第二十二回 失われた物語

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 ラスボスを倒せば、囚われていた姫や人々が解放されるのがRPGおきまりのシナリオである。RPGに限らず、物語の類のものであれば、それが当然の展開だ。


 出雲編、最後の敵ブラック・シャドーを倒したというのに、さらわれた刃隠零士は戻ってこない。


 美佐緒の願いが届いてしまったこともあり、Supertailのシナリオが改編されてしまった。本当にそのせいなのか。圭士は何が原因なのかここまでの物語をひっくり返し、思考を巡らせていた。


 シナリオが改編されてしまったことで、零士を助け出す方法が変更されてしまったのか。


 ラスボスがいなくなった今、どこからどうやって零士を助け出せというのか。


 圭士と弥里、そして美佐緒は、出雲大社から零士の屋敷に向かっていた。出雲大社と屋敷とで二手に分かれて零士の帰りを待っていたが、屋敷にいる亜耶弥に集合するように言われた。ただ、それに反発したのは美佐緒だった。


 亜耶弥は何か考えがあって連絡をよこしたに違いない。美佐緒は、零士との再会は出雲大社じゃないとダメだと、まだ自分のシナリオにこだわっていた。なら、出雲大社に残ればいいと圭士は美佐緒に伝えたが、結末は自分の目で見るんだと言って、文句を言い続けながら圭士たちに着いてきた。


 圭士は美佐緒の文句をそばで聞き流していたが、その中に答えがあったような気がした。零士を助け出す方法。それは、必然といえば必然の方法だ。


 美佐緒のシナリオ改編でカットされたシーケンスにそれはあったのだ。それを再現することで零士は戻ってくる。ただ、それをどうやって再現するか。すでに、ラスボスを倒し、幕間明けのきっかけをどう作るべきか。


 自問自答したその時、見失ったものを見つける方法を思い出した。こっちに来てから何度そのきっかけの言葉で場面が急変しただろう。圭士は打ってつけの言葉を何度も心の中で唱えた。


 圭士たちは昨晩一度訪れた零士の屋敷に到着した。しかし、屋敷には亜耶弥たちの姿が見当たらない。


 昨夜は亜耶弥の神衣から放つ光だけだったので屋敷の状況がよくわからなかったが、明るい今ならはっきりとわかる。予想以上に荒れ果てていた。物荒らしが入っただけでは、屋敷はこんなにも朽ちはしない。十数年放置されたままの廃屋のようだった。割れ落ちた窓から差す陽の光で、埃がチラチラと反射する。


 奥の部屋へと進んでいくと、地下への入り口が畳ごと跳ね上がっていた。それは、昨夜のままだった。しかし、真っ暗だった地下への階段がほんのり明るく見えた。そして、下から声が聞こえてきた。それは亜耶弥たちの声だった。


 地下へ降りると、空っぽな空間の壁一面に火が灯っていた。土がむき出しの地下空間を隅々まで見渡せることができた。地上の屋敷と同じくらいの広さがあった。亜耶弥たちはその中央で圭士たちを待っていた。


 聖士と英士は、本当に金塊が綾小路家にあったのかを談義していた。


 聖士は剥がれ落ちた金の一つでも持って帰ろうとしていたようで、何もないこの場所に落胆していた。冗談だとしても人んちのものだと、英士に叱られた。


 この屋敷やこの地下空間にその金一つ落ちてないことから、金塊はそもそもあったものだろうか。単なる噂なのか。では、その噂はどこから湧いてきたのか。


 気づくと圭士も二人のやり取りを聞きながら考えてしまっていた。


 金塊があったのなら、すでに盗まれたか使われてしまったのか。もしくは、この場所ではない他の場所に移されているか……。


 ――考えても無意味だ。


 圭士は思考を停止させた。なぜなら、Supertailにも答えが書いていないからだ。


 正直、物語としては破綻している。フラグは回収されず、読者に疑問だけを植え付けていて終わる。細かい設定で筋の通っていない物語ではあるのだが……。だからこそ、想像の余地があると言えなくもない。そうでなければ、美佐緒のようにストーリーを改変してでも納得した結末を心から願う読者が現れなかっただろう。


 ――Supertailへの愛だな。


 圭士は、まっすぐ訴える美佐緒を見て笑顔を向けた。


「何よ?」


 美佐緒は意味不明に笑顔を投げかけられ、ぎょっとしていた。


「いや、なんでもない」


 ただ、これはSupertailへの愛であって姫宮京へのものではない。例え、シナリオが改編されて理想の描写ができたとしても、友達が帰ってこない状況を許すわけにはいかない。



