145:好事魔多し その三

 古民家改装の伊藤邸に似つかわしくない『濃い』面々が揃っていた。


「なんだお前、案外糞みてぇな家に住んでんな」

「なぁ奥さん、冒険者ヤメたこいつに価値があんの? 捨てちまえよ」

「いやん、ユーちゃ、可愛くなっちゃって、このこの」

「あ、姉さん、やめてくださいっ、あ、やぁ」


 なんかこう、地獄と天国が同時に存在している空間って感じがするな。


「ほら、あなた、木村さんがいらしたわよ、なんでもう飲んでらっしゃるの?」


 いや、お母さん、頭から酒を浴びて怪異のようなナニかに変わり果てたその人は放っておいていいんじゃないかな?

 それより、あなたの可愛い娘さんが、なんだかいやらしいおねえさんに手篭めにされかけてますよ。


「きゃあ! 隆志さん!」


 俺に気づいた伊藤さんは慌てて絡みついていたおねえさんを突き飛ばした。

 勢い余ったそのおねえさんは、床にうずくまってナイフを研いでいたつるっぱげの男に抱きつく。

 あぶねえよ。

 俺としてはもうちょっと頑張ってくれてもよかったんだが……あ、いやいや、ゲホン、そうじゃなくって。

 きゃあとか可愛いなぁ……ってそういうことでもない。


「あ、おはようございます。今回はお招きありがとう」


 色々考えて抱えてきた花束は、玄関でお母さんに渡そうとしたら「あらあらまぁまぁ、それはあの娘にねっ」と、弾んだ声で言われたので、今差し出す。

 別にプロポーズではない。

 というか、プロポーズはもう済ませたしぃ、俺達。


「あ、ありがとうございます」


 伊藤さんが赤くなる。

 いや、そんなに初々しく恥ずかしがってもらうと、こっちまで照れてしまうから、おおう。


 俺たちがふすまを外して大広間になった居間の入口で固まっていると、恐ろしい圧力を感じてふと視線を向けた。

 うげっ! なんか殺気の篭った視線が突き刺さる。


「うっうっ、私のユーちゃんが」

「おう! こいつか! 俺たちのアイドルにけしからん想いを抱いているというのは?」

「……ナイフは全部ピカピカだ」


 そんなあからさまに敵認定してくれなくてもいいのに。

 いや、陰湿にやられるよりこのぐらいあけっぴろげなほうがいいのか?


「はじめまして、よろしくお願いします」


 とりあえず礼儀が大事なので挨拶をしてみる。

 返事がない。

 無言のにらみ合いに移行……している人たちの後ろで、えらくデカイ体格の人が酒の瓶を口で噛み割って飲んでいた。

 おい、あれ、人間か?


 ふと気配を感じて振り返ると、背後になんかほっそりとした人が立っていた。

 うおっ! いつ来たんだよ!


「よろしく……」


 背後の人がぼそりと呟く。

 行動の怪しさに反して、この人が一番まともなのだろうか? もしかして。

 しかしなんだ、全員服の下になんか独特の装備を着込んでるな。

 人の家にパーティに来てるのにこれか。

 もしかして冒険者ってこれが普通なのか?


「さあ、みなさん。うちのお父さんが張り切って釣ってきた自慢の魚を焼きますね」


 奥さんが場の空気もなんのそのニコニコ笑いながらそう言った。

 すると、お~っという声というか雄叫びが上がり、緊張が溶け落ちた。

 お母さんありがとう。

 すると、すっと伊藤さんが俺の横に来て腕を取った。

 おおっ? 何時に無く大胆じゃないですか?

 年甲斐もなくドキドキして来たぜ。


 そんな俺のときめきを他所に、伊藤さんはそのままぐっと顎を上げて全体的に大柄な、父親の冒険者仲間であり、自身の子供時代の家族を見回した。


「この人を虐めたら絶対に許しませんよ!」


 い、伊藤さん?

 胸を張って宣言する伊藤さんは可愛いのに格好いい。

 やめろ、これ以上惚れたら俺、メロメロになっちゃうよ?


「おいおい、ユーカ、俺らがそんなせせこまいことするはずねえだろ? うさぎの糞じゃねえんだぜ?」

「だよな、てめえはゲロ野郎だからな」

「ああん? よく言ったな、このくそビッチが!」


 汚い、なんて汚い言葉の応酬なんだ、しかもこいつら翻訳術式挟んでないぞ、なんで現地語でそうすらすらと汚い言葉が出て来るんだ?


