手料理を作りたいのです

「おっ、インターホン? また芙美だったりしてな。ま、昨日の今日でそれは無いか。はいはーい。今行きまーす」


「牛肉と豚肉のどちらが正解でしょうか」


「本当に芙美じゃねーか。だから突然来ないで連絡入れろよ。つか何の話だ」


「肉じゃがに入れるお肉の話です」


「東の方は豚肉が多くて、西の方は牛肉が多いみたいだな。どっちでもいいんじゃねーの? まあ入れ」


「でも、鶏肉にしようと思います」


「お? ウチのやつか。いいんじゃねーの。俺は好きだよ。で、なんで急にそんなこと言い出したんだ」


「妹は手料理を作ってあげたい人がいるのです」


「ほ……ほう。遂にお前にもそんな人が。そうか。『男を掴むなら胃袋から』って言うしな」


「?? こうですか?」


「そうそう。逃げられないように片手で肩を押さえておいて、下からえぐるようにギュっと。って違うわ。なに本当に掴んでんだよ。相手がおいしいと思う手料理を作ってあげると惚れられるっていう事だよ」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃねーよ。思いっきり首傾げてたじゃねーか」


「妹は兄に味見をして欲しいのです」


「ほう。実験台か。まあいいけど」


「では、台所をお借りします」


「おう。今回は手伝わなくていいんだな。メチャクチャ不安だけど、俺がやったら練習にならんもんな」


「でも兄は妹のパスタをおいしそうに食べてましたよね」


「お前のパスタってか、ほぼ俺が作ってた奴じゃねーか。まあいいわ。とにかく今日は任せたぞ。俺は向こう行ってるから、なんかあったら呼んでくれ」


# # #


「お待たせしました。肉じゃがとハンバーグです」


「メニューがわんぱくだな」


「こちらになります」


「ハンバーグと……汁? 芙美、これ味噌汁じゃなくて肉じゃがだよな」


「はい」


「ずいぶんつゆだくだな。まあいいわ。それにしても良く2品も作ったな。全然料理できないのに大変だったろ。ハンバーグなんて意外に手間かかるし」


「?? ひき肉を丸めて焼くだけですが?」


「玉ねぎとかパン粉無しかよ。マジか。うん、100%肉だけ。しかも練るとかもしてねえからポロポロする。でもケチャップとマスタードのおかげか意外と食べれる。これはこれで男前でいいな。つかお前、レシピとか見ないでいきなり作ってんのか。台所のレンジの横にレシピ本ひと通りあるぞ」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃねーよ。なら見ろよ。最初の一歩くらい。逆にどうやって作ってるか興味出てきたわ」


「妹は見た目と勘で作っています」


「天才の発想じゃねーか。まあいいわ。メインは肉じゃがだもんな。ジャガイモ沈んでて見えねーけど」


「ジャガイモ、鶏肉、糸こんにゃく、彩りにニンジンを入れてみました」


「おっ、ジャガイモと鶏肉のうす茶色ベースの中にニンジンの赤が映えて綺麗ですね、って見えてねーんだよ。汁だから。一面茶色のスープだから」


「肉じゃがは汁物だった可能性が出てきたのでしょうか」


「こねーよ。お前の水加減で新たな説を提唱すんな。まあ、大事なのは味だ。箸を入れて、と。ずいぶん糸こんにゃく多いな。つか、長いな糸こんにゃく。まだ繋がってんのか。芙美、ひょっとして切らないでそのまま入れた?」


「糸こんにゃくを……切る?」


「切るだろ。長いだろそのままじゃ」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃねーよ。知ってたら切れよ。長すぎて麺みたいになってんじゃねーか」


「なるべく手をかけず、素材そのものを味わっていただきたくて」


「素敵な考え方ですね。って嘘つけ。完全に知らない顔だったじゃねーか。まあいいわ。とりあえず糸こんにゃくは啜って、と。ヘルシーな和風ラーメンみたいな事になってきたな。ズルズル。ん、割といける。意外だ。次は、と。ん? なんだこの平べったいの。昆布か? それにしちゃ白いな。つかお前、ひょっとして白昆布で出汁を取るとかいう手間かけて作ったのかこれ」


「白昆布ってなんですか」


「そもそも知らねーのかよ。じゃあこれなんだよ。ってお前これ、パック肉の下に敷いてあるシートじゃねーか。お前、さては鶏肉も丸ごと鍋に投入したな?」


「素材そのものを……」


「一貫した姿勢で素敵ですね。って違うだろ。例えそうだったとしてもシートまで入れんなよ。紙だぞ。ヤギじゃねーんだから」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃねーよ。当たり前だろ兄妹なんだから。もし俺がヤギだったら、お前はかわいい子ヤギじゃねーか。つか、見た目と紙はともかく、不思議と味は普通にいけるな。この肉じゃが汁」


「味はうメーって事ですか。ヤギだけに」


「ダジャレの話じゃねーよ。ヤギじゃねえし。味付け何でしたんだこれ」


「めんつゆだけですが」


「めんつゆのポテンシャルすげーな。本当に他には何も入れてねーのか」


「あとは愛情でしょうか」


「それはありがとう。ってそういう話じゃねーよ。本当にめんつゆだけなのかよ。奇跡かよ。目の前のお椀の中で奇跡が起きてるわ。後でレシピ教えてくれ」


「レシピはないので見て盗んで下さい」


「達人の教え方じゃねーか」


「食後のお茶をどうぞ」


「お、気が利くな。ちゃんと急須から入れるんだな。じゃあいただくか。……なんかこのお茶、変な味だな。ほうじ茶? にしては磯臭いというか。なんだこれ」


「台所にあった棒茶を淹れてみました」


「棒茶? そんなもん買ってあったかな。つかやっぱおかしいぞこれ。急須の中見てみるか……ってお前これ、棒茶じゃなくて増えるワカメじゃねーか! 確かに見た目似てなくはねーけど。あーあー、急須一杯に増えてえらい事になってんぞ。そりゃ磯臭いはずだ」


「わ……わかめ茶です」


「こぶ茶もあるし、アリですねって違うだろ。素で間違えてただけだろ。まあ塩味足せば飲めなくはないからいいけど。もはやお茶じゃねーけどな。ともあれ、ごちそうさまでした。いろいろアレだったけど、なぜかおいしかったわ」


「はい。ふふふ」


「なんだよ」


「相変わらず兄は妹に甘いですね」


「何言ってもお前に響かねーからだろ。諦めてんだよ」


「でも本当は違うのですよね?」


「……面倒くせーなー」


「ね?」


「はー。もーわかったわかった。芙美が好きだからだよ」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃねーよ。つかこの肉じゃが汁、結局、どこのどいつに食べさせたいんだよ」


「妹が食べてほしいのは兄ですけど」


「俺なのかよ。俺に食べさせる料理を、俺に味見させたのかよ。じゃあこれ、また俺が食うのか」


「食べますよね」


「まあ食うけど」


「知っていますけど?」


「知っていますけどじゃねーよ。……って帰るの速っ。あっという間に出ていきやがった。つか、また別の日に来る気かよあいつ。まったく……」



「……新じゃが、掘っておくかな」

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