193:祈りの刻 その十五

 冒険者カンパニーの受付に行くと、広々とした一階ロビーの一画にあるテーブルに案内された。

 テーブルと言ってもカフェのようなものではなく、ホテルのロビーのようなソファーを挟んだゆったりとしたものだ。

 一階は全面ガラス張りの明るい雰囲気で、冒険者というイメージにそぐわないこと著しい。

 ふと見ると、タネルが何やら忙しそうに立ち働いているのが見えた。

 勤労青年は真面目に働いているようだ。


「おまたせいたしました。担当者のテクスチャと申しますよろしくおねがいいたします」


 翻訳術式を通した言葉ではなく、完璧な倭国語で挨拶したのは黒髪に灰色の目、アジア人にしては色白で彫りが深い顔立ちの青年だった。


「それ、すごくあからさまな偽名ですね」

「ああ、申し訳ありません。冒険者はあまり本名を明かさないものなのです。特にこんな仕事をしていると過去のしがらみとか色々ありますからね」

「はあ」


 指摘に悪びれない相手の様子に毒気を抜かれてソファーに座り直す。

 いきなり社長室に通された前回とは全く違う対応だなと思ったが、まぁ確かに商品開発の話を社長がする必要はないか。


「まぁそうですよね。普通の社会で暮らしている方にとっては私どものような者は胡散臭いし、信じられないというのはわかります。でもあなた方の行動を漏れ聞いた所、あなた方は実に、そうですね、実に偏見の無い方々だと伺っております」

「偏見、ですか」

「ええ、あなた方は冒険者の指定した場所に赴いてちゃんと話を聞いて対処出来ることには対処してくださったと、今冒険者諸氏の間ではちょっとした噂になっているのですよ。おかげであなた方の会社の製品を購入する冒険者が増えているとか」

「それはありがたい話ですね」


 マジか、しかし結局冒険者のほとんどは製品をそのまま使ったりしないんだよな。

 複雑な気分だ。


「それで、ご連絡いただいたお話についてなのですが」

「コーヒーをどうぞ」


 話を切り出した所に金髪美人の女性社員がコーヒーとクッキーをセットして一礼して去っていった。

 凄い身のこなしだ。

 一分の隙も無かったぞ、今。


 思わず二度見してしまった俺の腕を伊藤さんがつつく。


「お砂糖いりますか?」


 いや、伊藤さん、俺がミルクしか入れないの知っているよね?

 なんでわざわざ確認したんですか?


「いや、ミルクだけでいい、です」

「室長は?」

「大丈夫、自分でやるよ。ありがとう」

「いえ、失礼しました」


 それぞれが砂糖やミルクをコーヒーに入れている間が入り、話は巻き戻されたような感じになった。


「あの、それで共同開発の件なのですけど」

「はい」

「どうしてうちに?」

「実の所、冒険者のちょっとした要望に応えて行こうという考えは前々からあったものなのです。特に駆け出しの冒険者は装備も整えずに無茶な潜りを行うことが多い。そこで研修を受けることと引き換えに、最低限の装備一式を付与するという試みを考えているのですが、その時に渡す装備の一つに携帯食を収納して、更に効率的に食べることの出来るかさばらない容器を考えていました」

「なかなか厚遇なのですね」


 ちょっとした驚きと共に俺は彼の話を聞いた。

 冒険者同士というのは言うなれば互いに競争相手でもある。

 もちろん互助組織である冒険者協会の存在は俺も知っているし、冒険者同士にはちょっとした仲間意識があるのもなんとなくわかりはする。

 だが、実際、迷宮内部で潰し合いがあるらしいという話も聞いてるのだ。

 純然たる利益追求のための会社であるこの冒険者カンパニーがそこまで真摯に冒険者の面倒を見るつもりであるとは思っていなかった。


「簡単な話ですよ。この会社は冒険者に対して投資を行っているのです。うちにとって大切なのは情報です。情報をより多く、正確に取得するにはその提供者は多いほうがいい。ならばうちの紐付の冒険者を増やすのは我が社の利益に繋がる。冒険者だってより生き延びる可能性が高くなる。これはいわゆるウィンウィンの関係というやつですね」

