第二十一回 月の光と黒いバラ

- 1 -


「なんだ、なんだ。ちゃんと俺の出番が用意されてるじゃん。ここで俺が行かねば誰が行く」


 聖士はノリノリでその場から飛び跳ねて、光の舞い降りる出雲大社に一人行ってしまった。


「ちょっと、聖士。単独行動は……。もう、待ちなさい」


 すぐに真琴が聖士の後を追う。同時に忍者姿の美佐緒も軽快に家の屋根に飛び移り、走り去っていく。


「無茶苦茶になってないか?」


 英士があきれたように言った。


「そうね。でも、京ならやりかねない。その真意は本人でなければわからない。私にはわからない。ただ……」


「ただ?」


 一瞬の間に英士が聞き直す。


「私はこんなやり方が気に食わない」


「どうして」


「自分で作り上げる理想だったはずの世界を他人の意見で、普通改編するかしら。よほど、それに納得させられなければ簡単に自分の作った世界を変えないでしょ」


 ということは、この改編に何か意味があるのか。


 圭士は、亜耶弥の意見から京の行動を考えてみたが、この改編が何に通づるのか全く想像がつかない。Supertailの出雲編を何度読み返しただろうか。この先の展開が目に浮かぶほどわかっているのに、作者の、京の意図がわからない。


 小説とは、作者の一方的な押し付けを読者自ら楽しむもの。全く知らない世界を旅して、楽しむ。読み終わってもう一度読むことだってある。でも、それが自分の知らぬ間に改編されていたらどうだろか。新たな物語として、楽しめるのか。またもう一度、あの世界を楽しみたいと思って読んだはずなのに、楽しめなくがっかりしてしまうのか。