「おい、やめろ! せっかく奥さんが美味い食い物を用意してくれてるのにてめえら台無しにする気か?」


 すると今まで黙っていた奥の方の巨人が言葉を発した。

 2mを超える巨躯にびしっとしたスーツを身に着けたその姿は、もはやギャングの親玉にしか見えない。


「おう、ボス」

「サー」


 やっぱりボスなのか。

 その巨大なボスがのしのしと俺に近づいて来ると、伊藤さんを丁寧にそっと引き剥がす。

 いや、伊藤さんも抵抗したのだが、幼児の抵抗程にも意味がなかったようだ。

 まるで壊れやすい貴重品のように伊藤さんを引き離した巨人は、俺をしげしげと見つめると、丸太のような腕を差し出した。

 ええっと、タイマン勝負ってこと?

 俺が困っていると、背後からぼそっと「握手」と聞こえて来る。

 おお、握手を求められていたのか、気づかなかったぜ、こう、なんだ、凶器を突き付けられているような感じがしたし。


「よ、よろしくお願いします」

「むん」

「ぎゃああ!」


 いてえ!

 握りつぶす気か、俺の手を!

 骨がガキボキいってんぞ?

 俺は負けじと意識を集中して拳に力を溜める。

 ビキビキとはっきりとわかる感触で筋肉がみなぎっていき、凶悪な圧迫を押し返そうとする。

 あろうことか若干硬化が始まってさえいるっぽい。


「ふむ、よろしく、な」

「俺は、木村隆志と言います」

「ジャイアンだ、よろしくな」


 あからさまに偽名だ。

 いいのかそれで。

 見た目そのまま巨人ジャイアンとか、笑い話に出来るレベルだろ。


「伊藤さんと交際をさせてもらっています。みなさんのことは彼女から折々聞かされていました」


 あえて攻めてみた。

 びびらされるばかりでは駄目だと思うんだ。

 向こうのほうで、さっき伊藤さんにいやらしいことをしようとしていたお姉さんがにやりと笑うのが見えた。

 冒険者の女性ってみんなああなのか?


「ほう、なかなかいい度胸だな。まぁだが、今はその話は後だ。奥方の料理の前で暴れでもしたらとんでもないことになるぞ」


 とんでもないことってなんだろう?

 そしてさっきから沈黙している伊藤父、ジェームズ氏は生きているのか?


「俺の嫁の飯は最高だからな」


 生きてた。

 そしていきなり惚気けた。

 それと、そんな酒まみれで囲炉裏に近づくのは危険だと思う。

 あ、手に持ってた杯に囲炉裏の火が燃え移った。

 ついでに腕まで燃えてるぞ! おい。

 周囲はゲラゲラ笑いながらそれを見ている。

 伊藤父はおもむろに火のついた酒をそのまま煽り、腕の火を囲炉裏の灰でこすって消す。

 とうてい文明社会とは思えない世界だな。


「はい、これはおつくりね。こっちはバター焼き、こっちの小さいのは串に挿して囲炉裏で焼くから頃合いを見計らって食べてね」


 お母さんすげえな、大皿二枚と串を手に持ってやってきた。

 器用すぎる。

 伊藤さんのお母さんの神業に感心していると、横から伊藤さんが袖を引いた。

 

「これ、私が作ったんですけど、食べてみてください」


 見ると綺麗なお皿に芸術品のような丸い寿司が乗っていた。

 うおっ、なにこれ可愛いな。


「可愛いですね」


 俺がそう言うと、彼女はぽっと赤くなりながら説明してくれる。


「手鞠寿司って言うんです」

「名前も可愛いですね。いただきます」


 指でひょいと摘んで食べる。

 一口で食える大きさだ。

 ぱくりと噛むと、普通の握りより繊細な薬味が使ってあるのか、魚のあっさりとした味わいとふわりと鼻に抜ける柔らかい辛味がいい具合にマッチして美味い。


「美味い!」

「ほ、本当ですか? よかった。こっちの赤身のお魚もどうですか?」

「ありがとうございます。いただきます」

「お茶もありますからね」

「あ、いい香りですね。ありがたいです」


 外国人ばかりだからか、テーブルを置いての立食パーティ形式となっているが、元々は囲炉裏を囲んだ板間と広間の続き部屋だ。

 俺たちは囲炉裏の近くにゴザの座布団を敷いて座り込む。


「あら、ダメよ。ヒロインを独り占めのヒーローみたいな真似はさせないわよ」


 年増、じゃなかったババァ……でもない、年長者の冒険者の女性が、突然俺の首根っこを掴んで、広間のほうへ放り投げた。

 おい、俺は猫の子かよ!

 勢いに転がって、立ち上がろうとした俺の周囲には黒々とした壁があった。


「まぁ、男同士飲もうじゃないか、な?」

「あ、はい」


 人は、笑顔のほうが怖いということもあるんだなと、ふと思った俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る