36:終天の見る夢 その五

「実はだな、とんでもない事が起こった」


 回鍋肉にはほんの一口口を付けただけでそれ以降全く手を付けずに酒をぐいぐいやり始めた流に、俺はそう切り出した。


「そうか、人生は驚きの連続だな」


 流の反応は素っ気無い。


「どこの人生訓だよ。いや、マジでとんでもないことになってんだ」

「そうか、じゃあ話せ」

「だからなんでそこで威張るんだよ。つまりだな、実はこの都市に伝説レジェンドクラスが入り込んだんだ。おそらくこないだの停電の時にな」


 こんな酒の席で明かすにはかなり衝撃的な内容のはずだが、聞いている流はというと、天気の話より興味が無さそうだった。

 やっぱ国の中枢部の一族だし、実家から話が来てるんだろうな。

 本来なら個々人に守護ガードも必要な要人なんだし。


「話はわかったが、それは一般には告知されない類の事件じゃないのか?なんでお前がそんな話を持ち出す?それともなにか?お前、今の仕事を辞めて現場に復帰しろとでも圧力を掛けられたとかか?……ふん、そういえば非常招集とかいう制度もあったか」


 あ、そうか、そう言えばこいつにはまだ現場復帰していること言って無かったな。

 この際全部話しておきたい所だが、そっちを詳しく説明すると下手すると今回の件の要点がぼやけちまうし、とりあえずそっちは後回しにするしかないか。


「実はだな、その怪異と俺には少なくない因縁がある」

「そういえば、鬼という話だったな。もしかして前に聞いたお前を付け狙ってるという化け物の片方か」


 鬼だってことは知っている訳ね。

 思った以上に詳しく話が通ってるな。

 お偉いさんには最優先で情報を回したのか。

 その割にはお偉いさんの家族が中央を脱出したという話は聞かないが。

 流石に相手が終天童子とは言ってないのか、それとも怪異の脅威に対する意識が鈍すぎて実感が無いのか、判断に困る所だな。


「ああ、酒呑童子と言えば分かるだろ」


 今後は呪の効果もあるし、口に出す時には通称で通したほうがいいだろう。

 どんだけ効果があるかはさっぱりだけどな。


「……それはまた、大物だな」


 やっと酒から話のほうに感心が移った。

 流石我が国三大怪異と言われる相手だ、名前の通りがいい。


「ある程度は知っているだろうが、詳しく説明すると。こいつは本体より周囲がヤバいタイプの怪異だ。求心力カリスマが突き抜けている」

「それはそうおかしな話ではないだろう。元々我が国は精霊信仰の盛んな土地柄だ。人間側がどう分類しようと、化け物も精霊も本質は同じだからな。精霊は百年で高位の霊格を得るといわれているが、それが千年ともなれば神として崇められるには十分だろうし」


 わかってるというか、理解力が高いな。

 専門外でもやっぱ頭がいい奴は理解が早いんだな。……くそ。


「そうだ。頭の痛いことにあいつがその気になればそれこそ神のごとく事象を歪めて現実世界に反映させるのは容易いだろう。こっちからしてみれば正に邪神だ」

「で、それで?」


 流は酒をゆっくり煽ると、俺に向かって鼻を鳴らしてみせた。


「俺に何をさせたいんだ?もしくは何をさせたくないんだ?」


 こいつのこういう先手先手を打つ所が時々ムカつくんだよな。

 口の達者さでは確実にこいつが上だし、知能程度を今更比べる気にもならんが、ここで下手な口実を引っ張り出せばすぐに看破されてしまうだろう。


「小学校の時ぐらいに習わなかったか?あいつは良い酒に目がない。居場所を定めて巣を作るまでは、平気で表をうろつき回って派手に遊ぶだろう。だがむかつくことに、こっちはその段階では手出しが出来ない」

「なぜだ?派手に目立つというなら格好の的だろう?憑依者や犠牲者、信奉者が増えるのも事前に防げるんじゃないのか?」


 そうだよな、一般の人間からすれば、相手から居場所を教えてくれているような状態なんだからそこを叩けばいいと思うよな。

 ましてや相手の巣が出来てからそこで戦うとなると一方的に不利な状況になるんだし。


「怪異という存在は人間とは全く感性が違う。やつらは自らの消滅に対しては恐怖はあまり持っていない。だが、自身の欲求を妨げられることは極端に嫌うんだ。楽しく遊んでいた所を妨げられた奴が癇癪を起こせば、消し飛ぶのはこの都市程度で済めば御の字ってとこだからな。普通の怪異狩りのように簡単に挑戦する訳にもいかないのさ。賭けるには犠牲が大きすぎる。だからやるなら巣に籠ってからだ。巣には幸いにも強固な結界が張られるし、外に影響はほとんど無い。だから、それまではひたすら対処療法を行なうことになるんだ」

「つまり敵の戦力をちまちま削る弱者の戦い方か」


 流が何かに納得したようにそう言った。

 弱者で悪かったな。

 ってか人類全体が怪異に対しては弱者な訳だけどさ。


「そうだ。具体的には奴に入れあげていると噂になった者を確保して逆洗脳を掛ける」


 流の眉がぴくりと動いた。


「結構非道だな」


 まさしくそうだ。

 自由に生きたい流からしてみれば、人の思考を勝手にコントロールするという話が面白いはずもない。


「これに関しては他にしようが無いからな。いっそ魅了か何かの術のせいなら解呪も可能だろうが、ほとんどはそういう訳じゃないから厄介なんだ」

「本人の本心からの帰依ってことか」

「ああ、だが、さすがにいくら本人の自由意思とはいえ、こればっかりは好きにやらせておく訳にもいかないだろ?人類に敵対する勢力を、当の人類の中から増やす訳にはいかないしな。今回の、あいつに入り込まれる原因となったあの停電だって、どう考えても内部に協力者がいなきゃやれないことだしな」


 しばし考えていた風の流は、突如として取っておいた俺のピータンをかっさらい、自分の口に放り込んだ。


「あっ!てめえ!何しやがる!」


 油でギトギトの回鍋肉の口直しにと取っておいたのに!