 本を読んでいてそんな経験は一度もない。当然だ。今の圭士は、このSupertailを楽しもうともがっかりもしない。


 少し悲しく心に空いた小さな隙間に冷たい風が吹いた。


 圭士はそれが京の気持ちのように感じた。


 厚く閉ざされた壁の中で、京がノートに物語を綴り続けている。そんな印象だった。


 綴り終わったノートを一枚一枚破り、壁の隙間から外へ押し出す。助け舟を求めるための手紙ではない。


 気持ちを押し殺して書いた何でもない物語。


 無意味とも思えるストーリーをなぜ、作るんだ。



- 2 -


「さぁ、我に白き光を放つ力を。発刀・聖刀修羅!」


 聖士の手に白い刃の刀が出現する。


「さぁ、月の輝きと力を我に。発刀・覇刀月光!」


 月神佑士の手に黄色い刃の刀が出現する。


 出雲大社の屋根の上で、圭士と月神は刀を構えて向き合っていた。晴れた夜空に浮かぶ月からの光が、二人の刃の上を滑っている。


 互いに一歩踏み出した瞬間、二人の姿が消えた。


 キーンと金属音が静寂な出雲大社に響き渡る。二人は屋根の中央で刀を突き合わせていた。


「さすがだね、有皇川聖士。戦い甲斐があるよ、神殺し」


「よく言ったもんだ、月神佑士。お前も神どもを殺そうとしたじゃないか」


「そんな昔の話は覚えていない」


 月神は、聖士の刀を振り払って姿を消す。


 聖士は、消えた月神のあとを追うように姿を消した。


 しかし、先に姿を現したのは聖士だった。夜空高く飛び跳ね、次第に重力に引かれていく。


 辺りを見回して月神の姿を探すが見当たらない。


「背中を相手に向けるとは愚かだね、有皇川。煌煌殺こうこうさつ!」


 澄んだ夜の空気の中、月神の声が響く。


 そして、月の光と同化していた月神が聖士の背後に現れ、刀を一振りする。


 黄色の光が一閃。


 聖士は、間一髪刀で一撃を防いだが、振り返るのに一歩間に合わず、バランスを崩したまま、直上から振り下ろされた月神の一振りで地面に叩きつけられた。


「神殺しの末裔といえど、所詮、月の神には歯が立たなかったようだな」


 土埃が風に流されると、大きく地面がくぼんでいた。聖士はその中央で片膝をついて空に浮く月神を見上げていた。


「口数の減らないやつだな。まだ、一撃を受けただけだぞ」


「よく言うねぇー」


 聖士は立ち上がり、刀を横斜め下に構えた。右足を一歩下げて深く体を沈め、跳ね上った瞬間、月神に向かって一閃の白い光が直進する。その一筋の光は辺りに広がっていく。


即悪聖光乱破斬そくあくせいこうらんぱざん!」


 光が高速に何度も明滅する。


 そのたびに金属のぶつかる音がする。


 が、明らかに明滅の回数に比べると少ない。


 光の明滅が終わると、月神は社の屋根の上に落ちた。屋根を転がり落ちる体を起こして途中で止まった。月神の息は上がっていた。


 服のあちこちに切れ目があり、頬の切り口から血が流れていた。


「最小限に抑えたようだが、全部は防ぎきれなかったようだな。この技は、幻獣でも殺せる技だ。防いだとしても、一つ一つのダメージは小さくない。神殺しの末裔をなめるなよ」


「そうかい。じゃぁ、それなりのお礼をしないとね。殺されてから後悔するなよ」


 月神は、刀を横斜め下に構えた。右足を一歩下げて深く体を沈め、跳ね上った瞬間、宙を降下する聖士に向かって一閃の黄色い光が爆進する。その一筋の光は辺りを飲み込むように広がっていく。


