1:友人は時に敵である

「そりゃあ、大変だったな」


 カランと、いかにもな音を立ててデカイ氷の入った蒸留酒精ウィスキー硝子杯グラスを回しながら、ながれは俺の苦労話をそう一言で片付けた。

 別に大げさなねぎらいを期待していた訳でもないし、そういう間柄でもないので、俺的にもそのぐらいが丁度良い。


「大変だったよ、もう田舎には二度と帰らねぇ」


 今年の初め、ぶっちゃけて言うと正月休みに、俺は実家の両親の「成人の祝いをしてやる」との甘言を真に受けて、ノコノコと数年前に飛び出してそれ以降帰ってなかった田舎の実家に里帰りした。

 成人といっても社会的な成人である二十歳の祝いではなく、“ど”田舎の故郷ならではの独特な感覚での成人イコール一人前のことだ。

 俺は今年二十六歳になる。社会的には立派に自立した大人ではあるが、故郷的な考えからすれば、一人立ちして自分の能力だけで生活を切り盛り出来るようになることが成人の証なのである。

 まぁ他にも色々と、田舎ならではの条件はあるが、家から自立して生計を立てていた俺は、当然既にその辺の条件はクリアしたと思っていたし、「いい相手がいるんだ」との親の言葉に、てっきり嫁の世話をしてやろうと思い立ったんだと思い込んで、その手の出会いに縁が無かった焦りも手伝って、つい、喜んで飛び付いてしまった。


 そして、帰ってみれば、


『いくらなんでもそろそろ証を立てねばならんだろ』

『まぁ、行って来い』


 という、軽い言葉と共に幻想地図バーチャルマップに突っ込まれて鬼と戦う羽目になったのだ。

 しかも古典的な条件達成式開放錠セキュリティロックが掛かっていて、その鬼を倒さないと出られないという非道な代物だったのである。


「しかし、鬼を調伏する家系とは聞いていたが、未だにそんな因習があるんだな」

「田舎は時が止まってるからなぁ」


 なにしろ未だに天然ダンジョンが存在し、いや、それどころかちょくちょく発生すらしているような辺境なのだ。

 うん、今回の帰郷の時も思いっきり迷い込みましたよ。なんかちょっと遠い目になりそうになるが、もう大人だからね、泣いたりしません。


 そういやガキの頃も、なぜかしょっちゅうダンジョンに突っ込んでたなぁ。

 俺が泣きながら大なめくじスライムを殴ってると、決まってお袋が魔除け灯を掲げて迎えに来てくれたもんだ。


「家族ってのはどうしてだか、みんなが同じように家族の一員であることにやたらとこだわるからなぁ」


 流もしみじみと洩らす。

 こいつの家族もこいつの今の仕事には大いに不満があるらしい。

 博士号を持ち、うちでも特に高給取りなのだが、元々国を動かす立場の一族なのだそうで、こいつのやってる仕事など下賎なものにしか思えないらしい。

 家格の違いというやつか、恐ろしい話ではある。

 俺とこいつが仲良くなったのも、全く逆の家柄ではあるが、家族から今の職場で働くことを反対されているという一点で立場が共通しているのがきっかけだった。

 

「一応憲法で職業選択の自由が保証されているんだから好きにさせろってんだ」

「正にその通りだ。時代錯誤も甚だしい」


 二人で家族へのレジスタンス魂を盛り上げていると、流の傍らに女性が一人近付いた。


「なぁに?難しいお話?男二人で顰めっ面してないで、一緒に楽しいお酒を飲みましょうよ」


 隣の店の人気ホステスのミキちゃんだ。

 流はあちこちの店に顔が利き、しかもモテモテで、あまり二人だけでじっくり飲んでいたりすると一定時間でこういう風に牽制が入る。

 どうやらこの店にいることがさっそくバレてお迎えが来てしまったらしい。


「ああ、後で顔出しするからあっちで待っていてくれ、ママさんによろしく言っておいて」

「はぁい。お邪魔しました」


 可愛らしい仕草でペコリと頭を下げると、俺とマスターにも一礼して戻る。

 彼女は軽いようでいてこういう細かい所で礼儀を忘れないので人気があるのだ。

 ここで俺に対して舌を出したりあからさまな態度を取る女の子は、夜の世界では一流にはなれない。

 まぁどうでもいい話だけどな。


「相変わらずモテモテで羨ましいよ。夜の帝王って感じだな」


 あれ?なんかこう、胸の奥からどす黒いモノが湧いてくるよ。イケメンで金持ちで家柄良し、改めて考えるとムカツク男なのだ、こいつは。

 なんだ、同じ境遇とか俺の勘違いじゃね?イケメンは滅びればいいのに。

 実際、流は男の俺から見ても文句の付け所の無いイケメンだ。付け焼刃じゃ身に付かない洗練された挙動、いかにも上流貴族らしい上品でありながら男らしい顔立ち、特権階級を表す一部色変わりの髪も玉の輿狙いの女にはたまらないだろう。


