存在証明

雨季

存在証明

辛い。


彼と同じ姿なのに、言動はまるで違う。


「おはようございます。」


優しい口調で私を毎朝起に来る。


姿を見て、彼と会話をするたびに、自分が虚しい存在に思えて仕方ない。


「大丈夫ですか?何か、暖かい物でも持ってきましょうか?」


その度に、彼に似つかわしくない表情で、私を気遣ってくる。


「いらない。」


彼の存在を忘れたくないから、私は彼を突き放す。


きっと、泣きそうな顔をしているだろう。


だから、その時の顔は見られない。


私の最近の日常はこんな感じだ。


最後は、彼が部屋から出たのを見届けて、自分の世界の殻に閉じこもるのだ。





 彼女の名前を呼びたい。


ちゃんと、自分の気持ちを伝えたい。


でも、そんなことをしてしまえば、きっと寂しがり屋の彼女は、深く傷つくだろう・・。


彼女に傷ついて欲しくない。


けれども、ずっとこのままの関係は嫌だ。


大きく口を開いて、動かしてみるが、僕は彼じゃない。


僕が言葉を放つ度に、彼女の心を傷つけてしまう。


こんなとき・・・彼なら・・・どうしったっけ・・・。


胸を掴むように、服を握り締めた。





 静まり返った室内・・・。


でも周りは、手馴れた道具や燃料の匂いで満ち溢れている。


そのせいで、私の心はこんなにもグチャグチャになってしまったのだろう・・・。


キツく目を閉じて、布団の中に潜り込む。


そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。


顔を出して見ると、懐かしい光景が見えた。


「こんな所で居るよりも、外に行こうぜ。」


そう言って、彼は私の腕を無理やり掴んで、外の世界へと引っ張った。





 本当はもっと居たかった。


陽の光に包まれている廊下を彼女と歩く。


でも・・・このままの関係で、ズルズルと過ごすのは、彼女にとって、きっと良くない。


茶色い木の戸を開けて、その先を見ると目が眩んだ。


「あんたは・・・。」


悲痛な表情を浮かべて、彼女は口を開いた。


そんな口を僕は、人差し指で塞いだ。


「たかが、行動が違って、性格も違って、言葉使いが違うだけで?」


彼女は眉間に皺を寄せて、目に涙を貯めた。


そんな姿を見ると、僕まで泣きそうになる。


でも、本当の気持ちを伝えるまでは、泣けない。


彼女を一人にさせられない。





 目の前の光景は、幼い頃に彼と見た風景そのものだった。


暖かい日差しに照らされた、美しい緑。


道端には、様々な色の花が咲き乱れている。


耳をすませると、遠くの方から微かなせせらぎが聞こえる。


彼と最後に見たものとは、正反対だ。


まるで、タイムスリップをした気分じゃないか。


横を見ると、彼にそっくりな機械人形が居る。


こんなにも似ているのに・・・彼は居ない。


「マルグレッド・・・この数年間、よく頑張ったな・・・。本当はずっと、側に居たんだ。俺が初めてマルグレッドを見て、笑顔を見たその日から・・・。」


まるで、フェルディナンドと同じ、下手くそな笑みを浮かべながら話す。


酔いしれたい・・・。


この機械人形の並べる言葉に・・・。


でも、彼の冷たい肌に触れると、嫌でも彼が流行病で先に死んでしまったことを思い出す。


「例え何もかも変わって、俺じゃなくなったとしても、もう一度会いに行くって、言っただろ。」


インプットした覚えのない言葉に、私の心は激しくかき乱された。


必死に、逃がさないように、涙を流す彼を抱きしめた。


「フェルディナンド!!待って!私を一人にしないで!」





 目から流れる液体のおかげで、だんだん体が言うことを聞かなくなってきた。


必死に俺を引きとめようとする彼女が、視界に入る。


このままじゃ・・・また、同じことの二の舞だ。


「今回は出血大サービス。今度は、マルグレッドの番だ。この世界で、マルグレッドが俺をちゃんと見つけけろよ。」


最後、マルグレッドが何かを言った。


けど、それが何か分からなかった。


でも、マルグレッドは涙を流しながらも、顔に笑みを浮かべていたから、安心した。





 私は過去に2回、フェルディナンドを失った。


1回目は病気で。


2回目は・・・。


口元に自然と笑みが浮かぶ。


フェルディナンドを作り直すことは、可能だけど・・・そんなことをしたら、彼に怒られそうだ。


それに・・・彼は絶対にそんなことで、戻ってこないだろう。


彼と約束をしたんだ。


もう一度会いに行くって・・・。





 晴天で、新緑に満ちた花道。


側には、宝石のように日差しを反射している川が見える。


それを心地よく感じながら、川沿いでしゃがみ込んでいる、彼の側に駆け寄った。


すると、彼は目を大きく開き、複雑そうに戸惑いながらも私を笑顔で見返した。


「おはようございます。」

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存在証明 雨季 @syaotyei

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