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「さて、全員集まったところで、零士をどう助けたらいいのかしら?」


 亜耶弥が問うと誰も口を開かなかった。


「この場合、彼女に責任とってもらえばいいんじゃない?」


 しばしの沈黙の後、英士が美佐緒を指差した。


「あぁ、確かに。この展開を望んだのは彼女だしな」


 聖士も話に乗っかった。


「何で私が……。そもそも私のシナリオは完璧だったのよ。だけど、ブラック・シャドーなのか姫宮京なのかわからないけど、シナリオのいいところだけかいつまんで持っていかれちゃってるの。私のシナリオ通りに進めば、零士が戻ってこない状況にはならなかったのよ。だから、ここで私にどうしろって言われても何もできないわよ」


 美佐緒は、英士の提案を突っぱね返すように、がっちりと腕を組んでそっぽを向いた。英士と聖士は、やれやれというように首を左右に振った。


「一つだけ、方法がある」


 圭士は言った。すぐに全員が圭士を見る。美佐緒は体を外に向けたままだったが、視線だけは向けてきた。


「それはどんな方法かしら、圭士?」


 亜耶弥が問うた。


「シナリオ改編で失われた物語の中に方法はある」


 勘のいい亜耶弥はすぐにどういうことかわかったのか、ニヤリと口角を上げた。


「でも、失われた物語なんだから、もう戻ってこないでしょ?」


 弥里が圭士の矛盾を指摘する。シナリオ改編により状況は変わっていて、どう失われた物語を取り戻す流のか。当然の疑問だ。しかし、圭士の表情には余裕がうかがえる。


「その失われた物語は、今ここにいるメンバーだけで再現可能なんだ」


 圭士がそう言うと、みんな互いに顔を見合わせた。しかし、表情は曇っている。


「再現可能とは言っても、ブラック・シャドーを倒して一つになったこの状況だとだいぶ演技っぽくなっちゃうけどね。だけど、零士を助けるため、俺たちの力で元のシナリオを引き寄せてみたいと思う」


 京は俺らを困らせたかったのではなかろうか。それが京のお遊びなのか、本気なのかはわからない。


 ここまで出雲編という物語を知った上でストーリーを進んできた俺たちだ。それが改編されて行く道、進むべきストーリーがなくなったなら、どうするのか。


 困り果てる俺たちを見たいのか。それとも、この苦難を乗り越えて進めという作者の期待か。


「“Destiny begins to move.”運命は動き始め、神のシナリオに抗うことができると思って、ここへやってきた。それは、みんなを助けるため、京を救い出すためだ。でも、シナリオが改編されて結末が変わってしまうこんなSupertailは好きじゃない。シナリオに抗える力があるなら、元に戻すことだってできると思う」


「ったく、この野郎が」


 聖士が満面の笑みで圭士の首に腕を回し、頭をなで回した。


「言ってくれるじゃない、圭士」


 真琴は目を潤ませていた。


「圭士、どうしてわかったんだ?」


 英士が聞いた。


「あぁ、ここに来る間、彼女がずっと文句を言ってて、元々のSupertailの展開を口にした時、その方法ならと思ってさ」


「Supertailへの不満が役に立ったわけか」


 と、聖士。


「ちょっと文句とか不満とか、ずっと不機嫌な女みたいに言わないでくれる?」


 美佐緒の食ってかかる甲高い声が地下空間に響き渡った。


「とはいえ、俺の力だけじゃ失われた物語を再現することはできない。もちろん、零士を助けられない。だから、みんなの協力が必要なんだ」


「言われるまでもない」


 聖士はクールぶって圭士の方に手を置いた。


「あぁ、もちろん協力するに決まってる」


 英士は強く頷いた。


「それでどうしたらいいの?」


 弥里がたずねた。


「俺が再現シナリオに入るきっかけの質問を聖士にする。俺が意図する答えが導き出せれば、少々芝居がかった掛け合いで話が進み、元のSupertailの軸に乗れるはずだ」


「えっ、俺? 答えられるかな、大丈夫か?」


「大丈夫。聖士が言わないと始まらないからな」


 圭士は悪戯っぽく笑った。聖士は腕を組み考え込むように、どんな質問でも答えられるようにと必死に頭を回転させた。


「聖士が答えたら、せっかくブラック・シャドーを倒したこの一つにまとまった輪に亀裂が入るかもしれない。そこは、我慢し――」


「圭士。それは心配いらないわ。私たちなら問題ない」


 亜耶弥が圭士の言葉尻に重ねてきた。それは自信たっぷりな口調だった。


「あぁ、大丈夫」


 と、英士もまた頷いた。


「まさか、あれをやる気?」


 美佐緒は表情を険しくした。もともと美佐緒の理想シナリオに組み込んでいたシーンとはいえ、この状況でそれを再現できるのか心配だった。


「じゃぁ、失われた物語を取り戻そうか!」



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 圭士に視線が集まる。圭士がどんな質問をするのか、聖士は答えられるのか。その場に期待と不安が入り混じる。


