第二十九回 聖なる心の鍵

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 そこは血生臭い匂いが漂っていた。


 万年筆の筆先が砂漠に赤黒いインクで文字を書き続けている場所から約十五キロも離れているというのに。乾燥地帯ゆえに砂に落ちたインクは、砂に染み入ると同時に空気中に気化していく。


 だだっ広い砂漠地帯といえど、その匂いが消えずに伝わってくるのは、それだけインクを使い、書き続けているからだった。


 圭士は前線から退いたキャンプ地でルカたちとの作戦会議を終え、鉄器兵にいち早く乗り込んだ。すぐに作戦実行時刻になると言う理由もあったが、圭士は血生臭さに耐えられず、少しでも匂いが遮られる鉄器兵の中に身を隠した。


 ルカたちは半月ほど前からここにいる。かなり匂いには慣れた様子だった。万年筆の筆先がある最前線に比べれば、このキャンプ地は匂いを感じないくらいだと話していた。


 破壊目標のあるところでは、どれだけ臭うのだろうか。圭士は鉄器の中で深くため息を吐いた。


 できれば、自分が鉄器兵の外へ出ずに、この鉄器兵に乗ったまま目標の万年筆を破壊することができればいいと圭士は強く願った。その作戦が圭士の鼻を煩わせず、かつここでの最適なプランであった。


 しかし、そうならなかった時のプランも当然ある。


 作戦決行時刻となり、圭士の操縦する鉄器兵を先頭に目標地点を目指した。圭士の鉄器兵は対戦闘兵型で移動していた。


 目標地点に近づけば近づくほど、理想作戦以外の選択はしたくない気持ちが高まる圭士。砂漠の地平線に浮かぶ光景が、どんなに蜃気楼であって欲しいかと思う。


 赤い海の蜃気楼。


 そんなものがあるのだろうか。すぐに圭士はそれを否定する。


 熱せられた砂漠から赤い蒸気がゆらゆら昇っている。風が吹いて空気中に胡散霧消するのではなく、砂嵐のように固まりとなって辺りに広がっていく。


 鉄器兵の中は、外と遮断されていてあの匂いは入ってこない。しかし、圭士は条件反射のごとく赤い蒸気を見て、鼻を曲げるような不快な臭いを思い出した。気分が悪くなるだけでなく、胃の中にあるものが戻ってきそうだった。


 破壊目標の一キロ手前になると辺りは、赤い霞がかかる。そして、ランダムな間隔で配置されたアイアン・メイデンが確認できた。しかし、圭士の乗る鉄器兵には一切目もくれず、後続の鉄器兵に襲いかかっていく。


 すぐさま圭士の後方で戦闘が始まり、ソードを装備した鉄器兵がアイアン・メイデンを斬りつけていく。さらにその後方からレーザー銃の援護射撃で、赤い霞の中で黒煙が昇った。


 圭士の乗る鉄器兵は、一般的な鉄器兵より厚くパープルエーテルを塗装しているため、ユニバースから検知されにくい。今のところ、アイアン・メイデンには気付かれることはなく目標に近づいている。ただ、一般鉄器兵より本体が大きいため、一歩一歩進む際に巻き上げる砂漠の砂の量がどうしても他より目立ってしまう。


 圭士の気持ちとしては、忍者のように足音を立てず、軽やかに進むよう心掛けたいが、そこまでの操縦技術はまだ得られていない。


 後方の戦闘に注意が向いてくれていることを圭士は願う他なかった。


 高温の外気は全く気にならないのに、極度の緊張と不安で口の中は乾く。


 目標に近づけば近づくほど霞の濃度は増して、まるで赤いユニバースの中にいるようだ。アイアン・メイデンの密度は高くなり、まだ気づかれていないとはいえ、圭士の感じるプレッシャーは、心臓をぎゅっと小さくする圧力だった。


 目標まで五十メートルもない。


 赤い霞の中に見上げるほどの万年筆の筆先。


 こちらのことを気にする様子もなく、白紙の砂漠に血のインクを滲みいられせていく。筆先を砂の中に刺し、砂をかき分けるように文字を書くと同時に、できた溝に血を流し込んでいるようだった。くぼみに溜まった血溜まりは、たちまち水が蒸発してくように赤い湯気を昇らせていく。


