Trigger Happy-END
@Ter99
序章 幸せの刃
プロローグ 終末少女はよく笑う
────side 翔也
コンクリートでできた階段を、一歩ずつ確実に進んでいく。
……足が重い。
これは、俺の心理状態の現れだろうか。
これから向かう先にいるのは、誰よりも会いたい人であり、誰よりも会いたくない人だ。
階段を上りきると、そこには分厚い鉄の扉。
「……」
覚悟を決めろ、きっと上手くいく。
ここで逃げたって何も解決しやしない。
俺は勢い良く目の前の重い扉を開けると、眩しい光と共に声が聞こえた。
「やあ、いらっしゃい」
ビルの屋上、その縁に座った少女は、肩まで伸びた綺麗な黒髪を風になびかせながらそう言った。
……俺は、なんて言葉を掛ければ良いんだ?
「この構図ってさ、私は倒されるべき悪者で、君は世界を救う勇者様って感じだよね。……ゲームとかに良くあるやつ」
誰も存在しない街を見下ろしながら、彼女はクスクスと笑いながら続ける。
「それでさ────」
「君は、何をしにここに来たの?」
こちらに背を向けて座っているせいでその表情は確認できない。
しかし、なんとなく想像がつく。
「分かってるくせに聞くなよ。……お前を止めにきた」
「……どうして?」
彼女は子供のように足をぷらぷらさせる。
……背に隠れてよく見えないが、どうやら手に持った懐中時計を弄っているらしい。
「これ以上、誰も死なせないためだ。────お前に、誰も殺させないためだ」
「無理だね」
彼女は即答した。
「君の理想は叶わない。だって、この世界において誰かを救うのに、犠牲は必ず必要だもの」
俺が言いたいのはそういう事じゃない。
「それじゃあ、お前だけでも連れて────」
言葉が詰まった。
何故なら、彼女が初めてこちらを向いて微笑んだからだ。
それは、嘲笑だった。
『現実を見ろ』と、そう言われてる気がした。
「それも無理。だって、私は放っておいても死ぬもの」
彼女は建物から落ちないようにゆっくりと立ち上がると、懐中時計をスカートのポケットの中にしまう。
「だから、これは最期の悪足掻き」
自分に言い聞かせるように、彼女は小さな声で呟く。
「……じゃあ、俺はそれを全力で邪魔してやる」
もう、覚悟は決めたのだ。
「そっか、それじゃあしょうがないね」
彼女はそう言い捨てると、足元に横たえてあった剣を蹴り上げ、その鞘を掴む。
「本当に私を止めたいなら、全力で掛かってきなよ。好きでしょ?こういうの。……まあ、多分無理だろうけどさ」
彼女は抜き身の青白く光る刃をこちらへ向けると、また笑った。
……その笑みには、どのような意味が含まれているのか。
「だって、翔くんは私のことなんて愛してないもんね」
俺に彼女の言葉の意味は分からなかった。
ただ、非の打ち所のない完璧な笑顔でそう言うものだから無性に腹が立った。
「……確かにそうだな」
俺はポケットから折り畳み式のサバイバルナイフを取り出し、自分の左手首に押し当て────
「俺は、お前みたいな馬鹿は大嫌いだ」
そのまま勢い良く引いた。
痛みが走った。
鮮血が飛び散った。
「だから、無理矢理にでも連れ帰って説教してやるよ!!」
彼女が、笑った。
あぁ、やってやる!
なんとしてでも、目の前の馬鹿な“家族”を連れ戻してやる。
────これは、ちょっとした力を持ってしまった少年少女の“幸せ”の物語。
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