148:好事魔多し その六

 胸の辺りまでしかないレザージャケットにジャラジャラとカラフルな缶バッジを着けて、十本の指にはそれぞれ銀製のごつい指輪、七分丈の革のパンツにこっちは様々な形のピンバッジが並んでいる。

 特に目立つのはパンツの正面ジッパー近くに飾られた金髪女性の色っぽいピンバッジだ。

 そして中に着ているのは目に痛いような原色の黄色いTシャツである。

 髪は前髪の一部を赤く染めていて、それがちょっとニワトリの鶏冠を思い出させた。

 この格好で高級マンションの正面玄関をうろついていたのだ。

 例え入り口にいた時間が1分だったとしても確実に不審者と思われただろう。

 とうとう警官に職務質問を受けることとなったこいつの確認を求められて、俺は仕方なく引き取ることになった。

 善良な警察の人に迷惑を掛けるのはイカンだろう。

 眼前でふんぞり返るソレに、俺は思わず大きくため息を吐いた。


「ったく最近の警察も酷えよな、善良な国民である俺様を疑うなんてさ」

「善良な国民の皆さんに謝れ」


 俺の言葉にその男、木村和夫は意味がわからないとばかりに首を傾げる。

 同じ木村姓だが、別に兄弟でもなければ従兄弟でもない。

 系図を辿ればどっかで繋がっているかもしれないが、基本的には同じ村の人間というだけの間柄だ。

 うちの村の八割方は木村姓なのである。


 ふと気づくと、蝶々さん達が部屋の片隅のほうに避難して小さい輪を描いていた。

 魂の無いはずのモノ達にも嫌われるとか、さすがだぜ。


「タカシく~ん、腹減ったなぁ」


 俺は遠隔操作盤リモコンに触れてテレビジョンを点けた。

 画面の中では女性が有名人の私生活の噂話を検証している。

 全く酷い世の中だ。


「おーい」

「……ちっ」


 仕方ないので冷蔵庫に残っている野菜を刻んで適当にチャーハンでも作ろう。

 伊藤さんのカレーは食わせてやらん。


 俺が無言でキッチンに向かうと、その元師匠とやらは早速部屋を物色し出す。

 俺が作った玩具からくりをいじって楽しんでいるようだった。

 鳥の使い魔を使うからか、卵型の玩具を気に入ったらしく、取り出して床に転がして遊んでいる。

 それは鳥の卵の形をした木製の玩具で、転がすとその回転によって動力が溜まり、殻が割れて雛が飛び出し、殻の回転が止まる。

 だが、雛はすぐ驚いたように引っ込んで卵型に戻りまた動き出すという、永久機関じみた玩具だ。

 当然永久機関ではなく、転がりが緩慢になったら人が転がしてやる必要がある。


「お~」


 子供か、あんた。


「おっ、これは俺のクロウくんじゃないか!」


 どうやら棚に置いておいた昨晩の使い魔の核を発見したらしい。

 この男の使い魔の核は、本人に似つかわしくなく、凄く可愛い。

 ふくら雀というまん丸状態の雀を言い表す表現があるが、正にあの状態のデフォルメな小鳥の木彫なのである。

 この男は面倒で苦手だが、こいつの彫る鳥は凄く可愛いのだ。

 せっかく飾ってたのに見つかってしまったか。


「よしよし、これでうちの仲良し三兄弟のクロウ、シロウ、サブローが揃ったな」

「どこの童話の設定だよ」


 出来上がったチャーハンを皿に盛ってテーブルに置く。

 チャーハンの時の定番である溶き卵のスープも付けてやった。

 茶も淹れるか。


「ふふん、実はタカシは可愛いモノ大好きだよな。俺は知ってるからな」

「別に隠してないし」

「自分の顔が怖いから可愛いモノに憧れるんだよな」


 イラッとした俺は皿に添えたレンゲを引っ掴むと綺麗に盛りつけたチャーハンの山を崩して一口食ってやった。


「おおお! 何しやがる!」

「味見だ」

「盛り付ける前にやれ!」

「うっさいな。早く食えよ。んで、何しに来たんだよ」


 俺からレンゲを奪い取ったバカは、まるで奪われるのを阻止するかのように皿を抱え込んでガツガツ食い始める。

 いつから食ってないんだ? こいつ。

 特区にハンター支部が出来るという話がハンター本部と酒匂さんから回って来たのは最近の話だ。

