第二十八回 ワールド・ノート
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エクスカリバーで片っ端から切断されたアイアン・メイデンの残骸の中で、圭士は一人うずくまっていると、肩に手を置かれた。振り向くとダンテが後ろに立っていた。バンを指差し、すぐに戻れとその姿は言っていた。
人が生身で外に出てはいけない世界。
意識を失ったのはそのせいなのか。ユニバースに心を持っていかれるとは、こういうことなのか。
圭士はどっと疲れた体を奮い立たせ、立ち上がる。すぐにダンテは肩を貸した。
「剣を……」
何としてでも持って帰らなければならないダンテたちの戦利品をこんなところに置いていくわけにはいかない。
ついさっきまで輝きを放っていたエクスカリバーに手を伸ばす。岩にめり込んでいた時と同じように薄汚れた剣は、圭士の疲労と比例するように重たく感じた。
剣を持ち上げて改めて辺りを見回した。
本当にこれを俺がやったのか。
圭士は、この現実を受け止められないでいた。いったいどれほどいたのかわからないアイアン・メイデンが鉄くずの山となっている。しかし、あきれと美佐緒が操っていた鉄器兵もその中に混じっていた。
圭士は、アイアン・メイデンと鉄器兵を殲滅していた。
圭士は、それを理解した瞬間、あきれと美佐緒は無事なのかという心配と不安が押し寄せてきた。脳裏に浮かぶ光景は、鉄器兵を操るDDDの赤くなった画面。危険を意味しているのか、鉄器兵の死を意味しているのか。今、あきれや美佐緒も赤い光を浴びて意識を失ってしまっているのではないか。
しかし、確認する術はない。
今はとにかくあきれの元へ戻るのみ。
アイアン・メイデンの過剰攻撃を受けていたバンは幸いにも無事だった。タイヤがくぼみにはまって出られないこと以外は。
アクセルを踏んでもただタイヤが空を回転するだけで、前に進むことはなかった。
圭士はタイヤの下に何かをかますことで、バンはくぼみから出るだろうと考えた。
バンの近くにエクスカリバーで切られた板状になった鉄器兵の残骸があった。圭士は数枚長めのものを拾い集めて、タイヤとくぼみの間に挟むようにして差し込んだ。
鉄板がタイヤと擦れて鉄器の表面を覆っていた薄紫色の塗装が剥がれた。赤黒くくすんだ鉄器本来の表面が見えると、圭士は幼少期の記憶が蘇った。転んで擦りむいたところがかさぶたになった膝。そのかさぶたと同じように見えた。そして、なぜかその鉄に悲しさを覚えた。
自分の手で壊してしまったせいもあったからかもしれない。自分や柳たちと同じように人が中に入っていなくて良かったと、軽く息を吐いた。
バンは圭士の目算通りにくぼみをあっさりと抜けた。そのあとは順調そのものだった。
まっすぐあきれたちの元へと帰ることができた。
しかし、圭士は想像以上疲弊していた。長旅をして襲撃を受けたダンテや美彩季たちに悪いと思っていたが、終始バンの中で眠ってしまっていた。
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バンは鉄器兵が保管されていたガレージの中に入った。
すでにあきれや美佐緒、雨宮たちが出迎えていてくれた。その表情に笑顔はまだなかった。しかし、ダンテや美彩季、圭士ら全員がバンから降りてくると、ガレージ内に拍手が響き渡った。
ダンテの肩を借りてバンを降りてきた圭士の元へ、車椅子のあきれが近づいてきた。
「鉄器兵が破壊されてユニバースから圭士の存在が消えた時は、どんなに心配したか。でも、まさかエクスカリバーが圭士に反応するとは思ってもいなかったけどね」
あきれはさらに圭士に近づいた。
「見境なく私たちの鉄器兵まで破壊することないでしょ」
あきれは、右足で圭士のすねを蹴った。
「あぁ、申し訳ない。エクスカリバーを手にした後のことはあまり覚えていないんだ。気づいたら、あの場を殲滅していた。それとアイアン・メイデンの中に古井諒と柳がいた」
「あの二人が……」
あきれは一瞬目を大きくして、深く考え込んでまった。
「俺はその二人を追い詰めた状況だったんだが、空間を白い槍が切り裂いて現れたと思うと、二人は空間の中に消えていった。槍を持った人物が誰だったかまでは確認できなかった」
「そういうことね。あの時、ユニバース空間が真っ白になった箇所があった。それは空間を切り裂いたせい。そして、その空間を切り裂く白い槍か」
