149:好事魔多し その七

 カズ兄の訪問理由は久しぶりの俺たちの様子見と、特区についての忠告、そして昼飯のたかりだった。

 うん、これってあれだよな、1、2が無くて3が本命的な。


「特区の冒険者連中の中にさ、迷宮が稀なる血を求めているんだとか言い出す奴が出て来てるんだよな」

「あ、それって神格化が進行してるんじゃないのか?」

「う~ん、まぁ」


 駄目師匠ことカズ兄はボリボリと鶏冠を掻きむしった。

 ところでカズ兄、風呂にはいつ入った?

 嫌な予感がした俺は、さり気なく距離を取る。

 

 神格化、人知を越えた存在を神として崇める行為は別段珍しいことではない。

 山や川、雷や嵐など、古くから人間は巨大な力を神格化して、精霊として顕現させて来たという歴史を持つ。

 問題はその力を鎮め、コントロールするためではなく、その力を自らに得るために崇める場合だ。


 大体、あの迷宮、摩天楼の核は終天だが、あいつは既に半ば神格化されていて、恐ろしいことに多くの信徒を持っている。

 その上で迷宮としての神格化が進むということは、今の終天としての存在の上に新たな一面が追加されるという意味を持つ。

 神は多面化すると危険度が増す。

 この件はすなわち、迷宮を強化し、更には終天を強化するということに繋がるのだ。

 下手をするとこの中央都を飲み込んで、魔都が出来上がる可能性まである。


「まぁそんな訳で、俺様が迷宮特区に滞在してるんで、何か困ったことがあったら連絡をするように」

「いや、別に連絡したりしないから特区でちゃんと仕事してろや」

「うおっ! うちの一番弟子が冷たい!」

「誰が一番弟子だ! それからうちの連中にたかりに行ったりするんじゃないぞ!」

「何言ってるんだ。俺が弟子達にたかったりする訳ないだろ。心優しい弟子が師匠の世話を焼くのは当然のことだからな」

「もう帰れや!」

「聞いてくれよ、クロウ、うちのタカシが俺を虐めるんだぜ」


 いつの間にか出現していたカラスがカズ兄の肩の上でカァと鳴く。


「いいから出てけ、道々カラスとしゃべりながら歩いておかしな人と思われてしまえ」


 俺はぐずる馬鹿師匠を追い立てて玄関から外へと押し出そうとした。

 飯食ったんだからもう用事は済んだだろうと思ったからだ。


「全くお前は、いつまでもガキのまんまで、そんなんで一般的な社会人とやらをやれているのか? 俺からしたら幼女のおままごととおんなじに見えるんだがな」

「偉ぶって説教してもアンタだと説得力が皆無なんだよ! 生活能力ゼロのくせしてちゃんと社会人として働いてる俺に文句言えんのかよ」

「フッハハハ、馬鹿め、俺はな、人徳で他人に養って貰えるんだよ。これが大人の貫禄というものだ」

「人徳とか大人とか、辞書で意味調べてから出なおせ!」

「クロウよ、見ろ、これがキレる若者というやつだ」

「カァ!」

「いや、もう若者って年でもないから、いいから帰って、お願いします」

「仕方ない、弟子の頼みを聞くのも師匠の度量というものだ。ん~、ところでタカシ」

「なんだ?」

「金貸せ、今夜の宿代が足りなくてな。いや、明日になれば本部から口座に金が振り込まれるはずだし」


 堂々と弟子に金をせびる師匠とやらの姿がそこにあった。


「明日になったらなったで一日そこらで使い切ってしまうくせに! いいかんげん金があったら全部使う癖を治せよ」

「いいか、タカシ、人は欲に囚われるとろくなことにならんのだ。そんな煩悩の元は早々に処分するに限る」

「キャバクラで豪遊するのはその煩悩じゃないのかよ」

「ほどこしだよ、タカシ」

「いいから出てけ!」


 俺は言葉と共にカズ兄に万札を叩きつけると玄関から放り出してドアを閉める。

 全くあの人は、昔百万円程を一晩で使い切ったことがあったらしいと聞いて戦慄したものだ。

 相変わらずどうやって生活しているのか生活感のない人である。


「あ~タカシ、お前んちのちょうちょは可愛かった。ああいうモンをもっと作れや」


 玄関の向こうで一言言い残し、その足音が遠ざかる。

 カズ兄を怖がって部屋の隅にいた蝶々さんをいつの間にか観察してたのか。

 というか、カズ兄の言ってるのは由美子の式の方じゃないだろうな?