「この行く先がわからない。零士の居場所がすごく知りたい。聖士。こんな時はどうしたらいい?」


 圭士はわざとらしくないよう自然に振舞って言ったつもりだったが、少々力が入り込んでしまった。


「え、こんな時どうしたらいいかって……。先がわからない。場所が知りたい……。あっ! 千里眼!」


 出雲駅前で零士の屋敷を見つけるために、亜耶弥と真琴が連携して行った妖術だ。真琴は、うんと頷いたが亜耶弥は黙り込んでしまった。さらに表情は暗く聖士とも目を合わさない。


 圭士には、それが亜耶弥の演技なのか素の気持ちなのか区別がつかなかった。まさにSupertailを読んでいて思い描いていた一つのシーンを圭士は見ていた。


「ん? なんだよ、亜耶弥。黙っちまって。なんで英士もそっぽ向いてんだよ」


「英士?」


 弥里がさらに問い直すように声をかけるが、反応することはなかった。


「けっ! いつまでもそーやってろよ。思い返せばそうだな。ずっと変だと思ってた。何か核心に近づくと英士は俺を気絶させるし、亜耶弥は核心に触れることは聞いてもしゃべろうともしないし。ツクヨミとかインドラとかお前らに神の力が宿っていることはわかったけど、本当に人間なのか? 昔から俺が知っている亜耶弥と英士なのかよ」


 さっきまで笑顔で圭士とじゃれ合っていた聖士は、そこにはいなかった。友に裏切られたように辛く悲しい表情の聖士。言い切った後に、跳ね上がる心拍を抑えるように大きく息を吸い込んだ。


「聖士。それはちょっと言い過ぎでしょ。私だって、よくわからないことは多いけど、せっかくここまでやってこれたのに、そんな言い方は……」


 真琴の声は、尻すぼみする。


 一瞬にして火で灯る明るい地下空間が冷え切った空気に包まれてしまった。


「それは」


 英士はすぐに言葉に詰まった。


「もういいよ。英士、話そう」


「まぁ、亜耶弥がいいなら……」


 ありがとうと亜耶弥は英士に言って、一歩前に出た。淡く光る神衣が静かに揺れる。


「私は、この出雲を治める神・鬼神バロン。その片割れ。だから、出雲の地脈が私に伝わってくるの……。ということは、私は出雲の力を借りれば借りるほど、自分の命を縮めるってこと」


「じゃぁ、今まで自分の封印を解くまで使った力のせいで、亜耶弥ちゃんの命、縮めちゃったの? ブラック・シャドーを倒す時もすごい妖力だったし」


 真琴の目はまた潤んでいた。先とは違う悲しみに包まれた目だった。自分が知らないところで、命を削っていること。そんな亜耶弥を悪く言うことは絶対できない。


「すごい縮めたんじゃない?」


 弥里が聞いた。


「七十年くらいか?」


 英士が答えた。


「八十年よ」


「八十年? いったいいつまで生きるつもりだよ。人として、死んどけよ」


 聖士が嫌味をきかせた。


「この地球が崩壊する頃までは生きられるけどね」


 亜耶弥がさらりと答えた。


 どんだけだよ、と圭士は心の中で突っ込みを入れた。Supertailでは、誰もここに突っ込みを入れるものはいなかったのだ。Supertail読者なら、ここは自分で突っ込みを入れたくなる場所である。


「俺はあと四百年くらいか」


「どうして?」


 また弥里が英士に問う。


「英士は違うんじゃないの?」


 と、真琴がさらに聞いた。


「私の命が流れてるから」


 亜耶弥がまたさらりと答えた。


 弥里は、亜耶弥の発言で全身から力が抜けたようにガックリと肩を落とした。周囲は亜耶弥と英士の話に釘付けで、弥里の変化に気付くものはいない。ただ唯一、圭士がそれを見ていたくらいだ。


 弥里は英士を好いていたのだ。英士の中に亜耶弥の命が流れていると言われて当人が平気でいられるはずはない。初めて英士ではなく、亜耶弥から聞かされたのだから。英士の知らないことを。


