第十一回 Supertailの作者

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 全身タイツの女が棚に歩み寄り指差した。腰高の位置に置かれたまだ新しい木箱が七つ。抱えて持つにはちょうど良い大きさだ。女は一つを抱え、上ぶたを開けてあきれに見せた。


「まだ新しい。この一年以内に亜木霊に。しかも七人」


 あきれは、女の箱を確認してから棚にあった残りの箱も一つ一つふたを開けて確認していった。


「ふーん。六つは十代から二十代の男三人、女三人ってところかしら。この最後の箱は、明らかに骨が大きいが細い。おそらく老人だ」


 あきれは、その箱の奥にあった杖と黒いハットを取り出した。


「帽子屋のだ。あいつも亜木霊になったってことね。まぁ、ブラック・ローズの頭がこの世にいないんじゃ、邪魔する敵はいなくなって嬉しいけど」


 しかし、あきれの表情は硬いままだった。圭士は、あきれが何かを考えていることがわかったが、自分が口を挟める状況ではない。


「確かに帽子屋のものだ。そうか、だからここに侵入した時、帽子屋の姿が見当たらなかったのか」


 ミチルがそう言いながら龍の横に移動して質問する。


「いつ帽子屋は亜木霊になった?」


「知らねえよ。この一週間は会っていないからな。金魚のフンのようにいつもくっついている帽子受けの野郎も見てないな。あいつも亜木霊になったのか?」


「どうだ、あきれ?」


「さぁ、どうかしら。いつもマストで顔を隠している帽子受けの年齢がわからないからなんとも言えない」


 あきれが答えた。


 圭士は、あきれが調べた七つの箱の一段下に置いてある横に長い箱が気になった。


「その下の箱は?」


 圭士が聞いた。


「自分で確かめてみる?」


「えっ、あぁ」


 まるで中身を知っているかのようなあきれの口ぶりに、圭士は無性に自分で中身を確認したくなった。今まで話を聞いていたが、一人会話にほとんどついていけず、取り残されていた。無理矢理にでも割り込んでみようと思ったのだ。


 圭士が長い箱に近づいていく。周囲は圭士の様子を見ていた。


 あきれの命令は絶対かのように誰も圭士を止めようともしない。圭士の足音が部屋に響く。


 箱の前で、膝をついてかがんだ。床の冷たさが布越しに伝わってくる。異様な静けさの中、ドキドキと圭士の鼓動が高くなっていた。


 圭士は、箱のふたに手を伸ばしていく。頭の中で、中に何が入っているのかはあきれたちの会話で予想はついていた。


 ふたに手をかけた時、そのふたの面に人の名前が書かれていた。マジックペンで書かれて木面に沿って少し滲んでいる。吹雪京という字が目に入った。


 京って、姫宮京のことか? 実在の人物だったのか……。確かにあきれが、京姉さんと何度も言ってはいたが……。


 コピー用紙に書かれた内容でしか知らない圭士にとって、すぐに京が実在の人物だとは受け入れられなかった。だから、これから目にする箱の中身も、本物ではないとどこかで考えていた。


 圭士はゆっくりふたを持ち上げていく。ふたの角度が上がっていくにつれて、手前から光が中を照らしていく。そして、白く大きな人の頭が目に飛び込んできた。


「あっ!」


 綿が敷き詰められたその上に、静かにそれはあった。人が寝ているように骨は並べられていた。実際にそれを目にした圭士は、息をするのを忘れていた。


 Supertailの中では、名前しか出てこなかった京というキャラクター。しかし、姫宮亜耶弥と双子という説明で、亜耶弥と同じ顔立ちをしているのではないかと、圭士は勝手に人物像を作り上げていた。その顔が、目の前の頭蓋骨とまばたきをするたびに切り替わる。