「はい、圭士さん。お疲れ様でした。これに座ってください」
雨宮がガレージの隅に置いてあった椅子を持ってきた。
「ありがとう」
「ちょっと、俺にもエクカリバーを見せて――」
圭士が椅子に座るやいなや雨宮は、見物人が群がるバンの後部へと分け入った。
「柳が最後に、ノンユニバース同士戦うことになるって言っていた。どういう意味か分かるか」
「ノンユニバース。やっぱりいたのね。おそらくユニバースに影響を受けない人間のこと」
「影響を受けない?」
「圭士がその証拠よ。生身で外に出てもユニバースに心を持っていかれない。逆に言えば、ユニバースからノンユニバースを見つけることはできない」
「さっき俺の存在がユニバースから消えたっていうのは」
「鉄器兵の中にいたから、鉄器との微弱なつながりで存在を確認できていた。鉄器はもともと魂を守る座。人が入ることで鉄器は一つになる」
そこであきれは一つため息をついた。
「ノンユニバースが京姉さんサイドにいるということは、これからの進め方がまた難しくなる。そして、圭士への危険も高まる」
ここに残存する鉄器はほぼない。解体中のものか、修理中の鉄器兵が数体あるだけ。貴重な残りの鉄器兵を自分で破壊してしまったことに、さらに後悔する。
「なんで俺はノンユニバースなんかに」
「理由は一つ。Supertailの中に入ったから。しかも長い時間ね。私やダンテも亜木霊になったけど、ほんの一瞬。ノンユニバースになるほどのものではなかった」
「じゃぁ、美佐緒も」
「しっかり調べていないから。でも、おそらくは」
圭士は鉄器兵を操るノンユニバースの美佐緒が羨ましく思えた。Desiny begins to move.と未来を自分の手でつかみ取るには、圭士一人があがいたところで何も変わらない。
出雲の時もそうだったじゃないか。結局、京のシナリオの上で踊り続けるだけだ。
「とはいえ、ノンユニバースであることは一つの武器。その多くはユニバースに影響を受け、外は恐怖の世界と化している。そこを堂々自由にあることができるのが、人本来の姿。圭士……私はそんなあなたを頼りにしている」
〈緊急連絡。緊急連絡。前線部隊フダラク・ルカから緊急連絡。鈴木指令。至急司令室までお戻りください〉
「何かしら、ルカが緊急って……。私は行くわ」
と、あきれが車椅子の車輪に手をかけようとした時、圭士も立ち上がった。
「圭士は休んでいて」
「いや、行くよ。俺も」
「ちょっと無理しないで」
圭士は何も言わずにあきれの後ろに立ち、車椅子のハンドルをつかんだ。
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地下室の司令室に入ると、フロアに並ぶいくつもの画面が赤い光を放っていた。中には青いままのものもあったが、その数は少ない。
指令エリアに車椅子を押し、正面の青白い光を放つスクリーンと向き合う。そこには、ルカを中心に数人が映っていた。
「どうしたのルカ」
あきれが聞くと、ルカの隣にいた男性が話し出した。
〈二十分ほど前に前線から後退しました。突然、空間を裂くように白い槍が現れ、前線に配備していた鉄器兵が次々と破壊されました〉
「白い槍? どうしてそこに……。あ、続けて」
あきれは机に肘をついて頭を抱えた。
〈空間の切れ目はどこに出現するのか予測がつかず、三割ほど鉄器兵を失い、全鉄器兵を前線から引いています〉
「そうか。その他、変わった状況は?」
〈白い槍の出現以外はまだ特には……〉
「そう。こっちもエクスカリバーが手に入った。けど、鉄器兵の残存はないから応援には出せない。作戦を立て直してまた連絡するわ」
〈了解〉
スクリーンは、どこかの砂漠の映像に切り替わった。
「ありえない。時空を飛び越えたとでもいうの?」
「どうこうとだ、あきれ」
「圭士が見た白い槍がものの三十分で海を挟んで移動している。そんなことできるはずがない」
「いったいルカたちがいるところはどこなんだ。そう、そもそもここは地球上のどこだよ」
「そうよね。まだ、ここがどこだか伝えていなかったわね。ここは、元ニューヨークがあった場所」
「ニュ、ニューヨーク? あのビルが立ち並んでいたあの」
「そう。外伝にも書いてあったでしょ。亜耶弥と英士という破壊神によって何も無くなった大地。私たちはここをネーヨークと呼んでいる」
