159:好事魔多し その十七
タネルとビナールの兄妹はカレーを気に入ってくれたようだった。
「この肉は何?」
ビナールが恐る恐る聞いてくる。
食べられない物は無いんじゃなかったのか? 遠慮してたのか?
「ビーフだけど、大丈夫か?」
そういえばどっかの国では牛は食わないとか聞いたな。
我が国でも牛を大量に食べるようになったのは割りと最近で、ちょっと前まではタンパク質と言えば鶏と魚関係ばっかりだったらしい。
「大丈夫、慣れていないだけ、ちょっと臭いけど問題ありません、美味しいです。この料理はピラウに似てるから懐かしい感じがします。ヨーグルトがあったら故郷の料理を食べているような気分になったと思います」
ピラウってなんだろう? ピラフみたいなものかな? 何にせよ美味しいなら良かった。
迷宮から出たらヨーグルトを食べさせてあげよう。
そうだ、せっかくだから今のうちにお互いを知っておくか。
「せっかくだからお互いに自己紹介をしよう。学校の転入生みたいな感じで」
俺がそう言うと、全員がちょっと笑った。
どうやら外国の二人にも通じたみたいだ。
転入生の自己紹介は海外でもテンプレなんだろう。
「じゃあ、言い出しっぺの俺から行くか。ええっと、俺は木村隆志、年齢は二十七歳だ。今の仕事はハンターだな。本来は会社員だが」
俺の説明にタネルとビナールは不思議そうにしている。
深く考えずにスルーしてくれると嬉しいぞ。
「んじゃ年の順で行くと次は俺っすね。俺は大木伸夫、この国の軍人っす。年齢は二十五歳、絶賛彼女募集中っす」
明子さんとはどうなった? 振られたのか? 気になる。
「はぁ、まぁいいですけど。僕は木村浩二、ハンターです。その移り気な兄と違って専業のね。年は二十三」
浩二よ、移り気とはなんだ。
別に俺は浮気症じゃねえよ! どっちもちゃんとやってるだろ!
「木村由美子、二十歳、ハンターで大学生」
一方で由美子は簡潔だった。
そう言えば由美子も現役学生だから二足の草鞋か。
意外、浩二、お前のほうが少数派だったぜ。
そんな思いを込めてニヤニヤ笑ってみせると、それを察した弟がものすごく嫌な顔をした。
こいつはいつもうっかり俺に言い負かされると凄くそれを引きずるのだ。
可愛いやつめ。
「あーえっと、タネルだ。年は十九」
「あ、はい。私はビナールです。十七になります」
肝心の兄妹の自己紹介はものすごく簡潔だった。
うむ、これは前例が悪かったな、反省。
「二人は冒険者なんだよね。ええっと、事情は聞かないほうがいいのかな?」
仕方ないので俺はあえてちょっと踏み込んでみることにした。
話すのが嫌ならそれでもいいが、今後のことを考えるとある程度予備知識はあるほうがいい。
「いえ、そんなに気にしなければならないような話ではありません。我が家では母が難しい病気に罹ってとても多くのお金が必要でした。そこで父は冒険者になりました。地道に稼いでどうにかなる金額では無かったからです。もちろん冒険者になって成功するのはほんの一握りで、ちゃんとお金を稼げる人間は滅多にいません。そこで父は成功していた冒険者に身売りしたのです」
「身売りって……ええっと人身売買は世界協定で禁止されているはずだよね」
「もちろん、奴隷ではありません。単なる終身雇用です。死ぬまで自由はありませんが、奴隷ではありません」
いや、それ奴隷だろと思ったが、おそらくそういう建前になっているんだろう。
さっき言っていた冒険者のルールみたいなもんで、冒険者の間ではこういう一般的なルールとは違う独自の物があるに違いない。
「治療を受けて母は病気を治しましたが、父がいなくなったので生活は大変でした。でも、僕達二人共ある程度働けましたし、なんとか学校も行くことが出来たのです。そして五年程して父が戻って来ました。なんでも父を雇ったパーティが半分が亡くなり半分が引退して、開放してもらえたのだそうです」
「それって、珍しいこと?」
「父が言うには無いことでは無いそうですが、普通は雇われた者は雇い主より先に死ぬのが当たり前なので、開放して貰えるまで生き残るのは珍しいのだそうです。そして言いました。冒険者として独立してみようと思うと。そこで僕達も父と共に冒険者になったのです」
彼らの父親が冒険者を続けた理由はわからなくはない。
五年間冒険者として生き延びてノウハウを学んだ。
それならそれを使って単独で稼げるのではないか? と考えたのだろう。
