60:迷宮狂騒曲 その十

「それでは認識を統一させよう。よろしいかな?」


 十名越えの隊服の兵士。

 士官クラスとおぼしき制服が三名。

 外部協力者とおぼしき私服が二人。

 兵士の中には女性も二人いる。


「まず、先走ったとはいえ、先行部隊は貴重な情報を残してくれた」


 今壇上に立って今回の特殊部隊の意義を述べているのが佐官クラスか?

 まだ若いが階級章にラインが三本入っている。

 彼がこの作戦の指揮官なんだろう。

 さっきは絡まれているのを一応止めてくれたが、俺に向ける視線には好意のカケラすらない。

 とは言え、誰に対しても愛想は無いのでそういう性質なのかもしれない。

 まさかと思うが、任官してこれが初任務で緊張しているとかじゃないよな?


 やめよう、自分の勝手な憶測で不安になって来た。

 指揮官からは迷宮の許容人数、大火器は持ち込めないこと、脱出は最終手段であり、記録を携えた一人のみに限られること等の説明が行なわれる。

 脱出符がもうちょっと気軽に作れるようなものならよかったんだが、製法は門外不出だし、かなり材料に問題があるらしいからどうにもならないんだろうな。

 区切りがいいと見て取った俺は、質問をぶつけてみることにした。


「一つ、いいでしょうか?」

「なんだ」


 相も変わらぬ冷淡な声にめげずに俺は続けた。


「今回の作戦部隊構成員の選考基準をよろしかったら伺いたいのですが」


 ざっと眺めた所、構成に変な偏りがあるような感じがしたのだ。

 予備役間近という感じの古参軍人、入隊から間もないであろう若者、この両極で部隊が構成されている。

 基準がよくわからない。


「……志願だ」

「へっ?」


 変な声が出た。


「今回の迷宮探索は自主的志願兵による混成部隊だ。なので多少癖が強い」


 志願兵?

 それは、まさか死んだ時に上が責任を取らなくて済むようにとかそういう理由じゃないだろうな?

 俺の顔を見て、なぜかギョッとしたその指揮官は、こほんと咳払いをして続けた。


「誤解無きよう言っておくが、志願になったのは、迷宮内ではなにより気力が大きく影響するという専門家の指導を受けてのことだ。決して初期と同じ末路を辿ることを見越しての措置ではない。いや、それどころか今回は決して失敗は許されないと思え。ことは国の大事である。今回、万が一にでも失敗すれば、諸外国が軍事的に介入して来ることは明白だ。なにしろ上手くすれば巨大な富を生むであろうモノだからな。やつらは我々の失敗を虎視眈々と狙っている。貴様らは我が国の首都に他国の軍を踏み込ませて良しとするのか?ましてやこれは我が国待望の独占的資源確保の場となるであろう存在。それがいかに大きな意味を持つかわからない者は今この場にはいまい?いいか、納得する必要はない。理解するのだ。我々は失敗を許されてはいない。決して、決死隊だの特攻隊だのの風評に惑わされてはならないのだ」


 途中からは俺に対してではなく、部隊員全員に対する薫陶もどきのものになっていた。

 なるほど、やっぱり色々言われているようだ。

 しかし、この指揮官、ぶっきらぼうだから冷徹タイプかと思ったら意外と熱い男だったらしい。

 面白いな。


「先に表明しておくが、俺は志願じゃないぜ。だからといってやる気がないってことはない。何度か化け物連中とやり合った経験があるから、それを生かした教官、牽引役ってとこかな? まあ柄じゃないが」


 先程俺に突っ掛かって来た軍曹殿が部隊員に向かってそう挨拶した。

 なるほど、立場的には俺達に近い立ち位置なのか。

 といって、さっきのはライバル視という感じじゃなかったな、なにか訳有りかもしれない。

 なんとなくこの部隊の性格はわかって来たが、志願兵ってことは元の所属はバラバラなんだよな?

 その辺りの配分は大丈夫なんだろうか?

 聞いた話によると、準備期間がかなり短い感じだが。


「流れ的に丁度いい。この機会にお互いに自己紹介をしておこう。もっともハンターの方々はまだお揃いでは無いようだが」


 うおお、油断していた所にいきなり嫌味が来た!

 やっぱこの指揮官殿も俺達に含みがあるんだろうな。

 そりゃあまあ大事な初顔合わせに全員揃わないんじゃ言われても仕方が無いけどな。

 仕方ない、ここは前に出るべきだろう。


「ご紹介に預かったということで俺から自己紹介をさせていただいてよろしいでしょうか?」


 まあ俺も営業ではないとはいえ働く社会人だ。

 この程度のわかり易い当て擦りぐらいどうってことはない。

 むしろ問題点がはっきりしている分対処しやすいぐらいだ。


「どうぞ」


 指揮官の男が僅かに眉を上げて了承する。

 俺より少し年上ぐらいか?

 士官としては若すぎるぐらいだろう。

 この態度にはその辺りの事情もありそうだな。

 あ、そういやこの方の自己紹介はまだだな。お偉いさんは最後ということなのかな?