 京は、なぜこんなに自分の血を流してまで世界に固執するんだ。


 圭士の脳裏に、真っ白なワンピース姿で冷笑する姫宮京の姿を思い出す。


 その姿を断ち切るように、圭士はゲーム機風のコントローラーのボタンを押した。すると、鉄器兵の右腕にソードが装備される。


 背後を全く気にしない万年筆の筆先に一歩一歩近づいていく。


 あと十メートルを切ったところで、赤い霞が縦に割れた。割れた空間から青白い光が漏れだし、そこから人が出てきた。


 手に鞭を持った柳奈々だった。


「よりによってまた君か……。最悪なプランの選択か……」



- 2 -


 柳をよく見れば顔色は良くない。手で口を押さえいる。そして、ハンカチを取り出し、口を覆う。


 インクの匂いが相当ひどいことがわかった。


 少し時間が経てば、柳自らこの場から身を引くのではと圭士は考え、様子を見る。


 が、柳はわき目も振らずに圭士の乗る鉄器兵に向かって駆けてきた。


 生身のノンユニバースの柳には、当然鉄器兵を目視できている。


 圭士は軽く鉄器兵を跳躍させ、後方へ飛びのく。


 柳もそれに合わせてジャンプし、鉄器兵とつかず離れず。すると、柳は空中で腕を振り下ろし、持っていた鞭を放つ。


 圭士の目測では、鞭は届かない長さだと見ていた。


 が、鞭が伸びきる寸前、出雲で見たように鞭のいばらが伸び、瞬時に間合いを縮めた。


 圭士は完全に鞭を交わすことはできず、いばらの鞭は鉄器兵のつま先をかすめた。しかし、着地と同時に、鉄器内の青白い空間に損傷箇所のアラートが表示される。


 つま先は、紙を適当に破いたように裂かれていた。柳の持つローズ・ウィップの棘が鉄板をいとも簡単に引き剥がしていたのだ。


「深和さん。あなたがそれに乗っていることはわかっています。エクスカリバーを持って外に出てきてください」


 すぐに鉄器兵は、その場から跳躍して柳の頭上遥か上を跳び越え、万年筆へと落下地点を定める。ソードを振り上げた。無論、柳の誘いはお断りだった。


 落下とともに鉄器兵は赤く濃い霞を切り分けていく。そして、万年筆の筆先直上から見下ろすと、柳がすでに万年筆の上に立っていた。三重に重ねられたローズ・ウィップを両手で頭の上に掲げ、人の数倍はある重量のソードを受け止めようとしていた。


 鉄を切り裂くソードを鞭で防げるはずがない。もし、受けとめられるくらい強度の鞭だったとしても、鉄器兵の力と落下の力を女性の身ひとつで耐えられるはずがない。


 だが、寸前になろうとも柳は全く避ける素振りを見せない。


 ソードは、ローズ・ウィップと十字にクロスする。そして、硬質なものに弾き返されるソード。


 火花も散った。


「クッ!」


 鉄器兵は宙でバランスを崩す。


 圭士の目には世界がスローモーションに見えていた。柳は一切微動だにせず、余裕すらうかがえる。


 跳ね上がるソードが赤い海の中で弧を描き、鉄器兵は背中から砂漠に落下した。


 圭士はすぐに立ち上がろうとしたが、鉄器兵がうまく動かない。


 落下の衝撃で故障したのか? 大きなアラートは出ていない。


 しかし、突然、ソードに対してアラートが表示された。外部から直接圧力をかけられている。


 ローズ・ウィップがソードに巻きついているのだった。その巻きつく圧力は上がり、ソードのあちこちにひびが入り、瞬く間にソードは砕け散った。ソードを装備していたアームの一部も破損した。


