200:停滞は滅びへの道 その三

「兄君は今の世界をどう思われますか?」


 なんとか落ち着かせた変態は今度は至極真面目な顔でそう尋ねてきた。

 兄君はヤメロと言いたいが無駄っぽいのでとりあえずスルーして変態の言いたいことを考える。

 さっき人類が滅びるとか言っていたからその方向の話がしたいのだろうか?


「どうって、怪異の脅威が薄れたせいで逆に国家間の緊張は高まってる部分はあるけど国連が上手くまとめてるから今の所はそこまで大きな不安は無いかな」

「それは世界情勢ですね。確かにそれも関係ありますが、生き物としての人類をどう思われますか?」

「生き物としての人類?」


 言われて、俺は人間と怪異、いや世界の中の人間という立場に思いを巡らせた。

 本来怪異は自然発生する存在で、自然の中では色々な生き物と共に存在している。

 それは危険な場合はもちろんあるが、危険度から言えば激流に落ちれば流されて死ぬこともあるといった感じの、自然な危険だ。

 動植物が怪異に害されないとは言わないが、害されるばかりでもない。

 難しい言い方は出来ない俺だが、つまり動物や植物と怪異の関係は種族の違う動物同士と植物同士との関係に近いものだった。

 人間と怪異の関係が特別なのは、言うなれば人間が知恵に特化して進化した弊害のようなものだ。

 言ってしまえば人間の恐怖心が無駄に恐ろしい怪異を生み出したのである。


「う~ん、豊かになったかな。あ、と、そうだな、怪異を切り離す手段を手に入れて人口が増えた」


 そう人類は怪異と常に戦う生活から開放され、急激に人口を増やしていた。

 過去数百年間の統計と比べてここ百年以内の人口増加率が驚くほど高い。

 数十年で倍ぐらいに増えているとされるのである。

 電磁コイルの結界防壁によって大都市を丸々囲ってしまえる技術が生まれてから、世界人口がほぼ倍に増えたと言われているほどだ。


「そう人は脅威を忘れて安寧を貪っている。その結果として起きたのが格差だ。我らの主たる勇者と働きアリのような者達との間には埋めようのない齟齬が生じてしまったのです」

「齟齬?」

「嘆かわしいことに安寧を手に入れた人間の意識から急速に勇者への希求心が薄れていったのです。その結果として今世界中の人類社会から勇者が失われようとしています」

「なるほど。でもそれはいいことなんじゃないか?」


 こいつのような英雄フリークにとっては悲しいことなのかもしれないが、俺は逆に歓迎する。

 特別な存在などいない世の中はさぞかし気楽だろうと思うからだ。


「まさか! いいことなどありません! 我が国では貴方様のような役割を離れる御方が出るだけで済んでいるからそうおっしゃられるのでしょうが、ロシアや他のいくつかの国では勇者の血統自体が産まれないか変質しつつあるのです」

「産まれない? 変質?」

「そうです。兄君は勇者を人が人工的に造ったとお考えになられているようですが、それは違います。どの国でも勇者は自然に生まれた存在です。人類が行ったのはその血統が後世に続くための努力だけでした。人類は、それは自分たちの生み出した技術によって可能となっているとおこがましくも思っておりましたが、そうではないのです。勇者血統の存続は多くの弱き人々の望む心から続いていたのです」


 変態の推論と似たような勇者論を俺は見たことがある。

 たしか大学の図書館の人類学のコーナーだったかな? 論文を書く時に参考に読んだなかの一つだ。

 要するに勇者が生まれる可能性を人類の願いが支えているという内容だった。

 本来なら一万分の一ぐらいの確率を五割ぐらいに引き上げているとか。

 てかいくらなんでも無理やりな数字だよな。

 そもそもの数字の根拠が無いし。


「人が勇者を忘れる。その果てに残ったのが勇者を縛っていた鎖です。出生率が下がった上に呪いに犯されたいくつかの国の勇者血統は変貌を遂げました。かの麗しの姫君のいらしたロシアもその一国です。勇者が呪いに苛まれて死んでいくのです」


 すっごい超理論だな。

 ロシアの話はアンナの必死さから何かとんでもないことになっていたのはわかるが、それにしても断定出来るような話でもない。

 

