第31話 母、そんなつもりはありませんでした

 母が一人で百貨店に買い物に行った時のことである。

 エレベーターに乗ると中には案内係の女性従業員が一人いた。

 女性二人だけの密室は永くは続かず、すぐに若い男性二人が乗ってきた。中には計四人いる。

 無言な空間も続くことなく片方の男性が話し出した。


 「地下にしか食事する所ないと思っていたんだけど上の階にある催事場にも食べる所あったんだね。」


 その日は七階で他県の物産展が行われており小さいながらも一つの食事処が設けられていた。

 男性の間での会話だったが片方がふとエレベーターガールへ問い掛けた。


 「こいついくつわんこ蕎麦食べたと思います?」


 他人の会話に入るつもりはなくても嫌でも耳に入ってしまう中で母は該当する男性を改めて目視した。体格はどちらかといえば細身……ならば百いけばいい方なのではないのかと内心予測してみた。

 だが、答えられた数は頭に浮かんだ数より3倍多かった。


 「えっ!?本当にっ!!」


 「驚きですよね?」


 思わず心の声が漏れてしまい。必然的に会話に参加する形になった。


 「凄いですね!」


 そう答えると見計らったかのようにエレベーターのドアが開き客は皆、降りた。


 二人の男性の背中を見送り、母はのろのろと足を進めーーーー気づいた。


 『驚きすぎて降りる階を間違えた......』


 その呟きが周囲の人たちの耳に入ったかは不明である。

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