松戸さん家の黄昏時
振悶亭 めこ
未来に繋ぐ為の、過去の話
未来に繋ぐ為の、過去の話 1
暫しの間、真也の寝顔に見惚れておった。硬すぎない、触り心地の良い黒髪を指で梳いて、口付けをする。
「これでは寒かろう……」
手繰り寄せた布団を、真也の身体にかけ、えあこんのりもこん?を探しに立ち上がった時じゃ。規則正しい寝息を立てていた真也が、苦しそうに呻く。
「……う……実、菜…………」
ワシはえあこんをつけてすぐ、真也の傍に戻った。苦しげに顔を歪め、ツーっと涙を流す様子にハッと驚いたのじゃ。そっと寝台の上へ乗り、優しく真也の身体を抱きしめる。
「真也が時々情緒不安定になるのは……もしや?」
思い当たる部分は、時折感じておった。急に嗚咽を漏らしたり、何処にも行くなと縋る姿、そして今耳にした、聞いた事の無い……恐らく、おなごの名前。
「んー……ん?壱?あれ、俺いつの間に寝て……って、俺何で泣いて……っ!?」
腕の中の真也が、ゆっくりと目覚めた。ワシの名を呼びながら、涙が溢れていた事には気付いたようじゃ。
「……壱、何かあった……?」
真也は、訳が分からずとりあえず、と言った様子で涙を拭い、首を傾げて尋ねてくる。ワシにも思うものはあるのじゃが、この状況では真也を落ち着かせ、話を聴く事が最優先じゃ。
「真也は、ワシの知らぬ頃に辛い想いをしたようじゃの……実菜、という者の話を聴かせて欲しいのじゃ」
抱きしめた身体は離さずに、優しく真也の頬をなで、なるべく平静を装って穏やかな口調を意識して問いかける。
「え……その名前……っ!?」
ガバっと顔を上げ、ワシの顔を見て真也は少し間を置いて、何かを決心したように小さく頷いた。
「……分かった。いつかは壱に言わなきゃいけなかった事だから……でも、上手く伝えられるか自信はない、し……長くなるけど、良いか?」
「長くなったとて構わぬ。真也の事はちゃんと知って、受け止めたいのじゃ」
真也を見つめて、静かに頷く。例えこの関係性が終わりを迎えるような事だとしても、ちゃんと知って、受け止めたいのは本心じゃ。
「ん……じゃあ、ちょっと出掛ける準備してくれるか?服装は着物のままで構わないから。俺、今日は仕事休むよ、壱と行きたい場所があるんだ。店に電話してる間に着替えて。話は……目的地に向かう間に、ちゃんと話す」
「うむ」
緩やかに身体を起こし、電話機を手にした真也に告げられた。ワシは短く返事をして寝台から降り、着物を整えて足袋を履き、念のため神酒と盃を風呂敷に包んで支度を整える。その間に真也は、電話機らしき小さなものに向かって話しをしていた。
「真也ー、支度ができたのじゃ」
「ん。壱、それって……酒か?ありがとう、丁度良いかも。俺もすぐ準備するから少し待ってて」
話しが終わった様子の真也が、風呂敷包みに目を向けて、笑顔で告げてくる。あまり、良い予感はせぬのじゃ。
「オッケー、じゃあ行こうか」
「何かあった時に酒を用意しておった方が、色々都合が良いのじゃ」
サッと着替えて身支度を済ませた真也の顔を見て、ニッコリ笑ってみせる。不自然にならぬよう、すぐに玄関へ向かって雪駄を履き、扉を開けて真也を待つ。
「そうだな」
頷いてから靴を履いた真也に促され、外に出る。
「して、これから向かう場所はどのような場所なのじゃ?遠くなのかのぅ?」
問いかけながら、片手を真也に差し出す。戸締りを終えた真也は、ワシの手を握ってくれたのじゃ。このような戯れも最後になるやもしれぬ、不安で胸が痛むのじゃ。真也の憂いが消えて、ワシの嫌な予感も全て外れてしまえば良いと、思っていたのじゃ。
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