「率直に話を聞かせろ。俺に何をさせたいんだ」


 はいはい、俺が核心の話をしないからなんだかイラッときてやったんですね、わかります。


「おそらく放って置いても、お前が出入りしているような業界で近々派手に噂が聞こえ始めると思う。それを収集して欲しい。新参の派手に遊んでいる男に入れあげている女の子とか、その派手な男のバックには何かの組織があるらしいとか、まあそういう噂だ。間違っても気取られないように、お前のほうから積極的に調べないこと。絶対にかち合わないように噂だけ拾って教えて欲しい」


 ここが肝心だ。

 あえてやつを探らせることでむしろ接触を避けさせる。

 普通に過ごせば、やつの良質な酒と女を好むという性質から、絶対にこいつとやつはどこかで遭遇するはずだ。

 こいつが何でもない普通の人間ならそうなった所でやつにうっかり入れあげる以上の危険はない。

 だが、魔導者はマズい。


「お前、やっぱりハンターに復帰したんだな、馬鹿が」


 吐き捨てるような口調に思わず言葉がつまる。

 まあ、こんな依頼をすればわかるよな、当然。

 だけどまあ、遠慮ねえな、ったく。


「そうだけど、仕方なかったんだよ。でも今の仕事は辞めないからな」

「当たり前だ。そんなことになったらこれからはお前を『負け犬』と呼んでやる」


 くそっ、言葉が痛え。

 なまじ似たような立場の相手なだけにぐうの音も出ない。


「えっと、それで、どうかな?……協力してもらえますか?」


 ジロリと見られて思わず尻すぼみになった俺の言葉に、流は溜め息を吐いた。


「わかった。俺も憩いの場を荒らされるのは業腹だ。正直に言わせてもらえば、信奉者に関しては勝手に崇めてろと思わないでもないが、知っている相手がみすみす外道に墜ちるようなことになれば我慢ならんし、その場合、見知らぬ相手だったら見捨てるというのも俺の身勝手だろう。何かわかればお前に情報を流そう。正し、報酬はいらん。俺の主義に合わん。だからその代わり、もう少しマシな見栄えで気軽に呑めて、酒も料理もちゃんと美味い店を教えろ。半端は許さない」


 あー、やっぱここの料理は口に合わなかったんだな。

 てか口が奢ってるこいつに合うような気軽な店って存在するのか?

 そんな店があるなら俺が知りたいわ!


「承知。念を押して悪いが、相手は百戦錬磨、人間相手の手練手管に長けている怪異の中の怪異だ。間違ってもわざわざ自分から情報を集めたり、直接接触したりはするなよ」

「ああ、わかった」


 んー、これで当面直接の対面は避けられるかな?まだ不安は残るがこれ以上は俺の頭じゃ思い付かない。

 危ないから接触するなと言えば、こいつは絶対に接触する。

 馬鹿みたいに負けず嫌いなのだ。


 終天童子の行動動機は『知識欲』だ。

 かの時代、やつに討伐命令が下ったのは、老若男女、あらゆる立場の人間を捕らえては腑分けして、人間の有り様を調べ尽くしたからだと聞いている。

 その数、数百人とも数千人とも言われているが、封印された頃には既にその衝動は収まっていたらしい。

 とりあえず殺し尽くして調べたいことは調べ終えたのだろうと言われていた。

 奴の言うところの人間に対する愛情は、所詮は子供が昆虫の蝶やカブトムシを愛するのと同じなのだ。

 この都市のことを虫カゴと呼んだように、奴にとっての人間は、観察し、鑑賞し、戯れにバラバラにして愛でる対象にすぎない。

 そして、過去に腑分けされた者の中に魔導者がいたという話は聞かなかった。

 魔導者は本来国のトップに数人存在する程度しか居ないし、彼らについての情報統制は厳しい。

 積極的に情報を集めたとしてもなかなか出て来ない名前だ。

 やつが知らないとしてもおかしな話ではない。

 だからこそ、万が一にも流と出会うことによって、あのやろうの探求心を刺激するようなことになってはならないのだ。

 全く、こっちは俺自身に関してだけでも一杯一杯だってのに。頭が痛い。


 ……くそっ!

 俺が今あいつにバラされていないのは、単に同じタイプが他にいないからに過ぎない。

 おそらくあいつは俺が子供を作るのを待ってやがるんだ。

 俺と同じタイプの子供が生まれたら、俺かその子供かのどちらかを解体して調べるつもりなんだろう。

 だからこれは千載一遇のチャンスかもしれない。

 都市封印の中、やつを完全に封じ込めることに成功すれば、今後に何の憂いもなく過ごせる訳だからな。


「おい、飲み直すぞ。次の店は俺が奢る」


 どうやら酒が終わって流の辛抱も切れたらしい。


「へいへい」

「人間が夢を求めることの意義を、じっくりお前に叩きこんでやる」


 うわ、やべえよ、こいつ、俺がハンターに復帰したのがよっぽど腹に据えかねたみたいだ。

 明日も仕事なんだから、二日酔いにならない程度にお願いします。

 ギャンギャンがなってるスピーカーの音を背負いながら、俺はとぼとぼと座敷席から降りて主人に精算を頼んだのだった。

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