異能探偵 敷島陽炎
芥流水
犬神島の洞窟
依頼人、宝条煌
リリリリ、リリリリ。
電話の音が然程広くない朝の部屋に響き渡る。それが鳴る以前から、電話の前に立っていた男は、呼び出し音がたっぷり四回響き渡るのを待ってから、溜息を吐き、漸く受話器を取り上げた。
『やぁ、
受話器の向こうから、ややトーンの高い、女と思しき声が聞こえてきた。
敷島、というのは男の名前である。敷島
「何の用だ?アリス」
陽炎は電話をかけてきたアリスという女に単刀直入に聞く。
とは言っても陽炎はアリスという名が本名だとは露ほども思ってはいない。彼は彼女に会ったことが有るが、(少なくとも見かけ上は)純血の、髪の長い日本人であった。
『何だよ。つれないねぇ。元気ない?』
「電話が鳴らなかったら、元気だったかもしれない」
『おいおい、それじゃ、私が電話したから元気が無くなったみたいじゃない』
「で、要件は何だ?」
電話から苦笑する声が聞こえたが、陽炎はそれに答えず、再度同じことを聞く。
『本当につれないな。依頼人だよ。生死に纏わる話らしい』
「そうか。それで、現状はどうなってる?」
『今、護衛をつけて君の所に送ってるよ。あと二時間程で着くと思う』
「了解。それで、幾らくらいになりそうなんだ?」
『今の所数百万って言ってる』
その言葉に陽炎はヒュウ、と口笛を吹いた。
「そいつは素晴らしい。少しは生活も楽になる」
陽炎はニヤリと笑った。
果たして依頼人は、電話から二時間と十分後に陽炎の元へとやって来た。
「貴方が、私を助けてくれるという人ですか?」
「まぁ、そういう所です。では、お話を聞かせていただきましょうか」
陽炎は椅子を進め、煌が座った後に煌の対面に腰を下ろし、先ずそう切り出した。
この時、陽炎は煌の顔を正面から見られたのだが、名前に反した顔をしているな、と思った。
煌の目は輝きを見せず、その顔は暗い影を落としていた。おそらく追い詰められたことによる憔悴が原因であろう。
「それは、貴方を紹介してくれた女性に話したはずですが」
煌は一刻も早くどうにかしてほしいのだろう。焦るようにそう言う。
しかし、陽炎は首を振った。
「いえ、こういうものは依頼人から直接聞くのが良いのです。誰かを経由すると、その分情報の不確かさは増しますしね。印刷と一緒です」
陽炎の言葉に煌は渋々といった様子で頷き、では、と語り始めた。
「あれはですね、つい先日-四日前のことです。私はある村の秘祭、とされる祭りを見に行きました。 それは知るものも殆どおらず、又派手なものでも無いため、例え知っていたとしても態々行くものは稀でしょう。
「その祭りが行われる村は海に面していまして、少し離れた小島で本祭をやるそうです。しかし、何分その島には村の中でも限られた人物しか入れず、ましてや私のような一介の旅行者が入れるはずもなかったのです。
「しかし私達は好奇心がよっぽど強かったのでしょう、祭りの翌日ーその祭り自体は村の中で過ごしましたーに村から少し離れた場所からボートを借り、小島へと渡りました。
「その島は島全体が小山になっていまして、その山頂の手前に注連縄の張られた鳥居と、入り口に同じく注連縄の張られた洞窟があったのです。私達はその洞窟に祭具でもあると見まして、調べて見ることにしました。
「洞窟の中の道は下へ下へと螺旋状に下っていましてその様子を見るにこの山は中が空洞のようでした。私達は持参した懐中電灯で先を照らしつつ進みました。
「十数分ほど進んだ時のことです。開けた空間に出ました。そしてそこには、話すことすら恐ろしいのですが、犬と人間が合わさったような異様な生き物が眠っていました。私達が進むか退くかを迷っているうちに、そいつはゆっくり目を覚ますと、立ち上がり、大きな声で吠えたのです。そいつの吠え声はまるで犬のそれとは違い、人がそれを真似たかのようなそんな声でありました。私達はその声を聞くや、途端に恐ろしくなり、一目散にその洞窟を脱出して、山をおり、船に乗って逃げたのです。
「その時の恐怖はその場にいなければわからないでしょう。まるで人と似つかないものが二本足で立ち上がり人のような声で吠えたのです。
「私達は其の後別れの挨拶もそこそこに各々の家へと逃げ帰りました。
「併し本当に恐ろしいのはここからなのです。その翌日から、夜中にそいつの吠え声が聞こえ始めたのです。
「その日以降、夜に寝られなくなりました。恐ろしいのです。もし奴が襲いかかってきたら、と思うと。いや、抑もあの姿を思い出すだけでゾッとするのです。
「そして、昨日のことです。昨日は残業でひどく遅くなりまして、夜道を一人で歩いていたのです。実を申しますと、私はあの日以来-といっても三日間だけですが-出来うる限り明るい所を歩いていたのですが、どうしても一つ、暗い小道を歩かなくては行けないのです。
「とは言っても普段なら、他の帰宅者がいるのですから、そこまで怖くはないのですが、その日は時間が遅くなったこともあり、それがいませんでした。その時です。前方に蹲る人影がいました。私は若しかしたら病気か、轢き逃げでは無いかと心配になり、その人影の方向へと近寄りました。
「するとなんということでしょう。その人影が急に立ち上がっては飛びかかって来たのです。私は咄嗟に鞄で防ぎましたが、そのお陰で鞄を一つダメにしました。そいつの牙は鞄を易々と貫いたのです。その時にそいつの姿がはっきり見えましたが、あの島にいた、半人半犬のあの化け物でした。
「そいつは再び私に襲いかかろうとしました。私は逃げようとしたのですが、腰が抜けて動けませんでした。しかし、奴は突如踵を返して立ち去りました。
「私は呆然としていましたが、そこに現れたのが、貴方を紹介してくれた女性です。私は彼女の進めのまま、ここに来ました」
煌はそう、一気にまくし立てた。まさに立て板に水といったものであった。煌のこの説明は、陽炎にとって満足なものであった。それは前もってアリスから聞いていた説明以上に詳しく、順序だっていた。
しかし、陽炎には幾つか気になる点があった。
「私達?貴方は一人で行ったのでは無いのですか?」
アリスからの情報では一人で行ったように聞こえたからである。
「いえ、私ともう一人で行きました」
煌は首を振った。
「その人の名前は何ですか?」
「
陽炎は少し考えてから言った。
「その人の連絡は分かりますか?」
煌は残念ながら、と首を振る。
「電話帳には載っているのですが、それが内蔵された携帯電話は鞄と共に無くなってしまいました」
陽炎は電話帳機能の悪しき弊害だと心の中で毒づいた。
「では、万作さんの住所は分かりますか?」
「それは、大丈夫です。私達は可也親しいですから。行ったこともあるので、道も分かります」
陽炎はよし、と頷いた。
「では今から万作さんの家に行きましょう。彼も狙われている可能性が有る」
煌はでしたら、と提案した。
「実は今日、万作と、会おうと約束していたのです。約束の時間は二時間前でしたが、若しかしたらその場所にいるのかもしれない」
陽炎はその言葉を聞き、立ち上がった。
「ではそちらから行きましょう。来てもらって早速では有りますが、貴方も一緒に出かけてもらいます。私の側にいるほうが、此処に一人でいるより安全ですから。車を出します。車内で追加の質問をさせていただきます」
陽炎の言葉に煌は頷き、腰を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます