151:好事魔多し その九

「やあ、この前振りだな」

「この前って、結構前でしたよね?」


 なんだか段々フランクになって来た武部隊長だが、目は笑っていない。

 むしろ昔より威嚇してるっぽい目つきになって来たような気がする。

 おかしい、ずっと協力的にやって来たはずなのにどうしてなんだろう?


「君たちが現れるたびに厄介事が増える」

「いやいや俺達何もしてませんよね? むしろ協力しているでしょ?」

「トラブルメーカーってやつはいつもそう言うんだ」

「そんな、俺達トラブル起こしてませんよ? むしろトラブルを払いのけているほうです」


 武部隊長は俺の抗弁に「ふう」と、ため息だけを零す。

 まだ若いのに大丈夫か? この人。


「すみません、どうも迷宮周りで想定外の事態が続くのでナイーブになっているんですよ。うちの隊長」

「人を思春期の乙女のように言うな」


 横から大木がフォローを入れる。

 なかなか上下関係を越えたツッコミだが、規律に厳しい軍隊にしては珍しく、誰もそれを咎め立てしなかった。

 武部隊長の表情も、少し和らいだようだ。

 上司と部下の間にはそれなりに信頼関係が構築されているらしい。

 大木は例の妄想汚染イマージュに侵された被害者でもあるのだが、最初の頃実験動物的な扱いをされそうだった時に隊長が二次汚染を理由に隊内隔離で押し切ったということだった。