月光乱破覇斬げっこうらんぱはざん!」


 黄色の光が爆速にフラッシュする。


 そのたびに金属音が鳴り響くが、フラッシュの回数に比べると明らかに少ない。


 フラッシュが止むと聖士は着地するが、崩れるように両膝をつき、左脇腹を手で押さえ込んだ。


 多量の血が滴り落ちている。


 月神は、聖士から少し離れた場所に降り立った。


「ハァ……ハァ……ハァ……、なめないでくださいよ。月の力を……」


「ハァ……ハァ……ハァ……。観察はこのくらいでいいか」


 聖士は刀を杖代わりにして、ゆっくり立ち上がる。


「観察? 今までが観察だったと? 笑わせるな。そのザマで強がっていたいだけでしょ」


「終わり良ければ全て良しだ。終わりにしてやる」


 聖士は貫かれた脇腹の痛みをもろともせず、両手で刀を持ち、天へ向けた。


 キラキラっと刀が光を反射すると、みるみると白い光がどこからともなく聖刀に集まってくる。そして、自分の正面でぐるっと刀を一回転させた。


 すると、聖士は白い光の玉の中にすっぽり包まれてしまった。


 光は集まることをやめず、玉は次第に燃え始めた。白い炎に包まれた聖士の、頭上から白い火の粉が天に舞う。


聖豪鳳絶烈閃襲せいごうほうぜつれんせんしゅう!」


 月神は一歩足を引き、奥歯を噛み締めた。


「馬鹿な。それは、聖剣技だぞ。なぜ、聖刀で……」


「これが神殺し、剣闘神の力だ」


「ふざけやがって。カタをつけてやる」


 月神は刀を月に向けた。


 周囲に広がっていた月の光が、月神の刀へと吸収されていく。そして、身を一回転させると、月の光が刀を追い、光が月神をまとうように包み込む。


 光の吸収は止まることなく、月神の中へと入り込んでいく。


 月神が刀を両手で構え直すと、発火スイッチが入ったかのように月神をまとっていた光が燃え出し、黄色い炎の玉となる。


月光華武閃刀太げっこうかぶせんとうた!」


 聖士の白い炎の玉と月神の黄色い炎の玉が、互いに引かれ合うように距離を縮めていく。


 そして、白と黄色の炎は複雑に混ざり合い、さらに大きな炎の玉となった。急な温度変化で風が吹き起こると、夜の空で火の粉が踊り狂った。


 光の中で白と黄色の一閃が交わった時、炎の玉は爆発した。



- 3 -


 爆発の光に美佐緒は目を覆う。爆風に耐えつつ、おさまっていく光の結末を確認する。


「そうよ。こういうのを待っていたのよ、私は。夜空と月のシチュエーションはもとより、聖士と月神の戦闘シーンもしっかり描かれてるじゃない」


「おいおい、これじゃ二人とも……」


 大爆発に英士はそれ以上口にできなかった。


「聖士――っ」


 真琴は爆発の中へ突っ込もうとするが、弥里がそれを止める。


「離して。聖士が、聖士が……」


 突然、爆発の中から突風が吹き出した。爆煙が吹き飛び、その中から白い光に包まれた聖士が現れた。


「聖士!」


 すぐに真琴が飛びついた。


「あ、いや、ちょっと待っ……痛っ!」


 聖士は脇腹を押さえ込んでうずくまった。


「あっ、聖士。ご、ごめん」


「お前ら、コントかよ」


 と、英士が突っ込む。


「回復術・ヒール」


 亜耶弥が癒しの玉を聖士の傷口に押し当てた。


 聖士の呻き声はおさまり、平然と立ち上がった。


「大丈夫?」


「ありがとう、亜耶弥。大丈夫だよ、真琴」


 真琴はホッと胸をなでおろし、目を輝かせて聖士を見つめた。


「で、月神はどうなった? 姿が見えないけど」


 英士が聞いた。


「俺に負けたから月の光に戻ったようだ。いつの間にか消えていたよ」


「ちょっと。それ、どういうことよ。月神がいないくなったら、この後の物語はどうなるのよ。まだ、ロボット編とハワイ編にも出てくるのに」


 美佐緒が聖士につっかかる。


「俺に言われても知らねぇよ。自分が望んだんじゃないのか」


「ハァ? ちょっと、神の声? 見えてる? 聞こえてるでしょ? 月神佑士が消えたけど大丈夫なんでしょうね?」


 美佐緒は天に向かって言う。


 辺りはシーンと静まり返っている。零士の屋敷で聞いた邪悪な声の返答はなかった。その代わりに、グラグラと地面が揺れ始めた。


「地震?」


 長い小さな揺れの後、突き上げる大きな揺れ。同時に爆発が起きたように低く鈍い音が遠くから聞こえてきた。そして、ズルズルと、シュルシュルとどこからか何かが地を這う音が近づいてくる。


「見て。八雲山が」


 亜耶弥が出雲大社の裏手にある山を指差した。


 月の光に照らされたその山の頂上には、巨大な黒いバラが一つ咲いていた。山から太いいばらの植物が出雲の地を締め上げるように伸びている。その進みは止まらない。ところどころから黒いバラが咲き、その中から黒き影が小虫のごとく溢れて出てくる。


 口々に慌てふためく声を上げる。


 圭士は八雲山の黒いバラをじっと見つめていた。


「ブラック・ローズ……」


「何なのよ、この展開。月神との戦闘の後は、零士の救出とブラック・シャドーとの決戦なのに。何? このバラ。私の設定ガン無視じゃない」


 また美佐緒がキャンキャン吠える。


 美佐緒の独自設定はともかく、このバラは異常な設定だ。ブラック・ローズ編と名を打つ物語はあるが、この出雲編では全く登場しない。


 ――京は一体何を考えているんだ。


 八雲山の上に落ちたかのようなバラの中から、いばらが天に編み上がっていく。星空を背景に、それは腰から上の巨人として姿を形作った。


 バラのスカートを履いて、いばら髪をたなびかせる女巨人のよう。


 だが、口を開けば低い声がどこまでも響く。


「最後の刺客もあの程度とは。世界を我が手中にせしめんとする者には必要なかったな。誰かの力など必要はない。本当に必要なのは、我が力のみ。我が黒いバラの帽子をかぶらなかった者には消えてもらおう」


 溢れかえった黒き影が、あちこちに広がっていく。


 ――黒いバラの帽子。こいつが帽子屋か。


 帽子屋が長のブラック・ローズ。目的は世界征服だったっけ。それがブラック・シャドーになっているということは、役どころぴったりのはまり役じゃないか。ブラック・シャドーも似たような目的だからな。


 Supertailで、ブラック・シャドーは名のごとくで、細かい姿の描写はない。思い思いに姿を頭の中で描いていたわけだが、帽子屋が亜木霊としてブラック・シャドーとなり、帽子屋の思い、つまり秘密結社ブラック・ローズによる世界征服が、このSupertail世界でバラの形として現れた。


