157:好事魔多し その十五

 えぐい。

 なにがえぐいかというとこの迷宮がえぐい。

 ここって一応上層って呼ばれているけど感覚的にはまだ中層の入り口だよな、本格的な上層は二十階辺りかららしいし。

 本格的な上層っていったいどんなんなんだ?

 そんな風に思ってしまうぐらい仕様がえぐかった。


「またか」


 錯覚を起こしそうな光の明滅する通路を進み、曲がり角を曲がると曲がったはずの元の道が消えている。

 今自分達がどこを進んでいるのか全くわからない。

 大木にナビの状況をそれとなく確認してみたが、どうも縦長の筒状になった通路全体がゆっくりと渦を巻くように回転しながら立体的に組み変わっているらしい。

 いい加減にして欲しい。


 さて、今までのパターンでいくとこの先に、


広間ホールですね」

「とりあえず行って来る」

「いい加減とりあえず突撃するのは止めませんか?」

「じゃあお前は考えておいてくれ、どうしたらいいかわからないならとりあえず進んだほうがマシだろ」

「進んでいればの話ですね」


 そんな弟の忠告を背に、怪しげな光を発している広間に足を踏み出す。

 その瞬間、足元から確かな感覚が消失する。


「う、わっ!」


 踏むべきものが無い以上どうしようもない。

 そのまま落ちる、と、思った時に鋭い風切音がして、腕に何かが絡み付く感覚があった。

 咄嗟にそれにもう片方の手も掛けて確保する。


「っ!」


 目の端でタネル少年が踏ん張りきれずに足をもつれさせるのが見えた。

 やばい、離すべきか。

 一瞬の逡巡だが、その必要はすぐに消えた。

 大木がタネルを確保して同時に浩二の影縫いが作用して、タネルはびくとも動かなくなったのだ。

 俺は素早くその長いムチを手繰って足場へと戻った。


「すまん、大丈夫かタネル?」

「はい、無事でよかった」


 浩二のそれみたことかという目付きがヤバイ。

 その一方でタネルが優しい。

 くっ、血の繋がりなぞ儚いものだな。


 しかし、これは酷い。

 床のほとんどが抜けて足場が丁度飛び石のように浮いている。

 これを渡れってことか?

 下を見ても何も見えないし、どうなっているのかさっぱりわからん。

 一つ一つの足場は大人が一人立ってある程度動けるぐらいか。

 二人並ぶと、動きによってはどちらかが落ちてしまいそうだ。

 飛び石同士の間隔は50cm程度か、実にいやらしい距離感だな。


「そうだよな、ただ渡るだけってこたあないよな」


 仕方なく飛び石の足場を渡ると、キイキイ鳴きながらオオコウモリ共が押し寄せてきた。

 俺は愛用のナイフを仕舞うと、腰のベルトから手のひらにすっぽり入るぐらいの金属の筒状の物を取り出す。

 これはバトルスティックと言って、伸ばすと1m程になる武器だ。


「でええい!」


 その金属棒を回転させながら跳躍するとオオコウモリ共を叩き落とす。

 