「その話はわかったが、そこから人類滅亡にどう繋がるんだ?」

「多くの愚か者共は勘違いしていますが、怪異は消え去った訳ではありません。それどこか、人類の欲望を受けて怪異も凶悪になっているのです」

「凶悪化か」


 怪異の凶悪化についてはハンター協会でも話題になっていたことだ。

 自動的に淀みを発見し、それに対処する仕掛けを作っていない壁内都市ではかつてない程凶悪な怪異が生まれることがあると言われていた。

 実際この中央都の管理された都市においても、僅かな淀みからいきなり迷宮が生成されるという事態が起こっていた。

 もちろん今の終天の迷宮ではなくビルのエレベーターの中に発生した迷宮の話だ。


「永い時を掛けて育まれた人類の長であり守護者である勇者を失って、安寧の中暗く育まれた人の欲望が凶悪な怪異を生み出せば、戦う力の衰えた人類などあっという間に滅んでしまうでしょう。なにしろ人類は想像力だけはたくましくなっていますから」

「懸念していることはわかったが、それをどうして俺に言いに来る必要があったんだ?」


 実の所俺は変態程悲観はしていない。

 特別な者がいなくても今の人類なら自分達でなんとか出来るという確信があるのだ。

 変態は人が戦う力を失くしたと言うが、俺はそう思わない。

 人の想像力は科学による武器や道具を生み出した。

 更に強化改造された魔術もある。

 ハンター協会に所属しているハンターの半分以上は勇者血統ではない一般人だ。

 変態がどう思い込んでいてもいいが、俺には人類を舐めちゃアカンよという気持ちがある。


「兄君は新大陸連合の行っている人造勇者ヒーロー計画をご存知ですか?」

「あ、ああ」

「おお! さすがです!」


 何しろあの迷宮で共に戦った赤毛のピーターがその計画で産み出されたヒーローの一人なのだ。

 知らないはずがない。


「実を言うと、新大陸連合の行っていることは非人道的で愚かな行為ですが、一部だけ画期的な部分があります」


 ん?


「非人道的ってどういうことだ?」

「ああ、かの国は能力者を使って薬や魔術や科学技術による改造でヒーローを作り出しているのです」

「なんだって?」


 俺はピーターが迷宮で使った薬らしきアンプルとその驚異的な力を思い出す。

 あれはやっぱりそういうことだったのか。

 うちのご先祖様も言えたことではないが、それって今の時代にやっていいことなのか? ピーター自身は納得しているっぽいけどなんかこう腑に落ちない。


「彼らは非効率的な方法で擬似的な勇者を手に入れましたが、それをより本物にするためにメディアの力を存分に使いました。我が国で行っている子どもたちに対する認識誘導のような甘い物ではありません。コミック、雑誌、テレビジョン、ムービー、様々な媒体においてヒーローを宣伝していて、それが生活の中に浸透しているのです。更に決定的なのは彼らは実際のヒーローの活動を記録して放送しています」

「そりゃあすごいな」


 確かにそれは徹底している。

 呪いによって勇者を得ることが出来なくなったという新大陸ならではの必死さが覗える内容だ。

 新大陸連合は小さい独立国の集まりとも言える、ちょっと特殊な国家なのだけど、その特殊性のため都市ごとに壁があったりなかったりするらしい。

 そして魔法使い、銃などの武器に対する法律の規制が緩いらしく、人間の起こす大きな事件も多いということだった。

 新大陸連合のヒーローは、怪異だけを相手するのではなく、凶悪事件で人間とも戦うらしい。

 対人に規制のある勇者血統では考えられない話だ。


「ほとんどの部分は唾棄すべき国ですが、この勇者に対する支援方法は参考になるのではと思ったのです」

「ええっと、何を言いたいんだ?」

「今気高き者を失わないために必要なことは人々にその存在を認識させるということです。多くの人々の目の前で戦う姿を見せることで、人は正しい進化の道筋を取り戻し、庇護者を崇め称える下僕としての真の人類の歴史を歩み出すのです!」


 そう言って、変態は自分の言葉に感動したように涙を流した。

 俺はとりあえず大きなため息を吐くと、そのまま無言で奴をマンションの外へと放り出したのである。


 やっぱり変態は変態だ。

 無駄な時間を使ってしまったな。

 下僕とかないわ。聞いてるほうが恥ずかしいだろ。

 よくもまぁ平気で口に出来るなあの野郎。

 まぁそれは変態だから仕方ないのか。


 変態は俺に放り出されながらも「お力を示して愚か者どもをお導きください!」などと世迷い言を喚いていたが、お前の考え方は現代社会とは相容れないからな。

 

 確かに気になる部分は無くはないが、この変態の思想がむちゃくちゃ尖っていることだけは間違いないと俺は確信したのだった。

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