 圭士はいく度目かのまばたきで目を閉じた。そして、ゆっくりふたを下ろした。箱の中身は見えなくなったが、まぶたの裏には写真のようにはっきりと京の骨が焼きついていた。


 すぐさま目を開けると京の骨は消えた。


 京の骨が入った箱の下に、もう一つ箱があった。側面に、日影遊馬と書かれていた。


 日影……。どこかで……。圭士は記憶を思い返す。


 そうだ。


 ここのカウンターで龍が言っていた行方不明になった人物。しかし、それは日影遊人と言っていたはず……。では、一体この骨は。


「どうしてこんなに骨があるんだ」


 圭士は速まる心拍を落ち着かせるように、ゆっくり言った。


「亜木霊になったからよ」


 あきれの乾いた声が聞こえる。


「だから、それが何なんだ。さっきから『あきれい』とか帽子屋とか。一体、君たちは何をしているんだ」


 圭士は勢い良く立ち上がった。圭士は限界だった。今まで黙って話を聞いていたが、あきれたちの話している内容が全くわからず、不満を抑えきれなかった。



- 2 -


「亜木霊は」


 あきれがそう言いかけた時、誰かが階段を降りてくる音がする。だんだん大きくなっていくのが聞こえてきた。そして、地下の部屋に入ってきたのは、手を後ろで縛られた柳奈々と彼女を拘束するダンテだった。柳は抵抗する様子はなく、青白い顔色に憔悴しきった表情で顔を上げた。


「諒! あなたたちは……」


 柳は見知らぬ人物たちを見回していく。そして、その中に包帯を頭に巻いて、しっかり自分の足で立つ圭士の姿が目に入った。


「みっ、深和さん!」


 柳の目からボロボロと涙がこぼれ始めた。


「良かった……。生きていたんですね。私……本当にごめんなさい」


「柳さん……」


 柳は泣き顔を隠すように下を向いた。そして体全体の力が抜け、その場に座り込んでもまだ彼女は背中を上下させ、むせび泣く。


 海に落とされた時、圭士は銃口をこちらに向けている柳の目から涙がこぼれおちていたことを思い出した。


 彼女は人を殺したくなかったのが本心なのだろう。帽子屋と名乗るブラック・ローズの長の命令に従わざるを得なかった。殺したくない一心で最後にSupertailの話をして楽しい時間を過ごそうとしていたのかと思う。殺されかけた圭士にとって、その女に泣かれてしまっては複雑な気持ちだった。


「柳、お前がなぜ泣く」


 諒の言葉は柳には届かなかった。柳はその場で懺悔をしているかのように、圭士の名前と謝罪の言葉を嗚咽の中、繰り返していた。


「ルカ。ダンテと代わって彼女を上に連れていって」


 ルカはあきれと目を合わせてコクっと頷いた。柳の脇を抱えて立たせて、ゆっくり地下の部屋を後にする。


「何、あれ。深和圭士。殺そうとしたターゲットが生きていて安心していたみたいだけど、彼女とどういう関係よ」


「どうもこうも、俺もよくわからない」


「やっぱり奈々ちゃんには荷が重すぎたね。でも、これで深和さんのDestiny begins to move.は誰にも止められないってことがわかった」


 岡本が嬉しそうに言った。その場の視線が圭士に集まる。


 あきれは、ペン先を模した機械の隣に重ねられていたノートの一冊を取り上げた。それはいたって普通のノードだった。何年も経っているようで表紙は色あせ、端々がくたびれている。あきれはページをパラパラとめくって、あるページを開いて圭士に手渡した。