しかし聞く所によると
ある程度は、父親は子供たちをあてにしていたのだろうか。
「僕達は学校を中退して父について冒険者になりました。実は母国では今働き口が極端に少なくて、出稼ぎに出る者は多いのです。ですから冒険者になるのはそう珍しい話でもありません」
俺の不思議そうな顔を見て察したのか、そんな説明をしてくれる。
「なるほど、事情はわかった。ということは君たちはここを出ても冒険者としての活動を続けるんだな」
「はい」
「はい」
二人が揃って返事をする。
父親が亡くなったとしても、いや、亡くなったからこそ、彼らはまだ働かなければならない。
故郷に働き口がなく出稼ぎをするとなると海外で働くのはかなり難しい。
その国の戸籍がない人間はまともな職に就けないし、なにより法律によって守られない部分が多い。
国際協定の拘束力は当然ながら国の法律には及ばないからだ。
冒険者になる人間は貧しい国の者が多いとされる理由がそこにある。
冒険者もその国に留まる限りは国の法律の影響を受けるが、国々を渡り歩く彼らはどちらかというと国際法によって守られている部分が大きい。
特に冒険者協会が出来てからは協会員として登録している冒険者には一定の権利が与えられるのだ。
単なる外国人よりもマシな立場で仕事が出来る。
「うんわかった。ただ一つ忠告させてくれ、君たちはどこか信用できるバーティに合流すべきだ。中距離専門の二人だけで迷宮攻略や怪異退治は厳しいぞ」
彼らの構成からして、父親は前衛だったのだろう。
きっとそれなりに強かったのに違いない。
だから家族だけで今までやって来れたのだ。
しかし、残された二人だけじゃ、もはや無理だろう。
「……わかっています。ここから出たら冒険者協会を頼るつもりです」
タネルの言葉にホッとする。
さすがに二人だけで続けるという意固地な選択をする気は無いようだった。
ただ、その話題は二人には歓迎すべき話でもなかったようで、雰囲気が一気に暗くなる。
ヤバイ、話題を変えよう。
「そう言えば、さっきちょっと言ってたけど、君たちの国の
どの国も自国の勇者血統の情報はあまり外に出さない。
まぁ居場所を知られるとその子供が人身売買の組織に狙われるということもあるのだろうけどな。
嫌な話だ、まったく。
「あ、はい! 聖者様は私達の救い主様なのです」
俺の言葉に、今までおとなしくしていたビナールのほうが乗って来た。
憧れなのか、それまで色の無かった頬が紅潮している。
いやこれはちゃんとした飯を食った影響かな?
「私達は元々は遊牧民でした。我らの指導者が、悪魔は一つの地に留まることで生まれると言われたからです」
うん、その指導者の言うことは確かに正しい。
怪異が生まれるのは淀みが生まれ、それが成長して意思を持つからだ。
感情を持つものが長年同じ場所に住み続けることでその現象は発生する。
いや、短時間に強烈な意思によって誕生する怪異もいるが、ほとんどの怪異はその認識で間違いはない。
つまり留まらずに移動しながら暮らせば、凶悪な怪異に襲われることも無いという理屈だ。
「しかし、遊牧の暮らしは大変です。ある時、本来の季節の放牧地に緑が無かった年がありました。その時には水場も枯れていて、民族存亡の危機に陥ったのです。その時、一族の五人の術師が定住を提言しました。悪魔の発生を防ぐための特別な都市を造れば脅威を退けることが出来ると」
やっぱり遊牧というのは自分達で環境を整えるのではなく、自然のままの環境に左右されるのがネックなのだろう。
そんな生活に業を煮やした魔術師が怪異を避ける特殊な都市を造ったということか。
「術師の方々は都市を囲む五つの塔に籠もり、死した後には塔の下にその聖骸を納め、役割を代々受け継ぎました。彼ら聖者はその身を持って怪異を封印する強さを持った人々なのです」
いくつか大事な所が隠されているような気もするが、まぁ当然のことだろう。
だれだって自国の弱点は隠す。
しかし、なるほど、俺は勇者血統というのは怪異と戦う者のことだと思っていたが、彼らの国のように怪異を退ける結界を維持するというような者もいるのか、なるほどな、世の中には知らないことが実にたくさんあるもんだな。
俺なんかほんと、まだまだ井の中の蛙ってことだろう。
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