「外伝にあったニューヨークがなくなった後の呼び名か」
「そのままなんだけど。で、白い槍が出現したというルカたちがいる場所は、アジアの北側に広がるゴビ砂漠のほぼ中心。ここから一万キロも離れている場所よ。人が三十分で移動できる距離じゃない。その白い槍とやらが空間を縮めているのかも」
「一万キロ……。ルカたちはそんなに離れた砂漠の中心で何をしているんだ?」
あきれは、圭士の問いに答えるように、机のスイッチを押した。すると、正面スクリーンの映像が切り替わり青白い光景を映した。そこには、宙に浮く万年筆の筆先が文字を書き続けている。
「これだとどこに書いているかわからないけど、前線部隊の録画を見るとはっきり分かる。見ても吐かないでね」
と、あきれは間を空けることなくスイッチを押す。
スクリーンには、また色のついた現実世界が映し出される。
雲ひとつない青い空の下にどこまでも広がる砂漠。青と黄色の間に金色の万年筆の筆先があった。
自分でペンを持って腕を伸ばした位置くらいほどの大きさだ。映像では、かなり遠くにあることが分かる。
なぜ、そこから近づかないのか。映像のアングルは固定されたまま。
すると、画面を横切るアイアン・メイデン。一体や二体ではない。映像が左右に動くと、いたるところにアイアン・メイデンが万年筆を守るように背を向け、こちら側を監視しているようだった。
ここまでは、吐くほどのグロテスクな映像はなかった。
てっきり、撮影者の手ぶれがひどいブレブレの映像か、戦闘中の凄惨な光景なのかと思っていた。
カットが切り替わった。
次は上空からの映像だった。しかし、そこに映っていたのは、圭士が予想もしない砂漠の光景だった。
誰の手にも握られていない万年筆が、しかも筆先だけで砂漠に字を坦々に書いている。途切れることなく、砂の上を一定のスピードを保ったまま進んでいく。
砂漠に書き記される字の色は赤黒かった。水が砂に染み込んだようにも、人の血のようにも見える。その字は、まるでインク量が調節されていないかのように滲み、泣いているようにも見える。
それがスクリーン一面にびっしりと広がっている。
カメラは高度を上げているが、どこまで上がっても字は途切れることがない。気づくと、画面は砂漠に書かれた字で赤黒くなっていた。
呪われた砂漠とでも言うべきか。人によっては目を背けてしまうような気持ちのいい色ではない。
そして、カメラに向かって発光体が近づいてきた。それがカメラにぶつかるとスクリーンには何も映らなくなってしまった。
「邪推するつもりはない。結論を教えてくれ」
「ワールド・ノート。この世界のシナリオを構成する京姉さんの大地のノートとでも言えばいいかしら。そして、ここがユニバースの発生源でもある」
New World Noteなんて呼ばれていたノートの続きがあったな、そういえば。
「地表に書くなんて、なんと大胆な」
「京姉さんのやることだからね。でも、大胆さの度が過ぎている。あの万年筆のインクは、おそらく京姉さんの血」
「血?」
「確証はないけど。Akire( i )のシステムを考えると、血を使わない限り、この世界が京姉さんの思い描いたようにはなっていないはず」
「いったいどれだけの血が……」
「二年間、京姉さんの世界は続いているからね。血を薄めたり、少量の血を培養するなりして量産しているのだろうけど。どれくらいなのかまでは見当もつかない」
「あきれ。それって……」
「普通でいられるような状態ではなさそうだけど、まだ血が枯渇したわけじゃないし、ユニバース・京姉さんの心想世界が存在する以上、まだ京姉さんは生きている」
「じゃぁ、ルカたちはあれを壊そうと?」
「えぇ。あの万年筆さえ壊れてくれれば、ユニバースの力も半減してくれるはず。本当に心って厄介よね。体の奥にあったらあったで、わかりにくくてさ。かといって、ユニバースのように前面に出てきて、なおかつ常時つながっていて煩わしいくらいわかりすぎちゃうってのも嫌ね」
「京はまだ何かを企んでいるのか?」
「さぁ、私にはもうわからない。企んでいるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。なんとなくだけど、私は心を探しているような感じがしている。でも、じゃぁ、その心が何かって言われても私にもわからない」