「どーゆーことだ?」


 聖士が、なぜ英士の中に亜耶弥の命が流れているのか問う。


「七年前。俺が十歳の頃。亜耶弥に力を覚醒させてもらった時、一度死んだんだよ」


「力が大きすぎて、十歳の体が持たなかったのよ。それで、力を封印するとともに私の命を吹き込んであげたの」


「本当は俺も封印を解きたかったけど。また、死ぬのは嫌だったから」


 亜耶弥は、その英士に振り返り、


「英士のためなら、私の命を全部あげても構わないわよ」


 誰も聞いたことのない亜耶弥の強く、そして甘い言葉。しかし、それは完全に英士に向けられた言葉。周囲の目など気にもしないと思わせるほどだ。


 弥里は一度だけ服の袖で目を押さえ、鼻から息を吸った。そして、気持ちを落ち着けリラックスするように、吸った息を吐き出していた。次に目を開けた時、弥里の目は誰よりも澄んだ瞳をしていた。


 亜耶弥の英士に対する告白が、弥里の英士に対する想いを吹き飛ばしたかのようだった。


「でも、ここに零士がいないのなら無駄だ」


「そうでもないわ。ここから探せばいいのよ。私と英士の力でね!」


 告白を終えた二人は、抑えていた気持ちを前面に押し出していた。


「どーゆーことだよ」


 聖士が問いただすが、亜耶弥は英士の手をとって聖士たちから離れて、地下空間のまだ広い奥へと進んでいく。二人が一歩一歩進むたびに、亜耶弥を包み込む白い光が亜耶弥の手を伝って、英士に流れて英士を包み込んでいく。


 光に包まれた二人が聖士たちから十分に離れたところで、向かい合った。


「英士。両手を私の手の上に」


 亜耶弥が差し出した両手の平の上に、英士の手が重ねられる。そして、英士の手が下から握られた。


 しばらく二人が向き合っていると、だんだん二人を包む光が強く輝き出した。そして、亜耶弥の髪が風もないのにふわふわと浮き始め、ゆっくり波打つ。


 亜耶弥の額に光が集まり始めていた。


「そうか! わかったよ、ツクヨミ」


 英士も亜耶弥と同じように目をつむり集中する。


 すると、亜耶弥と同じように英士の額にも光が集まりだした。二つの光の玉が頭上に浮き、一つに合わさるとミラーボールのように光をあらゆる方向に放った。


『古来より住みける地球の精霊よ。大地に伝ふる一人の魂を今、ここに連れ戻し給え』


 二人が同時に言い放つと、頭上の光の玉がいっきに横へと広がり、二人の足元と天井に魔法陣が浮かび上がった。二人を上下で挟む魔法陣の間に出現した光の魔法陣がいくつも上下に動いている。それは、まるで二人の体をスキャニングしているかのようだった。


「聖士。これが終わったら私たち、一日は目が覚めないから必ず結界を張って待っててね」


「頼むぜ、聖士」


 二人の言葉は別れを告げるかのように爽やかだった。


『来たれ、我らが天使! 大地の光!』


 亜耶弥と英士の重なる二人の言葉に呼応するように魔法陣がさらに円を広げた。そして、地下空間の壁から出雲大社の泉で見た小さな光の玉が湧き出てきた。それは魔法陣へと吸収されていく。


 出雲の大地の力が亜耶弥たちに吸い寄せられて行っている。その数は、表現できないほど絶え間なく集まっている。その光で、亜耶弥たちの姿が見えなくなるほどだ。


「これが地脈を流れてくる出雲の力か。なんて妖力だ」


 圧倒的な力の前に聖士は押しつぶされそうになっていた。


 上下に動き続ける多重の魔法陣が高速に回転しながら、突如、二人の足元で重なり、一枚一枚、次々と勢いよく天に向かって飛んでいく。地下空間の天井にぶつかることなく、壁をすり抜けて消えてしまう。


 天地にある魔法陣を残して全ての魔法陣が飛んでなくなってしまった。


 が、すぐに一枚が天から降りてくると、また次々と飛んで行った魔法陣が住処に帰ってくるように戻ってきた。多重の魔法陣が現れると、その光の中に人がいた。光り輝いて全身が白飛びしていて誰だかわからない。


 その人物がゆっくりと亜耶弥と英士の間に降り立った。


 最後にまた多重の魔法陣が天に向かって飛び去っていく。しかし、その光の中に二人の影が見えたような気がした。それは一瞬のことで、魔法陣は天井をすり抜け消えてしましった。


