87:蠱毒の壷 その二十一

 冒険者達の件があるにしても基本方針は迷宮攻略であるのは変わらない。

 それにくだんの冒険者達の隠形ハイディングは見事なもので、由美子の式による探索でも全く引っ掛からなかった。

 出来れば連中を先に片付けて迷宮に専念したい所だったが、見付からないものは仕方が無い。

 効率は悪いが全員纏まっての行動を心掛けるしかなかった。


 そんな風に自らももやもやした状態で霧の中を怪異の襲撃を退けながら探索した結果、結局懸念していた冒険者達からの襲撃はないまま、道に沿って屋外のみの探索は限界に到達した。

 装甲車のホロディスプレイが車内の空間に探索が終わった市街地マップを表示する。


「ピザのピースみたいだナ」


 ピーターがマップを見て感想を述べた。

 見たまんまである。

 いくらなんでも芸がなさすぎるだろ。


「この範囲が移動ポイント無しで行動出来る範囲だな。んでここが俺の発見した移動ポイント。仮にブルーポイントと呼ぶ」

「色と音がキーですか?」


 俺の説明を補足するように明子さんが確認して来る。


「今のところ一例だけなんで推測に過ぎませんね。一応そうかもしれないというぐらいの気持ちで」

「わかりました。しかしこうなると別れて探索出来ないのが辛いですね」

「全くだ。連中のおかげで動きにくくてかなわないな」


 俺は溜め息を吐いて同意する。

 ものが屋内探索だ。手分けして出来ないのは痛すぎる。

 しかし、言っても仕方がないよな。


「取り敢えず判明しているポイントから探索して行こう」


 ということで、俺が偶然発見したブルーポイントから移動した俺達は、庭を抜けて裏木戸を潜った。

 可変式とは言え、装甲車はさすがに屋内は無理かと思ったが、バイクのような形態に変化し、その中心にF1のコクピットよろしく少年を収納して自走して付いて来た。

 本当になんでも有りだな、こいつは。


 移動ポイントから出た道は思った通り新たな区画となっていた。

 ピーターの言葉を借りればピザの別の一片ピースという訳だ。

 そしてこのピザはどうやら四等分であるらしいこともわかった。

 その四等分のピースを二つ合わせて半円となったマップを携えて更に探索を続ける。

 霧の中を多人数で行動するこの階層は、一旦戦闘で各々の配置が広がると、そのたびに互いを見失っての分断や、あの冒険者による襲撃の危惧を抱いてヒヤヒヤしてしまうという、精神衛生上大変厳しい物となったが、その一方で、この階層の怪異の多くがクラゲ野郎や提灯アンコウ野郎のような、あまり移動をしない待ち伏せタイプだったのが幸いし、その出現パターンを覚えた装甲車のシステムが、未踏破マッピングの白地図上に予想される敵情報を光点として表示してくれたのでかなりの戦闘を避けられることが出来たのだ。

 確かに難易度はそう高くはないのだろう。

 血統狩りの冒険者達がイレギュラーだったことを考えれば、まあ、易しい迷宮と言えた。


「データの分析程度、簡単なことです。それに、マスターに褒めていただけるだけで私も報われますから」


 問題は、この装甲車の擬似人格があまりにも人間的になって来て怖いことぐらいだろうか。

 大木は自分がマスターになればいいんじゃないのか? これお前の趣味なんだろ? 俺はこれ、どう扱ったらいいかわからんぞ。


 戦闘において前に出たがっていたアンナ嬢は、くだんの少年の生命維持に掛りきりになっていて、そのおかげというのもおかしい話だが、俺の懸念はともかくとして戦闘時の混乱もなく探索は問題無く進められていた。

 だからといって幸いとは言えないのが辛い所だ。

 本当は探索を中断して、高級車買えるぐらい高価とは言え非常事態だし、脱出符を使うことも考えたのだが、明子さんによればこの状態でアンナ嬢以上のことが出来るかは外の設備でも難しいのでは? という判断なので、出来ればなんとか大元であるあの冒険者連中を確保してからじゃないとあまり脱出に利点がなさそうだったのだ。

