192:祈りの刻 その十四

 朝、会社からのメールをチェックしていたらとんでもない指示が来ていた。

 どういうことだろう。

 しばし考えていたが起き抜けのしゃっきりしない頭で考えても仕方がない。とりあえず顔を洗おう。

 俺はそう思って洗面所に向かい、キッチンで何かをいじっている流を発見した。

 あいつ料理は苦手だとかで当番になってないからキッチンに用があるとは思えないのだが何をやっているのだろう?


「流、朝早くから何事だ?」

「ああ、ゴミ出しの準備をしている」

「ゴミ出し?」


 俺は疑問を覚えて問い返した。

 中央都ではゴミはダストシュートで一括処理されている。

 内容を選別して変換炉に送り込み素材とエネルギーとして分別される仕組みだ。

 そのダストシュート口はほとんどが屋内にあるのでゴミの処理はゴミ出しという程大仰なことではないはずなんだが。


「俺も昨日知ったんだが、この特区ではダストシュート装置がほとんど機能していないらしい。公営の建物とか大企業の店舗とかはさすがに設置されているが、一般家屋の区画だと術式同士が干渉してまともに働かなくなるんだそうだ」

「なにそれ、意味がわからないんだが」

「この特区では冒険者の術式使用の制限が緩い。まぁ迷宮に潜るんだから当然だな。しかしダストシュートの入り口の感知システムは一種の結界だ。外界からの術的負荷が高いと崩壊が起こる」

「……へえ?」


 生返事をした俺をちらりと見た流は鼻で笑うと、


「とりあえずこの特区ではゴミは決められた日に回収されるということだけ覚えていろ」


 と言った。

 お前今馬鹿にしたな? 俺が理解出来ないと思って。


「……そうか」


 まぁ理解出来なかったんですけどね。

 魔術とかの強弱ってほんと意味がわからない。

 全く関係のない術式同士が干渉したりするし、違う性質の物を混ぜたりも出来る。

 科学や化学の公式って理屈がわかりやすくていいよな。

 誤解されやすいが精製術もきっちりとした公式がある世界だからな。

 詩歌タイプの詠唱はあるがこれはアクセスキーの問題であって曖昧なゆらぎは存在しない。

 だから妙な決まり事に縛られているのだ。

 てか錬金術士という連中ときたら秘密主義者が多いせいでわかりにくいアクセスキーをそれぞれが構築しすぎたせいでもある。

 神話とか伝承を公式に組み込むなよな、マジで。


「お前が今何を考えているのか大体わかるが、魔術が面倒くさいのは当然だぞ? なにしろ魔術の根本は言葉や文字、或いは記号に対する人類の認識だ。個々の認識に揺らぎがある以上、きっちりと割り切れたり理解出来たりする訳もない。時代によっても変わるしな」

「正直面倒くさい」

「はいはい」


 流は俺の言葉に投げやりに答えるとゴミ袋を片手に部屋の外へと出て行った。

 あ、そう言えば会社の指示書について話すの忘れていた。

 まぁ後でミーティングの時に全員と話したほうがいいか。


 出張もいよいよ明日で終わりということで、今日と明日の朝食と夕食にはタネルとビナールの兄妹も招いてある。

 とは言え夕食は外で摂るのでこの宿で食べるのは朝食だけだ。

 今日の朝食担当は俺なので、ちょっと奮発してカレーにしてみた。

 野菜ゴロゴロ骨付きビーフカレーである。


「これって今夜もカレーでいいのでは?」

「残念ながら残るようには作っていません。この鍋でそんな量作れるかよ」

「あの、すみません、私達のせいで」


 流と俺の他愛無い会話にビナールが恐縮してしまった。

 いやいや、君たち若者はいっぱい食べないと駄目だぞ。

 なにより今日と明日はこの二人へのお礼も兼ねているのだ。


「いやいや、むしろ二人はたくさん食べるように! 中途半端に残るのが一番困るからな」

「は、はい」

「わかりました」


 そんな未だ初々しい二人の様子に伊藤さんがニコニコしている。

 彼らは宗教的に戒律があるらしいので肉食について尋ねたら本来は自分たちで狩った動物だけを食べるほうが安心出来るらしいのだが、冒険者として生活している者達はあまり拘らないらしい。

