61:迷宮狂騒曲 その十一

 自分の立場を明らかにした後に、武部部隊長(正式称号は陸軍特殊調査部隊長というらしい)は、私的質問の一切を封じ、そのまま外部協力者の紹介と共に、彼らからの技術説明に移行した。

 あまりにもはっきりとした話題封殺だったので、彼自身の血統に関する話題は誤解すら許されないタブーと認識された。

 微妙な雰囲気の中、外部協力者として、まず紹介されたのが魔術師だった。


「私は魔術の秘儀を学ぶ者。東雲の灯しののめのひと呼ばれし者です」


 兵士の何人かが精神的に引いたのを感じたが、別にこの男はヤバ気な妄想に溺れている訳ではない。

 魔術師という存在は、その道を選ぶ時に最初に名を捨てるものらしいのだ。

 その後は師匠に貰った贈り名なるものを名乗るらしいから、それがあの怪しげな名乗りなのだろう。

 なので、そういう胡散臭いものを見るような目はやめてあげたほうがいいんじゃないかな?

 ただ、魔術師という奴らは変人揃いなのは確かなので、距離を置くのは間違ってないと思う。


 うちの国、というかアジア圏には、実の所極端に魔術師が少ない。

 アジア圏の主流は法術と呼ばれるもので、根本部分の考え方が違うっぽい。

 おそらくは宗教哲学的な問題なんじゃないかと思われる。

 神(人為システム)と精霊(他者依存型)の差というか。

 おまけに本来俺達精製士が使う術式理論の元を作ったのは法術師なのだが、なぜか精製術は一時期魔法と呼ばれたことがあり、この辺りで一般人の魔法や魔術に対する認識がおかしなことになってしまった。

 そのせいで翻訳術式も混同して翻訳するようになってしまったため、この国では魔術という物が今ひとつ理解されない傾向にある。


 それにしても、よくもまあ物事に没頭しすぎるせいで存在確認さえ危ういぐらい出不精ということで有名な魔術師達の一人を引っ張って来れたもんだな。

 さすがは国を背景に持つ軍隊の面目躍如といったところか。


「今回、私が協力させていただくのは、主にサポート方面になります。この度、迷宮内と外との相互通信とマッピングを可能とする技術開発に成功しましたので」


 マジでか!

 今迄、幻想迷宮バーチャルダンジョンでは可能だったが、実際の迷宮では到底不可能と言われていた技術だ。

 一見同じに見えるバーチャルとリアルだが、本来は根本の部分が違うので、同じ発想からは理論構築が出来ないとのことだった。

 まあ、バーチャルダンジョンはその名の通りただの幻影な訳だから、それは当たり前の話だよな。


 しかし、マジならこの魔術師は確実に歴史に名を残すだろうな。

 そうなるとこの魔術師が自分の巣穴から出て来た理由もわかる。

 実地でテストをしたかったんだろう。

 そして今、この戦術企画室ブリーフィングルーム内でも、その技術の価値がわかる一部の者達がざわめき出していた。

 あ、若いのが手を上げた。


「ふむ、まだ具体的な話に移っていないので本来は質問は受け付けないのですが、向上心は大事ですからね。よろしい、発言を許しましょう」


 魔術師の男はなにやら前置きをすると頷いてその兵士に発言を促した。


「このような質問はよくないとは思うのですが、答えをいただかずに流してしまうと雑念が残ると考え、敢えて問わせていただくこととしました。……お尋ねしたいのですが、なぜ前回の作戦の際、その技術が用いられなかったのでしょうか?」


 おいおい、一歩間違えれば上層部への批判だぞ? まあ、当の上官達はスルーするようではあるが。

 少人数による困難な任務になるんだから、部隊内に余計な波風は立てたくないのかもしれない。


「それは私にするべき質問ではありませんね。前回の作戦立案者に問うべきでしょう」


 魔術師の男はいっそ冷淡な程無関心にその問いを切って捨てた。

 まあ魔術師なんてもんは浮き世のしがらみに興味が無いのが普通だからな。


「そうですか、申し訳ありませんでした」


 質問者は追求を重ねることなく簡単に引き下がった。

 こいつ、もしかして上官の反応を試したのか?


「それでは続けましょう。まず、迷宮とはなんであるか? という問いに答えられれば、この魔術式の基本となる部分は自ずと明らかになります。そう、迷宮とは即ち、一つの閉じた界なのである、と。そして魔術の基本はまさしく界と界を繋ぐことにあるのです」


 うわあ、すげえ、何言ってるか全くわかんねーや。

 魔術の基本で説明されるような理論なら、とっくの昔に誰かが構築してるだろうに、まさかと思うが、一般人に理解させる為に基礎魔術理論から始めるのか?