「あんなにでかいのをやるのか?」


「聖士、ビビってるのか?」


「そんなんじゃねぇーよ。一人一人の攻撃じゃ、いくらやっても効き目がないだろ」


「じゃぁ、どうするっていうだ」


「馬鹿ね。そのための私じゃないの?」


 と、亜耶弥が振り返る。


「ツクヨミ!」


 それぞれの答えが一つに重なった。


「とは言っても、ツクヨミの力だけではあの巨人には勝てない。でも、真琴ちゃん、弥里ちゃん、圭士の合成術。それと、英士、聖士、そして私の合成技なら」


「その二発でケリがつく」


 亜耶弥は黙って強く頷いた。


「小さい影たちに邪魔されたら時間と体力のロスにつながる。いっきに本丸に突っ込むわよ」


 圭士は指を口で挟み、高い音の口笛を吹いた。地平線から聞いたことのない生物の鳴き声が聞こえてくる。それが圭士たちの頭上に現れた。


「さすが翔竜術の使い手ね」


 巨大な翼の生えたドラゴンが宙で円を描くように飛んでいる。圭士は今度は短く吹くと、ドラゴンは目の前に降り立ち、尻尾をこちらに伸ばしてきた。


「じゃぁ、合成術組はドラゴンに乗って、ブラック・シャドーのところへ行こう」


 緩やかな傾斜の尻尾を登り、ドラゴンの背に立つ圭士と真琴と弥里。


「私たちはこれで」


 と、亜耶弥は自分が着ていた神衣の裾を細長く切り裂いた。それをさらに二つに裂き、聖士と英士に渡した。それを首にかけると、羽衣のようにふわふわと体が浮かぶ。


「聖士、英士。私から離れないでよ」


「あぁ」


 亜耶弥たちが先に飛び立った。それを追うようにドラゴンも翼をばたつかせて飛び立とうとする。


「ちょっと、私も連れて行きなさいよ」


 美佐緒の声が聞こえてきた。


「さっさと乗れよ。置いていくぞ」


 圭士は手で招く合図をした。しかし、ドラゴンは羽ばたき始めていたため、美佐緒は尻尾を平行棒の上を走るように駆け抜けた。



- 4 -


 前を行く白い光に包まれた三人に、ドラゴンが追いついた。


 星空の中に立ついばらの巨人ブラック・シャドーは、まるで宇宙に浮かぶ未知の生物のようだった。しかし、誰も怯むものはいなかった。


「油断はできないわ。合成術組は私たちが戦っている間に詠唱を。行くわよ」


 亜耶弥の掛け声で、聖士と英士と亜耶弥は飛行速度を上げてブラック・シャドーに向かっていく。


 圭士たち三人は、ドラゴンの背で三角形に立って向き合い、二本指を口の前に立たせて詠唱を開始した。


 ブラック・シャドーは右手を亜耶弥たちに振りかざす。ゆっくり動いているように見えるが、巨人の手は空気を切り裂いて向かってくる。


「俺から行くぜ」


「聖士、無理しないでよ。さっきの回復は、全快じゃないんだから」


「ここに来て、そんなことも言ってられねぇーよ」


 聖士は、亜耶弥たちから離れ、向かってくる巨大な右手に狙いを定める。


「玄武術・聖光破せいこうは!」


 聖士の両手にそれぞれ集まる妖力の塊から、レーザービームのように二砲発射され、右手に伸びていく。一本のビームは手の平を突き抜けるだけで、巨人の手の勢いは止まらない。