 どうやら例のイマージュ事件に関係しているらしいんだが、どこから漏れたのか、それを察知した冒険者達が戦々恐々としているらしい。

 ハンターと冒険者は狩場が被ることも多々あって、別に不倶戴天の敵という訳ではないが、あまり仲がいい訳でもない。

 しかも素行のよろしくない冒険者は血族に属する若いハンターを襲うことがままあるので、そういった事情からなんとなくお互いの存在が気に食わないぐらいの認識はあるのだ。

 そもそもハンター試験に通らなかった者が無免許で狩りをする冒険者になるという事情もあって、なかなか両者の関係は複雑なのである。


「めひひゅうくのひたみにひたんだよ」

「あ? 飲み込んでからしゃべれ」

「だから迷宮区の下見に来たんだって。お前ね、仮にも自分の師匠に向かってちょっとは遠慮して話せよ。そもそも十も俺のほうが上じゃねえか、年上を敬えよ」

「年だけくって見た目も中身もガキのおっさんを敬うような殊勝な弟子じゃねえよ。てか厳密に言えば弟子でもねえよ。あんた単なる俺達のサポーターだっただけじゃねえか」

「うわあ、そんなこと言っちゃうんだ。右も左もわからない幼気な坊やに優しく戦い方を教えてやったのに、俺泣いちゃうよ」

「はぁ? あんたの教えって、怪異を見つけたら正面から突っ込め! てやつじゃねえか! お陰で当時ウエイトの足りなかった俺がどんだけ空中遊泳をしたと思ってんだよ」

「お前あの頃マジで楽しそうだったな」

「いや、楽しんでないからな。後で本部の担当官に聞いたらそんな戦い方はあんまりオススメしないとか言われちまったんだぞ」

「ったく、お前は脳筋だからなぁ」

「ちげえだろ! アンタだろ!」


 言い合いの間に器用に飯をかっこんだ野郎は悠々と茶を飲んで寛ぎ出した。


「しかし、とうとうお前にも彼女が出来たのか、感慨深いな」

「う? うあああああっ!」


 隠しておいたはずの俺と伊藤さんのツーショット写真が奴の手に握られている。


「やめろ! 返せ!」

「おお、可愛いな、お前ってこういうタイプほんと好きそうだよね。ごっつい美人とか相手だと引いちゃうんだよね」

「うっせえよ、このバカ」

「おいおい、師匠相手にバカとか、いったい誰の教育なんだ? まったく」

「カズ兄、いい加減にしないとマジで怒るぞ!」

「へいへい」


 俺が本格的に突進の構えを取ったのを見て、バカ師匠はニヤリと笑って写真から手を離した。

 高い位置から放された写真はひらひらと落ちる途中でふんわりとした花びらに埋もれ、床に落ちた時にはやたらファンシーな花模様のフォトフレームに飾られていた。

 どこの少女趣味だよ。

 仕方ないのでそのまま棚の上、さっきまでバカ男の小鳥が置いてあった場所に写真を後ろ向きに置く。

 恥ずかしいので正面に向けるのは無理だ。


「んで、なんでよりにもよってアンタが迷宮特区に来たんだよ」

「そりゃあお前、俺が冒険者連中にも顔が利くからだろ」

「えっ? 意味がわかんねえよ、どういうことだ?」


 バカはフフンと胸を張っていた。

 凄く自慢気で人をイライラさせる顔だ。


「どうもこうもねえよ。俺はちょっと海外に行ってた時に連中と一緒に働いてたことがあるんだよ」

「えっ? そんなことあるのか? てか血統者は海外に出られないだろ」

「正確に言うと、ゲートで海外に飛ばされて、戻って来るのに冒険者の力を借りたんだな、これが」

「マジで? それって大事件じゃないか?」

「んー、ガキならともかくいい大人だったからなぁ、別に大したこっちゃないだろ」


 いや、とんでもないことだからそれ。

 当時の政府の担当者大丈夫だったのかな。

 こんないい加減な男のせいで人生棒に振ってないといいんだが。

 自国の勇者血統は絶対に外に出さないという厳格な我が国の法律がこんな男によって破られたかと思うと、なんだかやるせない思いに包まれたのだった。

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