「あなたは、このSupertailに導かれてここまで来た」


 圭士はそのノートを見ると、見慣れた字が並んでいる。コピー用紙に並ぶあの字と同じ。しかし、その字は色つきのペンで書かれたブルーの文字だった。


「それは、Supertailのオリジナルのノート」


「こ、これがSupertailのオリジナル」


 開いたページに指を挟んで、他のページを見ていく。緑や、ピンク、水色、茶色の字で書かれているのがわかった。


 回によって、コピー用紙の字が濃かったり薄かったりしたのは、元が色つきだったためなのか。


 圭士は元のページに戻った。そのページを少し読むとSupertailの最終回の最後のページだとわかった。しかし、ノートの右下にあの文言はなかった。


--記憶の中の絆は失われる。


 やはり、コピー用紙に後からあの文言を書き足して回したんだ。


 じゃぁ……。


 圭士は、オリジナルのノートを手にした喜びと貴重な体験に手を震わしていた。その手でページをめくった。


 --やっぱり。


 次のページにも黒のペンで続きが書かれていた。


 コピーでは回ってきていない。読んだことのない文章だった。左側のページは使い切っていたが、右側の中盤で文章は止まっていた。


 続きがあると期待していたが、まさか一ページちょっとしかないと、圭士は思ってもいなかった。これでは中途半端で、コピーを回すことはできなかっただろう。


 字体からして女性の字だ。オリジナルの字を見ると、それが女性が書いたのか男性が書いたのか判別しやすかった。


 ここからの物語が、New World Note……か。短すぎる。


「京姉さんは、そこを最後に、Supertailを書くのをやめてしまった」


 あきれはきっぱり言った。


「これ、その吹雪京が書いていたのか」


 圭士は目を丸くした。


 あっさりネタバレされてしまったとに軽いショックを受けたが、その書き手がその箱の中で眠っていることにも驚きが隠せない。脳裏に白い頭蓋骨が蘇る。


 しかし、驚いていたのは圭士だけではなかった。Little Storiesの男性メンバー三人もだった。


「うっそー。そこの骨になった人が書いていたのか……。知らなかった」


 馬鹿に驚いてみせたのは、岡本だった。他の三人も、言葉を失っているのか、目を丸くし、背筋を伸ばした状態になっていた。


「あんたら何も知らないで、帽子屋のいいように使われていたのね。Littel Storiesとして歌だけ歌っていればよかったのに……」


 メンバー三人は、あきれの言葉に返す言葉がなかった。しゅんとしてしまった。


「じゃぁ、もう一人の作者は」


 圭士は聞いた。


 あきれは、京の骨が入った箱に視線を向けた。


「遊馬さん。日影遊馬がもう一人の作者」


 あきれの告げた人物名が書かれた箱は、京の箱の下。圭士は、箱の中身を確認せずとも何が入っているのかわかった。


「彼も」


「そう。遊馬さんは、京姉さんの後を追っていったわ。記憶の中の絆は失われるという言葉を残してね」


「Supertailの作者二人はもう……」


「Supertailの世界の中よ」


「えっ?」


 あきれは、圭士の目を覗き込んだ。


「二人が死んだとか考えないでよね。二人は自分たちで作り上げた物語の中にいる。まぁ、亜木霊となってこの世に骨は残るんだけど」


 圭士はやっと合点がいった。用語の意味はわからないが、このペン先の装置を使うことで物語の中に入り込める、意識を飛ばすようなことができるのだろう。しかし、現実に残された肉は、死と同じように骨だけになるのだろう。


 SF映画に現実が近づいているというが、物語の中に入り込むことなんて現実にできるとは思っていなかった。


「あなたには、実際に今まで読んできたSupertailの中に入って、あそこに並ぶ骨となった人たちを救い出してほしい」


 あきれの目に一切の曇りはない。真剣だった。あきれの仲間たちもあきれの言っていることが冗談だとは思っていない。


 どのくらいあきれと見つめ合っただろうか。圭士は目を閉じ、大きく息を吐いた。


 作者に行き着いたと思えば呆気なくネタバレ。しかも、その本人たちはこの世にはおらずSupertailの中にいると言われる。作者探しが突然終われば、今度は作者の救出か。


「Supertailの中に入れるとか、骨が残る理論はさっぱりわからない。たぶん、いくら説明を聞いてもわからないと思う。そもそもだ。君が姉さんと慕う京は、なんでSupertailの中なんかに入ったんだ」


 圭士が問う。


「京姉さんは、自分が思ったように人生を生きたかった。でも、思い通りに生きてはいけなかった。幼少期に何かあったらしいけど、詳しいことは教えてくれなかった。京姉さんは両親に捨てられたと、遊馬さんから聞いたことがあったけど……」


「人には、それぞれあるだろう」


「そうよ。わかってる。そんなことは誰もが一度は考えること。でも京姉さんは、本気で思い通りに生きる方法を考えていた。それが、自分が書いた物語の中で生きていくこと。もちろん続きも自分で紡いで」