 今では感染はしないということがわかっているが、上層部もその間に頭が冷えたのか、現在は定期検診と外出禁止の上での経過観察という状態になっているとのこと。

 切り替えついでにこの肉体変化がどの程度実戦に使えるのかを調べているらしい。

 基本的には異能者と同じような扱いに移行したということだ。

 初期のパニックに近い状態のまま治験に回されたら、いきなり殺処分ということもありえたという話だから、大木が隊長を信頼するようになったのも当然と言えば当然だろう。

 まぁ正直いきなりそんな馬鹿げた話にはならなかったとは思うが、薬物投与や組織検査などで色々弄られたであろうことは想像に難くない。


「それで今日はモニタリングテストという話だったのですが、具体的には第十階層を普通に踏破するということでいいのでしょうか?」

「そうだ。その際にこの機材をそれぞれの頭部に装着して行動して欲しい」


 そう言って取り出されたのは一見工事の人が頭に装着するヘッドランプに似た物だった。

 正面に付いているのが石である所からどちらかというとバンドで固定するサークレットという感じだろうか。

 まぁ装飾っぽい部分はなく、全体の骨格は樹脂製でやすっぽいんだが。


「それはハウルと名づけられた装置で、複製された己自身と共鳴し合うコアを中心に、カメラとマイクが組み込まれている」

「へぇ」


 感心して眺めていたら、由美子がぼそりと呟いた。


「このコア、精石」

「へっ?」


 理解が追いつかないまま武部隊長を見ると、感心したように頷いている。


「よくわかったな。確かにこれは精石をコピーしたものだ」

「ちょ、待て。精石ってのは怪異を封じた石だよな? それをコピーしたって、下手すると怪異を増殖出来るんじゃねえか?」

「まぁ魔術師のやることだからな」

「おいおい、頼むぜ、技術流失だけはマジで勘弁してくれよ」

「その辺は大丈夫じゃないかな? 彼ら魔術師の秘密主義は国家を超えると言われているしな」

「楽観的だな」

「いいや、楽観ではないさ」


 ふっ、武部隊長は笑ってみせる。


「これはな、諦念というものだ。要するに諦めだな」

「うわあ」


 いや、まあ、魔術師って連中は周囲がどうこう出来るような連中でもないしな。

 徹底的な個人主義で他人の言うことなんざ聞きはしない。

 今回国に協力していることからして奇跡のような物なのだ。

 おそらく単純に利害が一致しているだけの話なんだろうけどな。


「今回俺がナビやるんっすけど、実は俺も九階層までしか踏破してないんすよ。というか軍自体がちょっと足踏み状態で」


 大木が説明する。

 その辺りは俺もなんとなく聞いていた。

 十階層からはいわゆる上位階層扱いになるようで、罠あり分断ありで軍隊のような集団戦を得意とする組織には厳しいらしいのだ。

 そのせいで上位階層は名の知れた冒険者達の独壇場になっているらしい。

 しかも連中は自分達の攻略階層をあまり正直に教えないし、ましてやマップ情報なんぞ軍や国にくれてやる気は無いということを堂々と宣言しているらしい。

 情報が欲しければ金を出すか自分達で進めという訳だ。

 まぁそりゃあ仕方ないよな。

 ということで、今俺たちの手にはその金で買ったマップ情報がある。


「とは言っても、連中に言わせるとマップ情報もどのくらい役に立つのか判断が難しいとのことだ。通路は常に組み替えられると思ったほうがいいらしい」

「わかりました」


 ひと通りマップに目を通したが、その道順よりも重要なのは冒険者による書き込み情報のほうだろう。

 通路の特徴、怪異モンスターの種類、宝箱情報、トラップの種類などが細かく記されていた。

 右下の隅のほうにこの階で命を落とした誰々に捧ぐとか書かれているのがなんともリアルな感じだ。


「ん? このフロアーにはボスがいないって書いてありますけど」

「ああ、不思議なことに十階層にはフロアーボスがいないようなのだ。単純に踏破して終わりだ」

「なるほど、サービスフロアということですね」


 浩二が納得して頷いた。

 いや、サービスフロアってなんだよ。


「要するに安売りで惹き付けるショップのように、獲物をより喉奥に誘い込む罠なのではないですか?」


 不思議そうに顔を見た俺に気づいて、浩二がそう説明する。

 というか俺に聞くな。

 しらんわ。


「なんにせよ、激しい戦闘が無いのはモニタリングテストにとっては幸いです。よろしくお願いします」


 それまで控えて言葉を発していなかった機材の調整を行っていた技術者の一人がそう頭を下げた。


「わかりました、最善を尽くします」


 ついでに公人モードになって堂々と俺に敬礼をしてみせる武部隊長に俺も手を振って返す。

 さてさて出発だ。


 ゲート前に来ると、開門のサイレンが鳴り響く。

 しかしなんだな、このサイレン、いかにも不吉なことがありますよって感じだよな。

 そのままゲートに入ると、俺の前には一層から三層までを示すボタンが表示された。

 いつもながらエレベーターの階層表示ボタンっぽくてどうも変な感じだ。

 俺は三階層まで行って途中離脱したんで表示はここまでしかない。

 大木の奴の選択を待った。

 ふっと光がいきなり眩しく降り注ぎ、それが消えると、俺は、いや、俺達は新たな場所にいることを理解する。


「暗い」


 俺の言葉に応えるように、ふわりと光が浮き上がった。

 小さな羽音の白い蝶、由美子の式神だ。

 まるでランプの炎だけが漂っているかのように見えて、なんとも幻想的だった。


「しかし狭いっすね」


 大木が愚痴るように俺たちの立っている場所は狭かった。

 二人並んでギリギリ立てるかどうか、しかしそうすると身動きが取れなくなるので一人ずつ歩くしかない。

 縦に戦列が延びるという嫌な通路だ。

 しかも足元はぬかるんでいるようで頼りない。


「じゃあ行くとするか?」

「あ、待った。連絡入れるっす」

 

 大木はヘッドライト……じゃなかった、ハウルの精石部分に棒状に加工した水晶を軽く当て、チィィィィインとか細い音を立てた。

 あれがスイッチかなにかなのかな?

 俺たちのハウルにも同じように水晶を当てる。


「本部、応答願います、オーバー」

『こちら本部、通信明瞭、画像は暗いが想定の範囲内だ、引き続き探索を続けるように』


 おお、本当に明瞭だ。

 ちょっと前までトン・ツーとかやってたとは思えないな、技術の進歩の速さに驚きだ。

 通路を一歩踏み出すと、暗い通路の壁に電光のような物が走った。


「ん?」


 マップの注意書きにあった惑わしの光ってこれかな?

 なるほど暗い通路で断続的に移動する光が付いたり消えたりする訳か、目が闇に慣れにくいし気も散るし、地味に嫌な仕掛けだな。

 足元にも踏み込み式の罠があって、壁にも触れると発動する罠があるらしいし、うん、結構嫌な階層だな、これ。


「ユミ、灯りを上下二つ頼む」

「わかった」


 白い影が地面すれすれを飛んで行く。

 あ、でかいトンボだ。

 上が蝶で下がトンボか、わかりやすくていいな。


「じゃ、行きましょう」


 大木の声に、俺は白く輝く虫達を追うように足を踏み出した。

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