『私』が断ると、人事部と『私』が揉めだした。

 焦ったのだろう…『イトウ・シュンジ』は『私』を会社から追い出す指示をだしたのだ。


 結局、『私』は解雇され、労働審判を経て、200万の示談金で和解。

 自己都合退職で会社を去ることになる。


 決着して、すぐに再就職したが地元の底辺企業では、持て余され、転職活動も以前の会社が大手すぎて手に余るとの理由で、断られてばかりだった。


 結局、私は…何処に行っても、厄介者だと、40を過ぎて自覚したのだ。


 普通にサラリーマンとして生きたかっただけなのに…。

『私』の周りは、それすら許してはくれない…。


 自業自得なんだろうが…『ボク』だけが罰を受けるのか?

 そんなことが許されるはずがないだろう。

『ボク』も受けるが…奴らにも受けさせなければならない。

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