「なるほど御社の考えはわかりました。そこで冒険者の信頼を稼いだ我が社との共同開発なのですね」

「そうです。それにそれだけではありません。我が社自体には生産設備はありません。何かを作る場合は全て外注ということになります。我々としても冒険者に対して真摯な相手との取り引きが望ましいのです」

「なるほど」


 話だけを聞いた限りでは筋は通っているように思える。

 どちらにしろ判断をするのは俺じゃないし、俺の役目はただの中継ぎにしかすぎないからここで何を言う訳でもないんだけど。

 テクスチャと名乗った相手は、封筒を差し出して来た。


「こちらに詳しい企画書が書面とデータで入っています。ご検討よろしくお願い致します」

「わかりましたお預かりします」


 特に何事もなく終わったか。

 俺は書類を受け取るとコーヒーを口に運んだ。

 おおお、なんかかなり上等の豆を使っているぞ、香りがすげえ。


「ところで」


 仕事モードが終わったらしい相手がクッキーを割って口に運びながら気軽な口調で切り出した。


精製士エンジニアの方はどちらなのでしょうか? ちょっと別口の依頼があるのですが」


 予定外の申し出に俺は流と伊藤さんの顔を見た。

 二人共俺に全部任せるというアイコンタクトを寄越す。

 ん、まぁ俺が決める話なんだろうけどさ。


「俺、じゃない、私ですが、どういうお話でしょうか?」

「実は我が社は特殊な託宣機サーバを使っているのですが、その回路に使っている共振体コンデンサの調子が悪いのです。うちの技術スタッフは教科書通りの仕事なら出来るのですが、規格外のトラブルに弱くて。よかったら技術的な指導をしていただけると助かるのですが。もちろん、貴社への正式な依頼として発注させていただきます」


 う~ん、これは現場判断で対応出来る案件だと思うけど、どうするべきか。

 ある意味この仕事を受けることでこの会社が取引相手として信頼出来るかどうかを試すことが出来るということもあるし、まぁ見るだけなら問題は無いか。


「今何も道具類は持っていないので見るだけになりますが、それで改めて見積もりをしてという話でよろしければ」

「ありがとうございます。ぜひお願いします」


 テクスチャ氏は嬉しそうに頷いて握手を求めて来た。

 ほっそりとした見た目にそぐわないがっちりとした力強い手だという印象を受ける。

 さすがは冒険者といった所か。


 準備があるからと席を立った男の後に、先ほどの女性がコーヒーのおかわりとショートケーキを持って来た。

 おお、グレードが上がったぞ。


「隆志さん、いいんですか?」

「まぁ見るだけだし、何か確約した訳でもないしな。実の所すごく興味があるし」

「俺も興味があるな。この建造物のエネルギーの流れは独特だ」

「そんなことがわかるのかよ」


 流の言葉に呆れる。

 流は一部では神のごとしと形容される魔導者の一族だ。

 魔導者は歴史の表にはほとんど現れることがないため、俺も話半分に考えているんだが、こいつ実際底が知れない所があるんだよな。

 まぁそこに突っ込んだことは無いし、お互い実家の事情は知っていてもなんとなくその辺の話は避けて来たんで詳しいことはわからないんだが。


「隆はほんと、大雑把というか、大物だよな」

「隆志さんは凄いです」

「いや、今の話の流れで俺を評価するのはおかしいだろ」

「この建物は外見上はホテルだが、そうだな、まるで巨木のような感じだな。生き物のように建物の外殻をエネルギーが循環している。シールドされている部分がやたら多いし実に秘密主義の冒険者らしい会社だね」

「生き物のように、ね」


 冒険者に情報を提供し、同時に情報を集めるというある意味しごく単純な情報提供会社だが、以前会った印象だとここのトップは一癖も二癖もある相手だ。

 一応政府の承認を受けているんだから危険な活動をしている訳じゃないんだろうが、なかなか安心出来ない相手と言っていいだろう。


「お三方、準備が出来たのでこちらに」


 テクスチャ氏が呼びに来て、それに従って俺たちは後に続いた。

 専用エレベーターで地下へと降りる。

 てか階数表示がないんでどのくらい深いかわからないんだが相当降りたぞ。

 地下という場所の特性で恐ろしい圧迫感を感じる。

 そう言えば伊藤父も自宅に地下室作っていたな。

 冒険者は地下が好きなのか?