「馬鹿言うな、これで色々と苦労も多いのさ。行く店や遊ぶ女の子に偏りが出ると恨まれかねないからね」


 うん、そうだね。イケメン爆発しろ。


「へぇ」


 俺の嫉妬の炎が酒と共に臓腑を焼く。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか(いや、知るまい、こいつなんだかんだといってお坊ちゃまだからな)流は、ふと思い出したように話を変えた。


「そうそう、こないだ言ってた、調整を頼みたい物なんだけど」


 言いながら腕から外したそれは、俺も先程から気になってた物だ。

 おおお、カタログやテレビジョンとかじゃなくてナマの本物を初めて見たぜ!


 それはゴツイ造りの時計ウォッチだった。

 もうほとんど装具のブレスレットに限りなく近い見掛けだが、中身は精度世界一を誇るゲルマン帝国の「シン」ブランドだ。

 この会社は創立者が空軍パイロットだったこともあって精度や機能性を追求したゴツいモデルばかり作っていたメーカーだったが、最近やや装飾を加味したデザイン時計を作り始め、それの最新タイプがこれのはずだ。

 装飾といっても華美な物ではなく、あくまでもいぶし銀の本来のブランド的な魅力を捨てていない実用的な物で、なにより重要なのはその装飾部分の機能である。

 なんと、アタックサバイブと呼ばれる最新の防御術が施されていて、装着者に突然の物理的危機が生じた場合、瞬間的に展開してそれを守るというセーフティ機能なのだ。

 流石現役ミリタリーウォッチの面目躍如といった所だ。


「ん?これ」


 以前カタログで見たのと色合いが微妙に違う。もしかして密かにオーダー品なんじゃないか?


 流にその皆を聞くと、「いや、プレゼントだからよくわからない」と返された。

 イケメンと金持ちという二大属性を併せ持つ友人に思わず本気で呪詛を掛ける所だった。危ない。


 まぁいい、おかげでこんな凄い時計を分解出来るんだ。それで相殺しておこう。


「隆、お前なんか時々怖いぞ」

「顔が怖いのは生まれつきだ、ほっとけ」

「いやいや、そうじゃないから。それに別に怖くないし。こないだの店のユキちゃんなんか『野性的で素敵なお友達ね』って言ってたぞ」


 なんだと……いや、無駄な期待はよすんだ俺。ユキちゃんはきっと、将を射んと欲すれば先ず馬を射よとの諺通り、こいつを落とすのに周りから攻めただけなんだ、期待すればきっと傷付く、……でも、ちょっと今度ユキちゃんのいる店に顔見せてみるかな。


「うん、じゃあ、いつものように調整しとく。愚痴を聞いてくれてサンキュ」

「ああ、もう帰るのか?お前いつも早いよな。もしかして家に同棲中の彼女とか?」

「いる訳無いだろ!ボケェ!」

「アハハ、じゃあ、また明日職場で。お疲れさまでした」

「せっかく浮世離れした場所に来てるのに仕事の挨拶とか、ちょっと空気読めよ、お前」

「よく言われるよ。どうも切り替えが苦手なたちでね」

「顔は派手なのにワーカーホリックだよな、大概」

「派手は余計だ。お前だって趣味と仕事の線引きが出来無いくせに」

「むっ、俺は楽しんでるからいいんだよ」


 ほどほどの酔いを楽しみながら夜道を歩いて帰る。

 そこかしこの暗闇には薄い瘴気がたゆっているが、それはちょっと『暗い』だけで実害が有る訳じゃないので安心だ。田舎とは大違いである。

 なにしろ大都市には全て大掛かりな結界が張られているので、人に悪さをするような凶悪な怪異マガモノは入り込めないのだ。

 偶に精神が不安定な輩がそんな薄い瘴気でも引っ掛かって事件を起こしたりしているが、そんなものは優秀な警察がなんとかしてくれる。俺はのんきな一般人、無力な都民なのだ。


 うん、やっぱ中央は良いな、都会万歳!田舎は俺には合わないんだよ!


「もう田舎にゃ帰らねぇからなぁ!!」


 明々とした街灯に霞む夜空に思いっきり叫ぶ。

 もちろん都会であるからには周囲には人がいる。うん、物凄く見られてるな。これはあれだ、凝視ってやつだ。

 とりあえず怒られる前にさっさと帰るか。


 あちこちの店から流れ出している流行りの歌をなんとなく口ずさみながら、俺は狭いながらも楽しい我が家へと帰路を急ぐのだった。

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