「それで作ったのか、その仕組みを」


「京姉さんと私で。これが完成した時の喜びは一入だった。これで、京姉さんは幸せになるのだと」


 あきれはペン先の装置に触れた。


「でも、作るべきものはこんなものじゃなかった。それは京姉さんがいなくなった後に気づいた。そして、京姉さんがSupertailの中に入る寸前に私にこう言ってきた」



- 3 -


 私は本になる。本という私。


 紙に書いてある通りに生きることができたらどんなに楽だろうか。


 シナリオ通りに生きる。


 先のことが書かれている。


 それが辛いことでも、前もってわかっていたらどんなに楽だろうか。


 もうそんなこと思う必要もないの。


 そうなるんだからね。


 小さい頃、私一人だけ離れ離れになって、外に放り出されちゃったの。


 だから、私は自分のことだけは愛してあげたかった。


 でも、私は私だけじゃ愛したりなかったことに今気づいたの。


 だから、ついでに人類も愛してあげる。


 人類を本にしてあげるわ。


 文字の中で生き永られることなんて容易だもの。


 憎しみなんてない統一された世界にしてあげる。


 そう、作者は私。



「私は、京姉さんの言っている意味がわからなかった。最後に自分の声で残したい言葉だったのかもと、その時は思った。でも後になって全て帽子屋に仕組まれて、このAkire( i )という世界征服のシステムを作っていたことに気づいた」


「ブラック・ローズを制圧して世界征服は回避されたんじゃないのか?」


「帽子屋を捕まえられればの話。おそらくやつはSupertailの中。でも、この世界に異変は起きていない。Supertailの中で帽子屋はうまく動けていない」


「世界に異変って、こっちの世界のことか?」


「そう。Supertailの中に入った人間を私たちは亜木霊と呼んでいる。ブラック・ローズではゴーストと呼んでいたみたいね。ブラック・ローズ編にも書かれていたし。そして、亜木霊になった者は、こっちの世界に干渉することができる」


 圭士はハッとした。


 Little Storiesのライブでヴォーカルの姫宮が誘拐された時、あきれとダンテ、ルカが防犯カメラに映っていなかった。


 海に落ちて、遠くから船舶のエンジンが聞こえた時も。耳の真横でそのエンジン音を聞いているにも関わらず、船体の姿を見ることができなかった。


「防犯カメラに映らなかったことや船の時も」


「そうよ」


「じゃぁ、君たちはSupertailの中に入ったってことか?」


「勘がいいわね。そう。私たちは一度亜木霊になってる。Supertailの中にいるか、一度亜木霊になって、一定の条件下で干渉することができる」


「それが本当ならば、京が最後に言っていた人類を本にして、統一された世界を作ることは本当に」


「現実に起こるでしょう。でも、なぜかその進行は止まっている。あなたのDestiny begins to move.が動き出したことで、Supertailに何か影響しているのかもしれない」


「もう一人の作者がSupertailの中に入ったせいか?」


「何とも言えない」


 あきれは首を左右に振った。


「コピーの最後のメッセージ、記憶の中の絆は失われるの意味に何か隠されているんじゃないのか?」


「そんなこと、私にわかるわけないでしょ。気づいたら、コピー用紙にそう殴り書いてあって、遊馬さんは骨になってたんだから。正直、今の私たちじゃもうお手上げなの。だから、Supertailに導かれ、士の字を持つあなたの力が欲しい」


「何もかも、急すぎる」


 あきれは、部屋の中央で腰を曲げ、圭士に頭を下げた。


「京姉さんが向こうで本当の幸せを手にしたかもわからない。京姉さんと遊馬さんを失って私は悲しくなった。その気持ちを京姉さんに改変して欲しいと願ったけど、届いてくれない。きっと京姉さんもSupertailの中で苦しんでいると思う。だから、私は京姉さんを助けたい。お願い、あなたの力を貸して」


 あきれは、顔だけ圭士に向けた。あきれの目尻に涙がたまっていた。

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