 聞いてる兵士も明らかに困惑しているぞ。


「魔術師殿、彼らはあなたの弟子ではない。なので理論は必要ない。使い方のみを教えてやって欲しい」


 淡々とした口調のまま、武部部隊長は魔術師の講義を遮った。

 賢命だ。

 ちょっと感謝したくなったぐらいに。


 魔術師は少し不服そうだったが、そこまでこだわる所でもないのか、その言葉に素直に従った。

 一つ溜め息を吐いて、懐から球体を取り出す。

 そして、その、大きさはテニスボール程度の物体をおもむろに宙に浮かべた。

 まるでマジックの手管のようだ。

 そういや、見世物のマジシャンも職種としては同じ魔術師カテゴリーなんだよな。

 あっちは器用さを極めて相手に誤認させるのが商売だけど。


 さて、空中になんのしかけも無く浮いている球体にどよめきが上がるが、その程度は当然序の口に過ぎなかった。

 右手に指揮棒に似た杖を手に、ブツブツ呟きながら小さな魔方陣をいくつか球体の上下に配置し、それぞれを連結する。

 この辺りになると、もはや理解しようとするのは間違っていると思えて来る。

 見物人も既に声も無くただその成り行きを見詰めているようだ。

 魔術師は、またおもむろに懐から透明のアクリル板らしき物を取り出すと、それに杖で触れ、それ自体を発光させる。

 ……あの懐どうなってるのかな?気になるんだが。

 ちなみにこっちも浮いている。

 モニター代わりなのだろうか?


「この球体の中には立体的な迷路が作られており、中には蟻が数匹入っています。そしてその状態で結界を閉じました。理論上は、これと迷宮は同じ物となります。つまり、本来ならばこれでいかなる方法であってもこの球体に干渉することが出来なくなった訳です。そこの君、」


 真ん中先頭の兵士が指名された。


「は、はい!」


 頑張れ!あからさまに怪しい相手だがビクビクすんな。

 何か間違っても突然お前を燃やしたりはしないさ。……多分。


「前に出てその球体に触れてみたまえ」

「は、い」


 兵士は嫌そうに、だが指示通り球体に触れようと、恐る恐る手を延ばした。

 恐るべき緊張感。

 今誰かがちょっと脅かせば、この兵士はきっと深刻なトラウマを抱えることとなるに違いない。

 しかしまあ、世界はそれほど残酷ではなかったらしく、そんなイベントは起こらないまま、兵士の手は、その球体を突き抜けた。


 「ひっ!」と言う悲鳴じみた声が聞こえたが、ここは礼儀正しく聞かなかったことにしてあげるべきだろう。


「ありがとう。座りたまえ」


 魔術師殿は素っ気なくそう言って説明を続けた。


「この通り、異なる界同士は接触が出来ない」


 そうですね。

 なんかこう、マジックショーを見ている気分になってきたが、気にしない。


「だが、出来ないからといって諦めるのは進歩を否定する者のみ。内部の様子をどうしても知りたいと思えば、知ることが出来るようにするしかないのです。そこでこの隔離された空間に私の開発したサポートシステムを使用します。すると内部情報が画像処理をされてこちらのモニターに表示される訳です」


 やっぱりモニターなんだな。

 そのモニターとされたアクリルらしき透明の板に、なんだか3Dな画像が浮かんだ。

 おい、それ、平面体にどうやって描写してるんだ?

 いや、魔術師のやることをいちいち考えては駄目だ。

 考えるな、感じろ!


 画面には球体内部の立体構造をワイヤーフレームで描画した物が浮かび上がり、そこに輝点がいくつか見える。

 この輝点が蟻か。


「情報はリアルタイムで表示されますが、残念ながら音声通信は出来ません。なので、通信はモールス形式でやりとりされ、お互いの受信機にて言語翻訳されることとなります」


 なるほど。

 しかし、これはだいぶありがたいな。

 尤も、相手めいきゅうのぬしが意図的に邪魔をしてこなければ、だが。

 この迷宮は前例がないことだらけだが、迷宮の主人である終天が内外共に干渉可能であるってことが最もやっかいな点だろう。

 システムに頼りすぎるのは危険と考えたほうがいいかもしれない。

 それにしてもこれはかなり本腰を入れてくれている。

 あとはこの部隊の練度次第ってことになりそうだ。

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