 ただ豚や猪肉はあまりいい気持ちはしないと言うことだった。


 タネルによれば「聖者の献身に相応しい者であるという証が大切なのです」という話だが、正直宗教的なことはよくわからない。

 でも他人が大切にしていることは極力守るべきだろうとは思う。

 そもそも海外で保護者を無くして未成年の兄妹だけで暮らすというだけで相当大変だろうからそれ以上の精神的な負担は掛けたくないという気持ちも、年長者としてはあるのだ。

 てか、問題は二人が俺を信仰の対象である聖者と同一視している節があることなんだよな。

 俺はそんな凄い人じゃないからね。


「ところで流、会社からの指示書読んだか?」

「ああ、少し驚いたな」

「私も確認しました。どういうことなんでしょうね」


 全員が首を傾げるのは今朝会社から届いていたメールの指示書の内容についてだ。

 そこには冒険者カンパニーからの要請に応えるようにとの指示があったのだ。

 今回の出張のそもそもの意義と方向性が違うような気がするけどどういう理由なんだろうな。


「それは私達がお伺いしても良い事なのですか?」


 ビナールがおずおずと尋ねた。

 問題があるなら席を外そうということなのだろう。


「むしろ二人には話を聞いていて意見を言ってほしい。特にタネル」

「私ですか?」


 タネルが不思議そうに応える。

 何しろ今回の案内役はビナールが努めてタネルはほとんどノータッチなのだ。

 疑問に思うのは当然だろう。


「冒険者カンパニーからの依頼が会社のほうにあったらしいんだ」


 なにしろタネルはその冒険者カンパニーで働いている。何か知っていることがあれば教えてほしいのだ。

 ただ、タネルもアルバイトのようなものだからそんなに詳しくはないだろうが。

 タネルは少し考えるようにしていたが、ややするとああと頷いた。


「もしかしてあれじゃないでしょうか。最近冒険者達の間で正式な免許持ちの精製士エンジニアが来ていると噂になっていたので、その噂がカンパニーにも伝わったのかと」


 タネルはカンパニー側に俺たちのことを話していないのでカンパニー側がどうして俺たちが来ていることを知っているのか不思議だったのだが、察しのいいタネルの説明で理由がわかった。


「免許持ちが珍しいのかよ」

精製士エンジニアのライセンスは世界共通ではありませんが、どこの国でも取得は難しいらしいですからね。特にこの国では免許制度になったのがごく最近ですし」


 俺の言葉に伊藤さんが答える。


「そんな高学歴の人が冒険者になるということは滅多にありませんし、冒険者相手の仕事に関わることもあまりないと思います」

「なるほどなぁ」


 伊藤さんの言葉にある程度の理解は出来た。

 

「それで、冒険者カンパニーは何を依頼して来ているのですか?」

「冒険者用の簡易携帯食保存容器の共同開発を依頼して来たらしい」

「いい、お話ですよね?」

「うん、まあそうなんだけど。本来の出張と意味合いが変わって来てるからなぁ、てかこれ、一日二日で片付く話なのか?」

「俺の予想では出張期間が追加されそうだな」

「マジか?」


 流の言葉に動揺する。

 それならそうと早めに言ってくれないと宿泊の延長とか色々あるんだけどな。とりあえず先方と話してからってことなんだろうか。


「まだご一緒出来るなら嬉しいです」


 ビナールが嬉しそうに言った。

 割と人見知りっぽい娘だけどもうすっかり流にも伊藤さんにも慣れたらしい。

 驚くべきことにビナールは流に籠絡されなかった貴重な女の子でもある。


「そうですね。お休みもこちらにいらっしゃるようなら仕事を抜きにして街を案内することも出来ますし」


 タネルもにこやかに言った。

 この二人、将来的な所はどう考えているのだろう?

 また迷宮に潜るのは辛いだろうしこの都市で一般的な仕事をして暮らすのならそれはそれである程度の能力が必要なのだが、まぁこの二人なら大丈夫な気もする。

 故国に戻るのなら戻るでその旅費も必要だろうしな。

 

「とにかく行ってみるしかないな、冒険者カンパニーに」


 以前ハンターとして訪問してけんもほろろに対応されたことを思い出して憂鬱になったが、今回は全く立場が違うし向こうの対応も違うのだろう。

 なにしろあっちから依頼して来た訳だしな。

 てか、俺が対応して大丈夫なのかな? これ。


 不安と期待と、複雑な思いが交錯する胸の内を抱えながら、波乱の予感がする一日が始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る