158:好事魔多し その十六
「あの、ちょっと気づいたことがあります」
通路を舐めるように這いずり回った炎の蛇をなんとか仕留めて、次へ行く前に一息吐いていたらビナールがおずおずとそう言った。
「どうした?」
さすがに意識がボンヤリして来たのでブラックコーヒーを全員に配って啜りながら彼女の言葉を促す。
「通路毎に光の色の数が違います。これは道順を示しているのではないでしょうか?」
彼女の言葉に全員が驚きを示した。
通路にカラフルな光の筋が走るのはみんな意識していたが、段々と慣れて気にしなくなっていたのだ。
ほぼランダムに走っていると思っていた光の色に違いがあるとは気づかなかった。
「彼女は絵を描きます。色に対する感性が高い」
兄のタネルがそう付け足した。
なるほど絵を描く人なのか、目の付け所が違うはずだ。
「色の違いには気づかなかった。どうしてそれが道順に繋がるか説明出来るか?」
「はい。これまで増えた順は赤、オレンジ、黄色、緑、青となっていて、逆に減った場合には青、緑、と減って行きます。この色の並びは……」
「なるほど」
ビナールの説明に頷いたのは浩二だった。
残念ながら俺にはまださっぱりわからない。
なんとなくグラデーションみたいな変化だなとは思うが。
「わかりませんか? これは虹の色ですよ。まだ出ていないのは藍色と紫ですね」
「虹?」
「ああ、俺にもなんかわかったかもっす」
大木が素っ頓狂な声をあげて嬉しそうにそう言った。
ぬぬっ、どういうことだ。
わからないのは俺だけか? と不安になって周りを見回すと、由美子は泰然としていて、わかっているのかどうかすらわからない。
そしてタネルは眉を寄せて困惑したような顔をしていた。
おお、さすがアニキ仲間、お前もわからないんだな。
「虹は多くの国で空に架かった橋として扱われています。つまりこの光が七色集まることでこのフィールドを脱出する橋が架かるのではないか? と彼女は言いたいのでしょう」
浩二がため息を吐きながら解説した。
虹で橋ね、なんかメルヘンチックだな。
俺はこの迷宮の主である終天を思い浮かべた。
そしてそう言えばと思い出す。
やつの家の書斎には、世界中の童話もあった気がする。
当時の俺は当初あまりの書棚の多さに、重圧感に逆に気持ちが悪くなっていた。
なにしろ日本語じゃない文字の本や、日本語だけど読めない昔の本などがやたら一杯あったのだ。
しかし、ふと、綺麗な金文字の布張りの本を見つけて開いたら、美しい色合いの絵があった。
中身は外国語で言葉はさっぱりわからなかったが、その描かれた絵を見て色々と空想しながら物語を考えたものだ。
俺が本を好きになったのはあの瞬間だったのだろう。
あれはおそらく童話の本だった。
そう言えばその中に虹を描いた本もあった気がする。
「ということは要するに、色が増える方向に歩いて行けばいいってことか」
「……いえ、そこまではわかりません」
「まぁいいか、とりあえずその方針で行ってみよう」
自信なさげなビナールに向けて笑ってみせる。
失敗もなにもやってみないとわからない。
リスクを承知でプランを実践してみて初めてその計画の粗も見えてくるのだ。
それからはわりと手早く進んだ。
この階層の基本的な構造として、通路と通路は広間で結ばれている。
その広間には必ず怪異が控えていた。
その辺は俺の頑張りどころだ。
次の休憩、と言うよりベースキャンプを作って泊まる準備を始めないといけないタイミングで、ビナールが通路を確認して告げる。
「最後の紫が出ました」
「うわあ、ナイスタイミング」
「兄さん……」
ぼやく俺を咎めるような目で睨む浩二に、俺は逆にニヒルな笑みで応戦した。
睡眠は大事だろ?