「チッ。そうしたらこうだ」


 聖士は手を振り上げた。二本目のビームが波を打つように巨大な刃となり、ブラック・シャドーの右手を切り落とす。


 すぐにブラック・シャドーは左手を繰り出した。巨大な拳が亜耶弥たちに向かってくる。


 今度は、英士がその拳にスピードを上げて突っ込んでいく。


「白虎術・玖愚皇雷拳くぐこうらいけん!」


 英士が右手拳を繰り出すと、ブラック・シャドーの巨大な右手と同じくらいの白虎の拳がぶつかり合う。


 空気を弾き飛ばし、大地を揺るがす。


 お互いゆずり合う気はない。


 互いの拳がギシギシと押し合い、ついに白虎の拳がブラック・シャドーの拳を砕き裂いた。


 ブラック・シャドーの正面が空いた隙に、亜耶弥は接近する。


「聖魔神術・聖々鳳々琳せいせいほうほうりん!」


 亜耶弥の持つ槍の先に妖力が瞬時に集まり、巨大な光の玉ができ上がる。それを突き出すように軽く槍を前に押し出した。


 その巨大な玉は神の鳥に姿を変えて、ブラック・シャドーに突き進む。


 両腕を失ったブラック・シャドーは防御することができず、正面からそれを食らった。


 爆発がブラック・シャドーを包む。


「聖士、英士、行くわよ」


 亜耶弥の左右に聖士と英士が現れ、それぞれ手を突き出した。


 三人を包み込む白いオーラが呼応して、大きな光を放つ。


 そして、三人の手の前にいかずちを放つ巨大な玉ができ上がった。


「聖魔剣武神術・三奏龍覇さんそうりゅうは!」


 ブラック・シャドーに息をさせまいというように間を空けず、次の一手を放つ。いかずちを帯びた三匹の龍の顔が螺旋を描きながら、ブラック・シャドーと激しくぶつかり、爆煙が上がった。


「愚かだな。そんな技では、私を消すことはできん」


「当たり前じゃない。そんなんで死んでもらっては困るわ。恐怖を見て死んでもらわないと」


 亜耶弥は上空を見上げた。ブラック・シャドーより高い位置に圭士たちを乗せたドラゴンが飛んでいた。


牙龍陽蒼朱鳥破がりゅうようそうしゅちょうは!」


 隕石が三つ落下してくるようかのように、橙・青・赤の炎をまとった龍が落下の力を利用してブラック・シャドーと衝突する。


「すげー、妖力だ。これじゃ、身動きもとれねぇぜ」


 聖士が興奮気味に言う。


 三匹の龍がブラック・シャドーを三方向から噛みついて、動きを封じていた。


「行くわよ。これで終わりにしましょう」


「あぁ」


 亜耶弥を中心に、ブラック・シャドーに向かっていく。


「天を貫け。発槍・神槍ロンギヌス!」


「泣き叫べ。発刀・聖刀修羅!」


「大地を揺るがせ。発斧・黒乱斧!」


『退け、黒き影。龍星花鳥乱月りゅうせいかちょうらんげつ!』


 三つの光がブラック・シャドーを上から下、下から上、螺旋を描くように刻んでいく。


 いばらで作られた巨人は細かく切り刻まれ、バラバラと崩壊していく。風になびかれ、粒子となって消えていった。


 出雲一帯を取り巻いていたいばらは、どんどん枯れていき、最後はチリとなって姿を消した。


 黒き影は黒い煙を立ち上らせ、消えていった。


 最後に、八雲山に残った巨大な黒いバラ。亜耶弥たちが見守る中、突如、花びらに亀裂が入る。その亀裂から、生命の光玉がシャボン玉のように浮き出てきた。亀裂はどんどん伸びて数を増やし、黒いバラは最後の一瞬だけ光バラとなって砕け散った。同時に光の玉が溢れ出し、出雲の国一帯へ飛んでいく。


「これは……。あたたかい」


 弥里が光の玉に手を伸ばす。


 光の玉は、地に降り立つと元の姿、人へと戻っていく。


「ブラック・シャドーに囚われた人々が、生き返っていく」


 まるで白み始めた空から落ちてきた生命の星のようだった。


「これで零士も……」


 真琴の発言に、圭士もそうなればいいが心内思っていた。


 太陽が昇り、元に戻った出雲の人々はいつものような一日が始まる。


 しかし、亜耶弥たちの昨日から続く一日は終わらなかった。零士と出会って終わるはずだった一日。


 出雲大社と零士の屋敷で、零士の帰りを待っていたが、零士は姿を見せなかった。

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