物欲

 お金は自然と貯まるものだと思っていた。

 貯金が無い?

 そんな事とは無縁の生活を10年も続けていると、かつて貧乏だったことを忘れてしまう。

 ㈱I電気を解雇される1年前から、貯金は減る一方だった。

 減給、残業0 仕事なんてないのだから当然だ。

 それでも、来客だけはあるのだ。

 不思議なもので…『彼』にアポは取りたがる会社は少なくなかった。

 だが…『彼』に取り次がれることは無かった。

 会社ぐるみで、孤立化させるように通達が出ていたようだ。

 『彼』への外部からの連絡手段は、プライベートな携帯電話かメールだけ。

 その対応は『イシワタリ・アツシ』が行っていた。

 かつての『彼』の部下だ。

 『彼』の仕事は、全て『イシワタリ・アツシ』に引き継ぐように指示されていた。

 正直、引き継げる訳も無く、実質、裏では『彼』の指示で動いていた。

 取引先も、ソレを理解しているから『イシワタリ・アツシ』が伝令役にすぎないという認識であった。

 本人がその事実に気付き始めると、『彼』との距離をとるようになった。

 『イシワタリ・アツシ』にもプライドがある。

 自立心が良い方向にだけ向くわけではない。

 『イシワタリ・アツシ』にしてみれば、『彼』は邪魔以外の何者でもない。

「片山さんによろしく…」

 この帰り際の一言が『イシワタリ・アツシ』のプライドを傷つけていた。

 報告の義務はないわけだし、『彼』は連絡事項すら回されない立場。

 『彼』は『イシワタリ・アツシ』から聞かれたこと以外は、何も答えることはできないのだ。

 報告は次第に滞り…そして…『イシワタリ・アツシ』は仕事に穴を開ける。

 『イシワタリ・アツシ』に責を負わせるわけにはいかなくなっていた会社は、『彼』を呼び出した。

 呼び出された部屋には、役員と人事部がおり、『イシワタリ・アツシ』が隅に座っていた。

「なにかご用でしょうか?お偉方が、窓際の私なんぞに…」

「相変わらずの口の利き方だな 片山クン」

「不愉快であれば退室いたしますが」

「座りたまえ!!」

「キミは、係長の任を解かれた後も、部内において、越権行為を繰り返していたそうだね」

「具体的には?」

「挙げればキリがないので省くが…」

「1例をどうぞ」

「……イシワタリ君の報告によれば、キミに仕事の強制をされ、業務を遂行していたとある」

「命令はできません。彼が聞いてきたことに答えてはいましたが強要する意図はありませんし、できません」

「キミとイシワタリ君は、かつては上司と部下だ、キミの指示を命令として聞いても仕方ないことだよ」

「私は、あなた方の指示で、全ての業務から外されております。その私が、どうやって彼に仕事の指示ができるのでしょうか?ご説明頂きたい」

「キミが全ての業務から外されているなどということは、我々は知らないが…そう感じているのなら、周囲のキミへの不信感からではないのか?」

「人事部からの指示だという証言を得ておりますが、必要であれば、録音させていただいたレコーダーをお聞かせしましょうか?」

「キミは、そんなことをしていたのかね!! これは社に対する裏切りだよ!!」

「まぁいい…イシワタリ君、キミは片山クンに業務を強要されていたのだね」

「……はい」

「逆らうことはできなかった、そうだね」

「はい」

「結果、この損失を招いたと?」

「はい…全て、片山さんの指示です」


「そういうことですか…」

「そういうことだ…この責任は軽くは無いよ…片山クン」

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