そんな俺らを他所にタネルは斥候よろしく慎重に通路を進んで先の確認に行く。
この坊やは意外とスカウト能力が高いようだ。
些細なことも見逃さず、咄嗟の判断が早い。
というか、おそらく父親を失ったことで開眼した能力かもしれない。
彼としてみればたった一人残った妹をも失う訳にはいかないという気持ちからこの慎重さが培われたのだろう。
「来てください!」
先行したタネルが慌てて戻って来る。
俺は戦闘を行うための意識へと切り替えつつそれを追った。
「うお!」
「これは、また」
その広場はこれまでの物と確実に違うものだった。
何しろ天井がないのだ。
正確には天井が見えないと言ったほうがいいか?
そして広場の中央にはデカイ竜巻が天高く渦巻いていた。
うわあ、どうすんだ、これ。
それに、これだけ近くにデカイ竜巻があるのに空気の動きが無いってのはどういうことだ?
「リーダー、とりあえずこの広場には敵がいないっぽいっす、キャンプに丁度いいかもしれないっす」
「あーうん、それがいいかもな、俺ももう物を考えるの、限界っぽいし」
周囲を見回すと、全員が同じように疲れきった顔でいる。
あの竜巻に突入するにしても、今の状態では話にならない。
広々とした広場の片隅、通路から最も離れた場所にキャンプを張った。
しかしなんだ、軍の携帯テントは軽くて広くて丈夫で素晴らしいと思うのだが、中に入るのがむさい男三人だとなんだか辛いものがあるな。
隣のテントは可愛い女の子二人で素晴らしいし、羨ましい。
「よし、飯を作ろう」
こんな時は美味しいご飯を食べるに限る。
「それ、前も使っていたけど、火がいらないのか?」
タネルが興味を持って食いついて来た。
宣伝のチャンスである。
「そうだ。こいつは術式で水を湧き出させ、電気で調理をする迷宮で便利に使える調理ジャーだ」
「迷宮で電気?」
「ん? 知らないのか、ちょっと前に売り出された迷宮専用ポータブル発電機」
俺は言いながら実演してみせた。
他社製品のポータブル発電機の説明はあまり気が進まないが仕方ない。
俺が小さな夢のカケラをその収容口に入れると、タネルの目が見開かれた。
「勿体無いだろ!」
「え? でもこの大きさの夢のカケラは換金出来ないだろ?」
「そんなことはないぞ、小さいのを集めて再精製してエネルギーキューブを作り出すことが出来るから、僅かだけどお金になる」
「マジか? どのくらいになるんだ」
「1ドルにはなるぞ」
「1ドルって何円だ?」
俺たちの会話を聞いていた大木がぼそりと俺に答える。
「大体百円ぐらいと思ってればいいっすよ」
「えっ、安いだろ」
「手間賃が掛かるからな。でも1ドルでも金は金だ」
「う~ん、でも今は使い方を見せるために足したけど、今の夢のカケラ一個でこの発電機は一日灯り付けっぱなしで使えるんだぞ、効率的にはこっちのがいいんじゃないか?」
俺の言葉にタネルは少々考えこむ。
そもそもこのポータブル発電機は冒険者に売れている。
効率が悪いなら売れはしないだろう。
「場合によるかな?」
おっ、やっぱり気持ちが傾いたか。
しかし中サイズ以上の夢のカケラなら一個最低でも五千円にはなるはずだが、いくら小さくても百円は下がりすぎだよな。
再精製の手間がよほどなのか、ぼられているのか判断が付きかねるな。
「まぁいいか。とりあえず夕飯はカレーだぞ。昼は念のためあっさりした物しか食えなかったから、腹減っただろ」
「カレー?」
俺の言葉に不思議そうに聞き返す兄妹。
マジか、お前ら日本に来ていてカレー食ったことがないのか?
よ~し、お兄ちゃん張り切っちゃうぞ。
カレーの具には軍のレーションの肉じゃがを使う。
軍のレーションにカレーもあるんだが、こっちは具が小さくて食った感じがしないのだ。
しかし肉じゃがをベースに使うと意外と美味いカレーが出来るのである。
そうして俺たちは、これみよがしにゴウゴウ唸りを上げるどでかい竜巻の前でのんびりと夕食の準備をしたのだった。
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