 だが、あれから不気味な程連中の気配がない。

 案外と神経を尖らせているこっちの消耗を狙っているのかもしれないとも思うが相手の出方待ちの状態は確かにキツい。

 なんにせよことの推移全体が嫌な感じではあった。


「この周辺が次に該当すると思われるポイントです」

「おー、サンキューなお初ちゃん」

「オハツは優秀ダな」

「そんなに褒められると照れてしまいます。マ、マスターも褒めて下さっていいのですよ」


 なにやらおかしな会話が聞こえるが、俺はスルーした。


「ゾロゾロ纏まって屋内探索はさすがにげんなりするな。すぐに駆け付けられる隣接する建物程度なら分散しても構わなくないか?」

「そして移動ポイントに当たった組が移動先に待ち構えている相手とばったり、ということも有り得ますからね」


 俺の提案を浩二があっさりと切り捨てる。

 憂鬱だ。


「マスターが構って下さいません」

「酷イ主人だナ」

「あれっすよ、日本文化のツンデレというやつっす」

「勝手に変な属性つけんな!」


 くそ、構うと面倒だからと放置していればろくなことは言いやがらねえし、こいつ等どうしてくれようか。

 そもそもなんで単なる疑似人格相手にそんなに盛り上がれるんだ、お前等は。


「お前ら、もうちょっと危機感を持てよ。状態がよくない子供もいるんだぞ」


 俺の言葉に車内がたちまち静まり返った。

 あー、意気消沈させるつもりは無かったんだが、どうも身内だけじゃない集団は勝手がわからんな。


「アンナさん、申し訳ありません。私に医療方面の、せめてレスキュー相当の機能があれば」


 なし崩し的に「お初」と名付けられてしまった装甲車のオペレーションAIが悲しそうな声でそう告げる。

 もはやそれは到底魂無き存在とは思えない物言いだった。

 その声を聞いていると、なんとなく冷たく接した己への謂れ無き罪悪感が押し寄せる。


「気にしないで。魔法医学でも心、つまり魂の取り扱いは外部からでは不完全にしか出来ない物なの。なんとか出来るとしたら魂の語り手ぐらいのものでしょうね」

「魂の語り手、ソれはシャーマンのことか」


 ピーターがぽつりと言った。


「あれ? シャーマンって巫女さんのことっすよね。神の信徒的に巫女さんは有りなんすか?」


 神を頂点に戴くことを信条とした二人の言葉に、よせばいいのに大木が反応した。

 宗教的な話題は地雷になりやすいので集団行動時にはあまり話題にしてほしく無いんだけどな。


「あなた達異教の民はとかく私達に偏見を抱いているようですが、私達とて異能の持ち主をゆえなく蔑視したりはしません。それに見合った役割をきちんと割り振ってそれを果たす者は社会に受け入れられているのです」

「あ、いや、そういうつもりじゃなかったんすけど。なんかゴメンナサイ」


 案の定というか、想定内というか、大木はアンナ嬢に睨まれてスゴスゴと撤退した。

 実の所、巫女を特別視しているのはむしろ精霊の民のほうだろう。

 それもあまり愉快な特別ではない。

 ある意味うちの一族以上に巫女の歴史は悲惨なのだ。

 だがまあ一般人からすれば単純に巫女は頼もしい道標であり敬愛の対象であるだけなのだから、一般にはそういう意識は無いんだろうな。


「ともあれその子のことは本部に連絡しているんだし、あっちでも何か考えてくれるだろう。俺達として出来ることは元凶を取っ捕まえて詳しい背景を明らかにすることじゃないかな。そのためには迷宮の攻略を進めて相手を探しつつ接触を待つのが今のベストだろう」


 俺の言葉に少なくともアンナ嬢は納得していないのは丸わかりだった。

 まぁ本部に連絡と言ってもモールス信号程度の通信では伝えられることも限られているし、どれだけこの状況を理解してもらえているかは不明なのも確かだ。

 しかし彼女に代案がある訳ではないのもまた明らかだった。

 睨まれただけで反論が無いのはまぁそういうことだろう。


 さて、探索のほうはポイントを絞り込んだおかげで、最初に案じたよりも移動ポイントは早く発見された。

 次に見つかったキーの色は赤、花瓶の花と物干しに掛けられた赤いカーディガンがそうだった。

 そしてキーと思われる条件のもう片方は、今度は音ではなく匂いだったようで、花の香りとひなたの洗濯物の香りが移動の合図だった。


「もう予想が付く。次はきっと白い色が目印で触感か味覚が移動」


 由美子が淡々と予測してみせた。


「その心は?」

「色は方位、もう一方は五感の視覚以外の四つ」


 簡単に答える妹に感心しつつ、しかしそれが合っていたとしても発見が早くなる訳ではない情報なので感心しただけで終わった。

 感心ついでに味覚ってどうすんだ? と思っただけである。

 しかし浩二には思う所があるようだった。


「これはどうも単純に移動ポイントを使って場所を分断しているというだけではないような気がします」


 相変わらずの濃密な霧を透かし見るようにぽつりとそう言ったのだった。

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