 

「まぁ褒めてくれたのは嬉しいんだけどね」


 ため息が出る。

 迷宮か、週末に仕事入ってるんだよな。


―― ◇◇◇ ――


「特区は今やスラム化してると言っていいような様相を呈していますね」

「軍は何してんだ?」

「冒険者は特殊装備を持っているからなかなか取り締まりも難しい」


 俺より頻繁に特区に足を運んでいる浩二と由美子は最近の特区の様子の不穏さを伝えてくれた。

 しかし、なるほど、常に怪異と戦っている冒険者相手は、装備もさることながら実戦経験的にも我が国の軍、しかも中央の軍には厳しいかもしれないな。

 問題が起こったらすぐに無力化を行えるシステムがあるはずなのにどうやらそのシステムの穴を見つけたか、ハッキングしたのか、目の届かない犯罪行為が増え始めているようだった。


「しかしカズ兄ですか。まぁ適任と言えば適任ですが」


 浩二が肩をすくめてみせる。

 浩二はあの馬鹿師匠との距離感を一番掴んでいる弟子と言っていいだろう。

 まぁ言ってしまえば適当にあしらっている。

 カズ兄もどうやら浩二が苦手らしくてあんまりしつこくまとわり付いたりはしない。

 でも、しっかり金はせびっているらしい。

 まったく何やってんだあの人。


「カズ兄は愉快」


 俺たちとは違って、師匠にある程度懐いているのが由美子だ。

 まぁ年の差が十六もあれば、そりゃああんまり大人げないことも出来ないということだろう。

 さすがに由美子に金をせびったりはしないらしい。

 やってたら俺が半殺しにするけどな。

 驚くべきことに、由美子にはおみやげとかも持って行くらしい。 

 内容は怪しげな物ばかりだが、何かを他人にやるというだけで驚愕レベルだ。


「あの人もふらふらしてるから、居場所を与えるのはいいことかもしれんけど、ちゃんと仕事するのか? あれ」

「問題は補佐につく人ですね。本部も馬鹿じゃないから心得ているでしょう」

「カズ兄は年上の美人に弱い」


 ぼそりと零した由美子の言葉に、俺は思わずむせた。


「ゲホッガフッ!」

「なんで飲み物口にしてないのにむせるの?」

「ゴホッ、ち、ちと驚いて、唾が気管に入った」

「仕方ないなぁ」


 由美子はお茶を淹れてそっと出してくれた。

 いい子だなぁ、うちの妹は。

 そんな俺達の様子をしらっとした顔で眺めながら、浩二は自分の湯のみを出して由美子にお茶を催促する。

 コポコポと、全員のゆのみに新しいお茶が満たされた。


「まぁカズ兄のことは放っておきましょう。あの人は心配するだけ無駄です」

「確かに」

「それより、例の迷宮探索の話ですけど、理解出来ていますか? 兄さん」

「ああ、モニタリングテストだっけ」


 迷宮管理を仕事とする特区庁は、別に冒険者との丁々発止のやりあいだけを進めている訳ではない。

 メインの仕事として、迷宮へのより安全なアタック方法の開発を続けている。

 以前は読み取ったマップ上に迷宮に入った人間のビーコンを配置するというモニタリングシステムを開発していた。

 これだけでもかなり画期的なシステムだったのだが、なんと、とうとう迷宮をバーチャルにモニタリングするシステムを開発したらしい。

 またあの東雲のなんとかという魔術師の協力なのだろうか?

 凄いとしか言いようがない。


 そもそも迷宮は起きて見る夢のような物だ。

 実在しているように見えて、現実とは違う空間なのである。

 それを画像として見るということは、他人の夢を映像として見るというぐらいとんでもない技術だ。

 しかも、迷宮と外とは空間それ自体が異なっている。

 きっとその技術の理論とやらを聞かされても、俺には理解出来ないだろうな。


 つまりは、特区庁はそのバーチャルモニタリングシステムを試すために、俺達を使うことにしたようなのだ。

 出来るだけ少人数で、無事に踏破すること、というわりと難しい条件からして、俺たちしか無理だろうという話になったとか。

 まぁそもそもそのための長期契約なんだから迷宮に潜るのは構わない。

 今までどうも政府は俺たちに対して過保護すぎたと思うんだよな。


「しかし、三階層までしか潜ってない僕達にいきなり十階層に潜れとは、なかなか思い切りましたね。これも信頼と受け取るべきでしょうか」

「ありがたいことだよ」


 そうなのだ、いきなり十階層、迷宮が本格化する階層にアタックすることになったのである。

 ただ、これまでのように事前情報無しの初アタックではなく、既に踏破済みの階層だ。

 実際にはかなり楽なんじゃないかと思う。

 それより問題はアレなんだよな。

 うちの会社からの密命で、現地テストを仰せつかったのだ。

 いいのかな~これ。

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