「足場、作る」


 そう言った由美子は、巨大な白いムカデを呼び出し飛び石の上に這わせた。

 なるほど、隙間が無くなるだけでかなり違う。

 しかし、タネルと妹のビナールは若干引いているっぽいぞ。


「渡る」


 促されて、タネルは僅かにためらったのみで飛び出した。

 くるりと巻いた長いムチを手に、それを素早く操って群がろうとするオオコウモリを確実に撃ち落としていく。

 さっきもそうだが、タネルの操るムチの精度はかなりのものだ。

 その後ろに付き従ったビナールは腕に嵌った太い腕輪を突き出して「乞う」と呟く。

 すると、一瞬高い所にいたコウモリ共の群れがぐらりと飛ぶ勢いを失って下降して来る。

 そこを俺とタネルが撃ち落とした。

 同時に後ろから大木が術式銃を撃ち込む。

 電撃ネットの術式弾がパッと空中に広がって、その範囲に触れたコウモリを次々と落としていく。

 さしもの数千匹程いそうだったオオコウモリの群れも、段々とその数を減らしていた。


「变化、来ます!」


 浩二の声が飛ぶ、広間の半ばを過ぎた辺りでオオコウモリの群れに変化が生じた。

 渦を巻くように集まり、それが一つの姿を形作る。


「ガアッ!」

烏天狗ガーゴイルか!」


 獰猛な顔つきに黒い羽根を持つ怪物。

 尊きモノの守護者と呼ばれるガーゴイルだ。

 まぁダンジョンの怪異は外のモノとはやや性質が異なる。

 別に何かを守護している訳ではないんだろう。


 そうして、全体の数は減ったが全く楽にならなかった。

 敵さんはコウモリより格段に賢く、こちらの手が届かない空中から自由に攻撃を仕掛けて来る。

 こっちは足場が悪くて攻撃範囲が狭いので上手くそれに対応出来なかった。

 なんらかの方法で大気を揺るがせていたらしいビナールの攻撃も通じない。

 大木の術式銃も同様だ。

 ガーゴイル共はこっちの攻撃に対応して口を開けて声を発しているので、なんらかの術で相殺しているっぽい。

 格の高い怪異の嫌な所だ。


 タネルはいかにも悔しそうに、ビナールは気落ちしたようにしゅんとしている。

 しかしあれだよ、君たち、そういうのは戦いが終わってからやることなんだぜ。

 不意に、空中を自在に飛び回っていたガーゴイル共が何かにつっかえたようにある一定以上上に飛べなくなった。

 浩二が後方で銅像となったかのように硬直しているのが見える。

 大木がすかさずその浩二の周辺のフォローに入った。


 うん、すっかりチームらしくなったな、俺たち。

 頭上に何も見えないのに高く飛べなくなったガーゴイル達が戸惑ったように動く。

 俺はその隙を逃さず手にしたバトルスティックを使い、棒高跳びの要領で体を跳ね上げると空中でガーゴイルを捕まえてその首を捻った。

 バキリと乾いた感触が手に伝わる。

 力を失い浮力を失いつつあるその体を足場に、次の獲物へと飛び掛かる。

 後はもはやこっちの独壇場だった。


 他に敵は出て来なかったので、先に進もうとすると大木が呼び止める。


「ちょ、これ見てください」


 その声に振り向くと、怪異の姿が丁度消えた所に、少し大きめの夢のかけらがあり、それともう一つ、水晶球のような物があった。


「なんだ、それ?」

「なんでしょう」


 この手のことに最も詳しい由美子を窺ってみたが、首を横に振られる。

 ううむ、妹にわからないことが俺にわかる訳がないな。

 その水晶球のような物は濃い赤い色をしていて、大きさは直径10cmそこそこか? 一見した所特に何がどうといったものではない。


「あれかな? ドロップアイテムとかいう」

「いや、ゲームじゃないんですから」


 俺の言葉に大木が呆れたようにそう返して来た。

 おい、まるで馬鹿なことをぬかす頭の弱い奴を見るような目はやめろ。


「違う、ゲーム、ここは作られた迷宮」


 由美子がゆっくりとそう言った。


「えっと、どういう?」


 大木が不思議そうに聞き返すが、俺は由美子の言わんとしていることに気づいて溜め息を吐いた。

 この『迷宮』の製作者はゲーム感覚で造っているということか。

 まぁ暇を持て余している野郎のやることだからな。


「でも、綺麗ですね」


 おずおずと、ビナールがその球に手を伸ばそうとするのをタネルが慌てて止めた。


「うかつに触るな、父さんが言っていただろう。迷宮では全てを疑えと」

「あ、うん、ごめんなさい」


 うんうん、タネルはいいお兄ちゃんだな。

 俺が由美子に目をやると、由美子もわかっているとばかりに頷いた。

 懐紙にさらさらと書かれた物がその球を覆い、包み込む。


『封』


 という文字が光と共に浮かび上がり、だが、その光はすぐにバラバラに散った。


「ん?」

「あ」

無効化レジストかな」


 ううむ、封印収納が出来ないのか。

 しゃーない。


「あっ、馬鹿!」


 俺がその球を掴むと同時に浩二が罵倒を浴びせかけた。

 いや、だって、問答してても仕方ないだろう。

 明らかに重要アイテムっぽいし、捨てていく訳にもいかないからな。

 それにレジストが掛かっているならこの球自体に変な術は掛かっていないはずだ。


 そう思って浩二ににやっと笑って見せると、すげえ目付きで睨まれた。

 ふと他の仲間に目をやると、全員が呆れたような心配しているような目付きでこっちを見ている。


「いや、ちゃんと考えがあってだな……」

「嘘」

「無茶をしては駄目です」

「呆れた」

「いや、それでこそっすよ、リーダー」


 信用が無い、だと……ってか大木よ、それでこそってなんだよ!

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