あきれは、そっと腹の前で手を組み、ただの砂漠を映すスクリーンを見つめ直した。
「京は心の潤いが欲しいのかもな」
「何よ、それ」
「いや、砂漠に己の血で世界の物語を書き綴るなんて悲しみを通り過ぎて、心がカラカラに乾いちゃってるのかなと思って」
「圭士のポエムは気持ち悪いわ」
「ほっとけ」
「心が乾くか。それでユニバースで人類の心を繋げようとするのもわからないでもない。でも、本当に人類にそんなこと必要だと思う? 圭士」
あきれの問いに圭士はしばし黙って考えた。自分の中では、答えはすぐに出ていたが一歩踏みとどまった。
一人外に出た時のあの乾いた世界で、もしユニバースで誰かと繋がれたら不安はなくなるだろう。
ポツンと立たされたあの場所から、どこの方角にどのくらいの距離に何があるのか。すぐに分かっていれば不安にもならない。
その場に自分一人しかいなくても、どこに誰がいるか分かっていれば不安にならないで済むかもしれない。誰かと心が繋がっていればなおさら。
でも、大量に流れてくる想い。時に大声で受け止めきれないほど。一度に間違えずに聞き入れることができるわけが……。
圭士は、一人、外の世界に立った時、はっきりと心をつかまれた。それはユニバースで繋がったものではない。言葉では言い表せない精神のつながり。
――絆だ。
「必要ない」
「んじゃー、あそこまで行って、万年筆の先っちょをチャチャッと壊してきて!」
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圭士は丸一日、泥のように眠った。
その間、あきれたちはネーヨーク施設内にある鉄器兵や各種パーツをかき集めて、圭士をルカたちのいるゴビ砂漠まで飛行できる機体を作っていた。
言うまでもなくバンも解体され、ユニバースに感知されにくい一人乗り用の機体が出来上がった。そして、戦闘でも圭士が操縦できるようパネルとゲーム機で使用するコントローラーが組み込まれて、コマンドで操作できるようにもなっていた。
圭士は、移動中、機体の中で簡易マニュアルを読みながら、操作を覚えることに余念がなかった。
その理由は一つ。ユニバースの発生源となる万年筆の筆先を破壊することだ。飛行するだけでなく、変形して対戦闘型鉄器兵と姿を変えることができる。普通の鉄器兵の三倍近く大型化されている。
その変形を出発前のガレージで見た時、多くの男性諸君は興奮を隠すことができずにいた。ただ、これに搭乗できるのは一人のみ。
当然、圭士だ。
しかし、もともと本部要員の雨宮がこの時に限っては、この機体に乗りたがって、子供のように駄々をこねていたのが滑稽だった。周囲の女性陣は、引き気味ではあったが……。
ただ、変形型にするには訳があった。
「いい? 絶対絶命のピンチの時以外は、絶対エクスカリバーを使っちゃダメよ。なぜか、わかるわよね?」
「あぁ。意識を失うからだろ」
「えぇ。でも、あの時意識を失った理由は、外に出てユニバースに心を持っていかれたからじゃない。エクスカリバーに意識を乗っ取られたから」
「エクスカリバーに?」
「圭士はノンユニバースよ。ユニバースに影響を受けない。であれば、聖剣であるエクスカリバーに意識を乗っ取られたと考えるのが妥当」
「それなりの器でなければ扱えない剣だと言いたい」
「伝説級の剣なんだから、それだけ覚悟を持ちなさいってこと」
「そうだな。Supertailの中じゃ、そんな意識は微塵もなかったな」
「……」
あきれは何かを言おうとしたが、圭士から目をそらした。
「何かを言いたかったんじゃないのか?」
「……。もし、圭士がエクスカリバーを持つような状況になった時は、私を思い出しなさい。聖剣ごときにあなたをみすみす渡してなるもんですか」
「あぁ、そうする。実は、エクスカリバーを持った時、一度あきれの声を聞いたような気がするんだ。だから、その時はまた頼むよ」
「はぁー、私は呼んでないし。……そうなったらって、あの鉄器兵に乗っているならエクスカリバーを握る必要はないんだから。聖剣は、単なるの古代のお守りよ」
「そろそろ圭士さん、搭乗お願いします」
ガレージの片隅まで届く雨宮の声に、圭士は手を挙げた。
「じゃぁ、行ってくる」
あきれは軽く頷いた。
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