「なんだよ、あの鞭は……。鉄を砕くってどんな力だ。それにあの表情……」


 圭士は、自分がエクスカリバーを持った時と同じ表情を柳もしていると思えた。血走る鋭い目つき。しかし、広角の上がる余裕の笑みもあった。


 ――やっぱり、ダメか。


 圭士は全身の力を抜き、全体重が倒れる背中にかかった。


「ルカ。こちら深和圭士。プランCに移行する。よろしく」


 一瞬間が空いて、ルカから了解のシグナルが表示された。


 圭士はそれを確認すると、鉄器に組み込まれているOPENと刻まれた物理ボタンを押す。


 圭士の左右から細い空気が吹き出る音がすると、フロントボディが徐々に上がっていく。それと同時に、熱を帯びた赤い霞が入り込んでくる。


 圭士は意を決して一度呼吸をする。


 赤い霞が鼻から体内に入り込むと、すぐに脳はその匂いだと判断した。


 ――重い血の匂い。


 急に胃が締め上げられ、圭士は激しく咳き込んだ。手で口を押さえながら鉄器兵から出ると、ホルスターに入ったエクスカリバーを背負った。


 すでに柳は目の前に立って、圭士に歩み寄ってきていた。


「ここは人が長く居られるようなところではないので、すぐに話をつけましょう。深和さん、そのエクスカリバーを大人しく私たちに渡して」


「はい、そうですかって、渡せる相手じゃないことくらい、あなた自身が一番よくわかっていますよね?」


 柳の進める歩みが一度止まったように見えた。


「それは百も承知。ただ、あなた方は、今、京さんがどうなっているのか。世界がどうなるのか知ることもできていない。その剣の力を持て余すことになる。決して京さんや世界を悪いようにしないから。今の私たちにはそれが必要なの」


 と、柳は鞭を持っていない反対側の手を差し出してきた。


 柳の言ったことに圭士は反論できない。柳の言ったことが正しいからだ。


 歩み寄る柳から圭士は、一歩一歩遠ざかる。


「世界を悪いようにしない? じゃぁ、一体どんな世界にしてくれるのか説明してくれよ」


「元の世界に戻るだけ。でも、Supertailはその世界には存在しなくなるかもしれない」


「それはとってもいい世界だよ。こんなことになった元凶がSupertailだからな。なくなってもいいが、あんたたちがそうするという証拠はどこにある」


「それは、そのエクスカリバーがなければ証明も実行もできない」


「堂々巡りだな。別にあんたたちが元の世界に戻すというなら、別に俺たちがやっても同じだろ。この状況をどうにかしたい気持ちは一緒なんだから」


「深和さんには、その剣は重すぎて使えない。だから、代わりにこちらで引き受けたいんです」


 柳はローズ・ウィップを振り放つ。圭士の背中にあるエクスカリバーにいばらが伸びていく。


 圭士はとっさに右肩から伸びるエクスカリバーの持ち手を守るようにつかみ、いばらを避ける。しかし、いばらの先端は、エクスカリバーの持ち手を握る圭士の手の上から縛り上げた。