「機密事項があるので周囲に囲いを設置させていただきましたが、こちらがサーバの一部を負担している回路の一端になります」

「おお!」

「すごい、綺麗ですね」

「これは、驚いたな」


 そこにあったのは今時のマシンではなかった。

 結晶柱と魔法陣を使った古いタイプの回路だ。

 しかもジャングルジムとクリスマスツリーを足したような立体的な仕様となっていた。

 テクスチャ氏の言う通り、半分以上はボードで覆われていて全容はわからなくなっていたが、見えている部分だけでも十分凄い。

 流ですら驚きと感心を浮かべているし、伊藤さんに至ってはすっかり見とれていた。

 というか、俺自身がちょっと気持ちが盛り上がってヤバイ。


「えらく前時代的というか、場所を取る作りにしたんですね」

「お恥ずかしい。本当は今時のサーバを設置するつもりだったのですが、色々とあってこのタイプになってしまったのです。あ、こちらの共振体なのですが」


 案内されて中央下部にある巨大な水晶柱を見る。

 基本的に共振体は天然の物の場合一本の水晶を二つに分けるか双子石と言われる物を使うのだが、今は人工結晶を規格通りに作ればいいので簡単だ。

 そのせいで昔の共振体は非常に高価だったが、今はかなり値段も下がっていて、そのおかげで世界的に電子工学が発達したのである。

 しかしこれは。


「これは天然石ですよね。とんでもないですね」

「いや、そうでもないのです。実はうちの社長がこの会社、つまり情報関係の仕事をやろうとしたきっかけがこれらの石のせいなのですよ」

「石?」

「はい。天然の巨大な鉱石の洞窟を発見しましてね。せっかくだからそれを利用した仕事をしたいということで情報関係の会社を起こした訳です」

「ちょっと普通の人には出来ない発想ですね」

「そうですか?」

「ええ、だって普通なら売って儲けようとかそういう話になりませんか」

「まぁ普通はそうなのでしょうけど、我々の場合は価値がありすぎる物は下手をすると取り上げられる危険がありますから、取り引きにはつい慎重になってしまうのですよ」

「……なるほど」


 何かやっぱり色々あるんだろうな。

 あまりそこに突っ込むのもなんなので俺はさっそく水晶体を調べてみた。

 サイズもカットも申し分ない。

 表面に幾つかの術式が被せられ今も細かい振動を続けていた。

 しかしこれは。


「これはもう片方を見せていただかないとどうにも判断出来ませんね」

「それは当然ですね」


 共振が上手く行っていないということは双方になんらかのブレがあるか、環境に問題があるかだ。

 どちらにしろ双方を見比べてみないとわからない話である。

 しかし計測器を使って本格的にやるのは今回じゃなくていいし。


「使って良いディスクメディアはありますか?」

「?……映像記録用のならありますけど」

「あ、それと一度テストをしますので言っておいてもらえますか? おそらく一秒か二秒のラグが起きると思うんで」

「止めなくていいのですか?」

「まぁ本格的な修理なら止めたほうがいいんですけど、とりあえず型取りするだけですから」

「わかりました」


 磁界に捕らわれ半分浮いた状態の水晶体は周囲を走る光を屈折させて透過することで美しい光の乱反射を見せている。

 こんな天然の結晶体を見る機会など滅多にないことだ。

 楽しい。


 実を言うと、俺はこの時ほとんど仕事を忘れていた。

 完全に、ではないぞ、そこは大事だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る