「俺はハンター協会を通した依頼を受けて参加している、木村隆志だ。よろしくお願いする。他に後二人パーティメンバーがいるが、今回の仕事の準備のため本日は不参加となった。その件に関して不快に感じられたのなら申し訳ない」


 まばらな拍手。

 いくつかの好奇心に満ちた目を感じるぐらいで一般兵からは別に敵意じみたものは感じない。

 なにやら古参方からチクチクした痛い視線はあるが、敵意とまでには至ってはいないようだ。

 どうやら懸念したように軍全体がハンターに偏見があるという話とかではなさそうだ。


「それと一つ言っておきたい。この迷宮の発見時に民間人と共に迷い込んだハンターというのは俺だ」


 途端に、一般兵の幾人かから熱く見つめられた。

 これも敵意とまではいかないが、いい感情ではなさそうだ。

 おそらく第一陣の中に知り合いがいたとかその辺だろうな。

 それにしても軍のほうでは迷宮の初踏破者としての俺はどういう立ち位置になっているんだろう?

 協力を拒んだせいで失敗したとかにされていなけりゃいいけど。


「なのである程度具体的な提案が出来ると思う。協力は惜しまないつもりなのでよろしくお願いします」


 頭を下げる。

 うん、なんとなくトゲトゲしい雰囲気は薄れたかな?

 主に軍曹殿の。

 その軍曹殿が口を開く。


「それでは向かって右前列から順に氏名と元の所属を述べよ!」


 正に直立不動の見本のような気をつけの姿勢から、こっちの体がビリビリ痺れるような命令を下した。

 自己紹介でいきなり命令か、軍隊式ってごっついな。

 すぐさま向かって右の一番前の席にいた青年が立ち上がる。


「はっ! 今村明! 元歩兵科所属! よろしくお願いいたします!」


 さすが兵隊さん元気がいい。

 その彼の言葉が終わるが早いか次が立つ。

 正に流れるような作業感。軍隊すげえ。


 纏めると、歩兵科三人、通信兵科から二名、銃火器五名、特殊工兵三名という取り合わせだった。

 衛生兵とか補給系はいないんか?

 いや、ハンター的に考えるからおかしいが、普通一つのグループ内で支援系は必ず必要とされるはずだ。

 なので一般兵でもその手の訓練は当然受けているのではないだろうか?

 いくらなんでも傷の応急処置や飯炊きが出来ないってことはないだろう。

 人数的に無駄な人員は配備出来ないはずだし、だれもかれもがある程度オールマイティーである必要がある。


 知らないことを勝手に不安がるよりは、ある程度信頼しておいたほうがいいだろう。俺の精神安定的に。

 それと、同期が前回犠牲になって志願したのは歩兵科と特殊工兵科だったらしい。

 その二科からかなりの数が志願したらしいが、ほとんど振り落とされたとのことだった。


「落とされた者に理由を開示していただけないでしょうか?」


 なんで俺がそこまで知ったのかというと、なんとその件で上官に食い下がった奴がいたのだ。

 規律にうるさい軍隊でそういうのって大丈夫なのか? と不安になる中、案の定軍曹殿が怒鳴りつけた。


「愚か者! 軍人になぜは必要ない!」


 その声に机が目に見えるぐらい振動したんでマジでビビった。

 だがなんと指揮官殿はその軍曹殿を制すると、あの淡々とした声で説明してやったのだ。

 これには軍曹の怒鳴り声より驚いたかもしれない。


「諸君は怪異というものが何であるかを知っているか? 専門家によるとあれは意識ある存在がその精神内に溜めるおりのような物が物質化した存在であるらしい。精神が不安定であればあるほどその澱は沈殿し、やつらを肥え太らせる。故に精神に安定を欠く者は、敵に利する者となりえるとの判断で外されたのだ」


 つまり今集められている者は、多少の憤りはあるものの、それが精神に影響を与えていないということか。

 これは朗報だった。

 そこから考えれば、この指揮官がこうやってほとんどの情報を明確に開示しているのは、その辺の精神的な部分を不安にさせないためなのかもしれない。

 軍関係者の自己紹介は一般兵、伍長、軍曹と進み、最後に指揮官となったのだが、彼が自己紹介を最後に回した理由がわかった。

 その名前のインパクトが強すぎたのだ。


「自分は本作戦の総指揮官、武部である。階級は少佐となる。本作戦において皆の奮闘努力を期待している」


 言葉自体は簡潔だったが、与えた衝撃は大きかった。

 場内は一瞬、各自が息を飲むような間があり、その後、戸惑うような拍手が響いた。

 武部というのはこの国では有名な武門の名家だ。

 皇家とすら縁があると言われているその家が、こんな危険な作戦に一族を送り込んで来るとは、誰にしたって予想外だったのだろう。


 軍曹殿と伍長殿は落ち着いているので、既に知っていたんだろうな。

 しかし、それでありながら我らが軍曹殿は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 面倒事の予感があるのだろうか?

 そういや軍曹殿だけ志願じゃなく命令による配置だったな。

 もしかして、この少佐殿のお守り役なのか?

 そう気づいて、思わず同情のまなざしを向けたら、なぜか恐ろしい勘のよさでそれに気づいた軍曹殿がギロリとばかりに睨んできた。

 いや、マジで怖いから、止めてください。

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