 役目を終えたのか、天地の魔法陣が回転をやめ、中心に収縮していく。


 亜耶弥と英士の間で小さな一つの点になると、パッとそれは消えた。そして、亜耶弥と英士は意識をなくし、倒れかかる。


 それを二人の間に立つ人物が両手で抱え、その場にゆっくりと寝かせた。



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 聖士たちはいっせいに二人を寝かせる人物に駆け寄った。背を向けていたその人物は、ゆっくり立ち上がり振り返った。金髪がかった中分けの髪が揺れた。


「零士!」


「零士!」


「零士君!」


 聖士、真琴、弥里は口々に叫んだ。すぐさま、聖士は零士を抱き締めた。


「みんな、ありがとう。ただいま」


 青年零士の少し高い声は優しかった。


「零士、嘘だろ。信じられねぇ」


「聖士、俺だって信じられないよ。今までずっとブラック・シャドーが作った暗い世界に閉じ込められていたんだ」


「亜耶弥ちゃんと英士が助けてくれたんだよ」


 真琴は笑顔で涙をぬぐいながら声をかけた。


「そうか。二人が」


「あ、結界張らなくちゃ」


 思い出したように弥里が聖士に言った。


「あぁ、そうだった」


「でも、どんな結界張ればいいの? 何も言ってなかったよね」


 真琴が確認してきた。


「結界? そうか。それなら俺が張るよ」


 そう言って零士は、寝かされた亜耶弥と英士の前に向き直った。突然のことで、誰も零士に声をかけられず、零士の背中だけしか見ることができなかった。


「母なる大地よ。我が全能の神ゼウスよ、彷徨える者に、天の祝福を。天の光!」


 二人に差し向けられた零士の手から黄色い光の網が広がり、亜耶弥と英士を上から包み込んだ。


「へぇー、零士もできるのか、そういうの」


 驚いた聖士が後ろから声をかけた。


「俺は人間じゃないからな」


「人間じゃないってどういうことだよ」


 結界を張り終えた零士がこちらに向き直り、ニヤリとする。


「こういうことだよ」


 と、両手で羽を広げるようにいっぱいに開くと、零士の背中から天使の羽が光の粒子を振りまきながら広がった。それは、黄金に輝く羽。


「すごーい、天使みたい」


 真琴が目を輝かせて、その羽に見入っていた。


 亜耶弥と英士が目覚めるまで、零士を囲んでここまでの冒険譚を聞かせた。黒い影のこと。聖士、真琴、弥里、圭士の能力のこと。美佐緒がストーリーを改変したこと。もうラスボスがいないこと。亜耶弥と英士の知られざる過去のこと。


 ここまで見てきたこと感じたことをそれぞれ十分な時間の中で伝えた。そして、思い出話は時間を忘れさせ、あっという間に一日が過ぎていった。


「そろそろ目が覚めてもいい頃だろ」


 と、聖士が亜耶弥たちの方を見ると、零士の張った結界がいつの間にか消えていた。


「一日経つと自然と消えるようにしておいたから、いつ二人が目を覚ましてもおかしくないね」


 結界が消えてからというもの、一向に二人は目を覚まさせない。


「うそ!」


 二人の近くで様子を確認した真琴が動揺した声を上げた。


「どうした真琴」


 すぐに聖士が駆け寄った。


「二人とも息してないよ」


 聖士は英士の首に手を当てた。


「本当だ。脈がない」


 聖士の手は、同時に英士の体の冷たさを感じ取っていた。


「ここまできて、そんな……」


 二人を見つめる真琴の目からじわじわと涙が浮かぶ。


「せっかく零士君が戻ってきたのに」


 弥里はその場にしゃがみ込んでしまった。


「死んだと決めつけるのはまだ早いよ。まだ二人の魂は完全に体から離れていないんだよ。普通、死んだら魂が天に召されるんだよ」


「じゃぁ、二人はどこに?」


 聖士が零士にすがるように聞いた。すぐに零士は答えなかった。グッと口を一文字にして力を込めた。それから覚悟を決めたかのようにして口を開く。


「危険かもしれないけど、もしかしたら、戻れなくなるかもしれないけど。二人の中に入ることはできる」


「行こう」


 すぐさま聖士は声を上げた。


「行こう! 今度は私たちが二人を救うのよ」


 弥里も立ち上がった。


「絶対助けよう」


 真琴も涙を拭って立ち上がった。


「零士、頼む」


 圭士は零士の方に手を乗せた。


「わかった。みんな、精神を集中して! 行くよ!」

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