哀れな私のどうしようもない願望。
朝比奈凛子
君に愛されたい。
夢を見る。
君が、私を殴る夢。
私は床に仰向けに倒れている。君は、私に馬乗りになっている。
私は一切の抵抗を示さない。君は、そんな私に拳を振るい続けている。
私はそれをとことん受け入れている。君は、うっすら微笑みながら私を殴る。
一心不乱に、君は私を殴打し続けた。
骨が折れそうな勢いで、歯が飛び出さんばかりの強さで。オートマチックな暴力。
時折君は私の首を絞める。心地よい窒息感が、私の意識に靄を掛けた。
不意に、みぞおちに拳が落ちてくる。私は唾液と吐息を漏らした。
君は私を殴る。私はそれを受け入れる。
私は幸福だった。
君の悪意、害意、殺意が全て、私に向いている事に幸福を感じていた。
君のすべての意識が、意思が、感情が、私だけに向いている。
君の握りしめた拳が、真っ赤に染まっている。ああ、それは私の血液だ。
幸福に全身が熱くなる。震えて、鳥肌が立つ。素敵な事だ。
散々殴った後、君は私を見下ろす。
凶悪な微笑、悪人じみた笑顔。私はその顔が好きだ。
狂気と暴力に染まったその笑顔が、私を幸福の高みへと導く。
君が私の首を両手で絞める。君は腕を曲げて、顔を近付けてくれる。
ああ、君の顔が目と鼻の先だ。唇なんて、少し動けば触れそうなほど。
私は君の唇に、自分の唇を重ねようとする。
―――――そこで目が覚めた。
いつもの事。愛する君に、殴られて果てる夢。それが私の願望。
いつまでたっても口付けを叶える事の出来ない、最後。これもいつも通り。
それはまるで片想いを忠実に再現しているようだった。
私は、とても名残惜しくなる。君の唇を欲してしまうのだ。
けれどそれは、永遠に叶う事の無い、願い。
私は甘美な妄想に耽り乍ら、自分の手の甲にキスをする。
いつか、君に殴られる事を夢想しながら。
哀れな私のどうしようもない願望。 朝比奈凛子 @adamska_
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