「グァッ!」


 いばらの棘が圭士の手の甲に突き刺さる。


「深和さん。早くエクスカリバーから手を離してください。前の戦闘と同じように意識を失いますよ」


「離して欲しければ、先にそのいばらをほどいてくれないと……」


 エクスカリバーを握る手に熱がこもりはじめた。


 手の甲に刺さる棘の炎症のせいか。しかし、その熱は圭士の全身へと伝わっていき、そこでまた圭士は見知らぬ闇に引きづりこまれた。


 ――やばい、あきれ。また、俺……。



- 3 -


 ――大丈夫。見ているから。


 自意識が半分になった。


 左目が自分で、右目がもう一人。


 誰だかわからない。


 自分の意識の中に入り込んだ誰か。


 両手で持つ剣の上から誰かが押さえ込んでいる。


 俺はそこを切りたいんじゃない。


 敵は敵。だが、それは人。


 人を切っては――。


 少しの力加減で、握った剣の軌道がずれた。


 たとえ、抑え込まれていたとしても、その中で駆け引きができる。握られた手に温もりを感じた。


 古の魂とはいえ、元は人間が込めた人の魂か……。


 心と心が通じ合えば、気持ちも伝わる。


「そう。聖伝器せいでんきを持つ時は自意識の半分を相手に委ねると、力を分けてくれる。元は人の魂がうち込められた人の作りしもの。恐れる必要はない」


 柳は優しい声だった。


 圭士が振り下ろしたエクスカリバーは柳のすぐ横にあり、切っ先は砂を切り込んで埋もれていた。圭士の乗っていた鉄器兵が壁となり、柳は逃げ場を失っていたようだった。


「ハァハァハァ……」


 次第に意識を取り戻すと、圭士は自分の高鳴る鼓動と呼吸を認識し始めた。


 ――俺はまた。


 視界に微笑む柳が映る。


 柳は、圭士が振り降ろしたエクスカリバーの握る手を上から両手で優しく包み込んでいた。


「聖なる伝説の武器は決して怖くない。心を開いて、正直に話をしてみて。そして、相手の話も聞いてあげる。そんな風に……」


 柳の諭すような語りで、圭士は意識を取り戻し、今の自分の中にもう一人いることを認識する。


 それはエクスカリバーの魂。


 隣で頼り甲斐のあるパートナーが立っている。


 対等で互いの強み弱みを理解する絆で結ばれた存在。


 聖伝器・エクスカリバーを身に宿らせた圭士の眼光は鋭いが、体に無駄な力が入っていない自然な体勢をしている。


「こ、これは――」


 エクスカリバーを振り下ろした目の前に、空間の裂け目があった。鉄器兵を切り裂いてしまっているかと圭士は焦ったが、空間の切れ目と鉄器兵が重なっているだけだった。


 鉄器兵はまだこの後の作戦で使う予定なので、圭士が壊してしまっては元も子もない。


「ユニバースの裂け目です。ノンユニバースのみが生身で入り込める、姫宮京の心とつながる心想世界への入口。聖伝器は、ユニバースに干渉できる唯一の存在」


「これがユニバース」


 圭士は初めてユニバースを自分の目で見ている。


 ユニバースはDDDトリプルディーのみで認識できるものだと思っていたが、エクスカリバーなる聖伝器と言われる武器がユニバースをも切り裂く。


「これで深和さんもユニバースに入る資格を得ました。これで私がエクスカリバーを奪う必要が一つなくなりました」


「どういうことだ」


「あとは、深和さんの行動次第ですが、ユニバースの奥にある京さんの心をそのエクスカリバーで開けて欲しい」


「……」


「京さんは、今、心を閉ざし、姿を隠しています。いえ、実態はありますが意識をユニバースに閉じ込めていると言えばいいでしょうか。硬く閉ざされた鉄の扉で、心を囲ってしまっているんです。理由は、私たちにもわかりません。ただ、京さんの命に関わる状況まで来ています。


 ワールド・ノートもそうですが、ユニバースがなくなってしまう前に心の扉を開けなければなりません。京さんは自分で開けるつもりはないのか、自分で開けられなくなってしまったのか。扉を開けて確認する必要があるんです。その心の扉を開ける鍵となるのが、エクスカリバーです」


 彼女の言うことを簡単に信じていいいのか。表情からして嘘ではない気がする。しかし、海に突き落とし、銃で狙ってきた相手。油断はできない。とはいえ、彼女は剣の扱い方を教えてくれた。


 今、彼女の手にはもうローズ・ウィップはない。圭士が意識を失っている間にいばらの鞭は切り刻まれ、持ち手の部分しか残っていなかった。


 これがまた柳の罠だったとしても、今はエクスカリバーがある。


 圭士は頷いた。


「行こう。京の心に。俺も京の真実を見てみたい」


「あ、ありがとうございます」


 柳は深々頭を下げ、顔を上げると涙をこぼしていた。


 柳は輪をくぐるように、青白く光を放つ空間の裂け目へと入っていく。圭士もしっかりエクスカリバーを手にして柳を真似るように裂け目の中へ入り込んだ。


 二人がユニバースの中に入ると、自然と裂け目は消えていく。


 ユニバースの中は、白く細い光の線が幾千も縦横無尽に、まるで流れ星のように流れている。光と光が重なりより太い光となることもあれば、光と光が一つになってその場で星のように輝き出す。そして、また方々に散っていったり……。ただ、真っ直ぐ進んでいるだけの光もある。


 脳の中のシナプスを走る電気信号のようにも思えたが、ユニバースには道はなく宇宙を自由に動き回っているようだ。


 DDDで表示されているような青白さは一緒だが、現実世界とオーバーラップはしていない。


 あれは、DDDによる演算結果なのかと、圭士は推測した。


 圭士と柳は、ただ意識をするだけで空間の中を自由に動くことができた。出雲で亜耶弥と英士の精神世界に入った時とは打って変わって自由度があった。


 しかし、ユニバースに道標はない。どこにどう向かえばいいのだろうか。


「京の心は、どこに?」


 圭士が聞いた。


「願えば、すぐ」


「願う?」


「ここは、時間と距離に影響を受けない世界らしい。京の心の扉のある場所と願えば、自然と目の前に辿り着く」


 それを聞いて圭士は一つ納得したことがあった。エクスカリバーを手に入れた時、戦場に現れた白い槍。その槍が時と距離を無視して、別の場所に出現したこと。


 ユニバースがそれを可能にしたのであれば、不可能ではない。


「あんたたちがそういう仕組みを発見したのか?」


「いいえ。書いてあったの」


「どこに?」


「深和さんも見たでしょ、砂漠の字。ワールド・ノードに書いてあった」


「あそこに? いや、あれはそもそも読めるような字ではない」


「砂漠の字は、ね。でも、同時にNew World Noteにも自然と書かれていくの。京さんの字で。それは普通に読むことができるから」


 New World Note――Supertailが書かれたオリジナルのノートで、突然物語が終わったノートの続きだ。


「じゃぁ、京は今の世界の物語を書いていると?」


「そう」


「俺たちがそれからそこに向かうことも」


「今はノートが手元にないから確認できないけど、おそらくはね」


「どれもこれも京のシナリオ通りかよ。だったら、なんで助けなんてよこんすんだ。自らそこから出るとか、話を都合良くすることだってできるのに」


「きっと京さんがそうせざるを得ない理由がある。だから、私たちが心の扉に向かう」


 突然、圭士と柳の前にとてつもなく大きな鉄の扉が現れた。天も地も、どこまでも伸びる鉄の囲い。重厚で古典的な模様が扉表面に作りこまれているのかと思ったら、装飾はなく、ノッペラな鉄板だった。


「京さんの心の扉です」


「これが……心の扉。扉というより鉄の囲いにしか見えないな」


「でも」


 と、柳が指差すところに鍵穴がただ一つあった。


「扉の鍵であるエクスカリバーを差し込んでください」


 しかし、そこにエクスカリバーが入るサイズではない。


 圭士は疑心暗鬼になりつつも、剣先を鍵穴に向けた。すると、エクスカリバーは光を放ち、幾何学模様の形を作りながら何度もその形を変え、最終的に鍵穴サイズにまで小さくなった。鍵となったエクスカリバーの表面には、複雑な幾何学模様の光が浮かび上がっていた。


 圭士は鍵穴にエクスカリバーを突き刺すと、扉の中で、カチッと機械仕掛けの施錠が解ける音がした。そして、鍵穴の上下に光が走り、目の前で大きな扉の形になった。


 自然に扉はゆっくり開いた。


 京の心の中。


 西洋風の城の中にいるようだった。絨毯や天井、壁の装飾まで全て細かく作られていた。しかし、そこはまるで水の中にあるように揺らいでいる。


 壁に手を伸ばせばゆらゆらと突き抜くことができた。心が何たるかを言葉で説明せず描写しているかのようなだった。


 廊下を進んでいく。窓から日が差し込んでいるが、窓の外を見ることはできない。風景がない。一方、廊下に面した数々の部屋の扉の中は、水に透けて見ることができた。客間や応接間が豪華絢爛の装飾で囲まれていた。


 また、廊下には銅像が並んでいる。扉を一つ進むごとに一体ずつ並んでいる。中には像が立っていない台座もあった。


 京は廊下の一番奥の部屋にいた。自室のようで、ワンピース姿のままベッドの上にうつ伏せの状態でいた。肘をつき、下を向きながら黙々と何かを書いている。


 部屋の直前まで行くと、見えない壁にぶつかりそれ以上進むことができなかった。


「ワールド・ノートかも……」


 柳が言った。京は、ノートに何かを書いているようだ。


「京、俺たちの声が聞こえるか?」


 圭士の声は、水の中のように鈍く潰されていく。


「圭士。京を助けに来てくれたのかい?」


 圭士は、背後から聞き覚えのある声を聞いた。圭士が振り向くと、廊下で通り過ぎた銅像四体が目の前に立っていた。しかし、近くで見ると銅というよりは磨きを怠った錆びついた鉄のようだった。


 よく見ると、どこかで見たことのある顔立ち姿。


「忘れちゃったのか、圭士。俺だよ」


 と、錆びた像はギシギシと音を立てて、圭士の首に腕を回した。首肌に触れたその腕は冷たく、圭士の首の温度を奪っていく。


「まさか、聖士か?」


「そう! 正解」


「じゃぁ、零士に、真琴、弥里か」


 圭士は順々に像となった人物たちと目を合わせていく。しかし、笑顔なのは圭士だけで、聖士たちの表情に変化はない。像として形造られた際の柔らかい表情のみ。


「どうしてみんな、ここに? ここは京の心の中で……それにその姿は……」


 像となった聖士たちの姿に圭士は再会も正直喜ぶことができなかった。


「この世界で、京をはじめ、亜耶弥や英士を思うあまり俺らの心は錆びて、この通りさ。ま、京の計らいもあって、錆びついた俺らはこの心の城の廊下で見守っているのさ」


 と、聖士の像は語った。

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