1000分の10の冒険

@11necchi3

第1話 所有物の制限に関する法律と、小さな家

10/1000の冒険


 僕の持ち物は、パジャマ・サンダル・毛布・リュック・スープ皿・コップ・フォークスプーン・ペン・ノート・下着の10個だ。服ではなくパジャマの理由は、シャツとズボンだと2個になってしまうから。お母さんに、そう教えられた。


 “成人一人に対し、1000個の物の所有を許可する。“


 そんな法律ができたのは、今から50年ほど前のことらしい。

 質量の限界を迎えた僕たちの世界は、生存可能地占有戦争を始め、終わらせた。

 僕の祖父の祖国はその戦争に負け、敗戦国のルールを受け入れざるを得なかった。

 手先が器用な僕たちは、敗戦国出身でありながら、そこそこの収入を得られる程度の技術を持っていた。50年で僕たちは、ずいぶんと裕福になった。

 けれど、僕たちには越えられない問題がある。

 所有物の制限に関する法律だ。

 そもそも、消費社会の極致で起きた戦争だ。ごみ捨て場と、それ以外の土地を争っていたわけだ。その戦争に負けたのだから、負けた側は生きていけるぎりぎりのスペースに押し込められるしかなかった。

 その、敗戦国押し込め作戦が、この法律だ。

 成人一人に対して1000個なのだから、もちろん未成年には物の所有権が与えられていない。すべて保護者の持ち物を借り受けるようになる。

 両親が二人いれば2000個、そこに祖父母がいれば4000個の物が一つの家族で所有できるようになるのだから、多少の子供の荷物くらいは抱え込むことができるはずの法律だ。そう、成人が複数人いれば。

 僕の家は、シングルマザーだ。そして、子供は5人。どうやってもキャパシティオーバー。それらのしわ寄せは兄弟の下の方に寄ってきて、末っ子の僕は10個しか自分の持ち物を持っていない。

 負けたのだから仕方がないと大人は言うけれど、同じ敗戦国の子供同士でも全く違う境遇に、僕はずっと不平等という言葉をかみしめていた。

「早く成人したいわね」

 これは僕の姉、八花の口癖だ。

 大人になりたいわけではなく、成人したいのだ。

 僕も確かにそんな思いは持っている。

 でも、早く大人になりたくはない。

 この、最低限の暮らしの中で育っていく僕たちは、大人になっても幸せになれる気がしない。

 子供のころに何も学ぶことができなかった大人。馬鹿なやつ。

 そう言われるであろう将来を迎える覚悟が、まだできていないのだ。




 雨が降ったらお休みだ。

 ずいぶんとのんきな話だと思うけれど、これが僕の現実だ。

 有害物質が雨に含まれやすい地域では、特殊傘の携行が必須だ。もちろん僕は傘なんて持っていないので、雨が降ると外に出ることができない。

 仕方がないので、窓から外を眺めることになる。

 5人兄弟の中で特殊傘を持っているのは2人の兄、美一と双葉だ。美一はあと1年で成人なので、さらに傲慢になりながら就職支援学校に向かい、双葉は大学に進めるかの瀬戸際のため、高校の受験クラスに必死で通う。

 そうすると、家の大型端末は三菜斗が占領してしまうし、八花は古ぼけた携帯端末を使う。

 この個数制限のシングルマザーの家に、暇つぶしの本や道具はない。

 僕には窓から外を眺めるしかないのだ。

 学校に行きたい。……本当は行きたくないけど。

 複雑な気持ちを吐き出す先もなく、僕は窓の外を眺める。公営の賃貸物件に住んでいるので、窓枠は古ぼけている。カーテンはないので、ビルトインの光量調節器のお世話になるしかない。僕は光量調節器の出力を下げて、窓の曇りを晴らした。

 最近、窓から外を見ることが嫌いではなくなっている。

 なぜかというと、窓の外に一つの変化が出てきているからだ。

 違法な廃棄物が山のようになっていた公営団地の裏手の敷地に、ポツンと家が建とうとしている。しかも、おんぼろプレハブの。

 いくら負け戦の後とはいえ、50年経ちインフラが整ったこの世界で、なかなかそんな家に住もうとする人はいない。お金がなくても、物が持てなくても、僕たちのような激安の賃貸物件くらいには住める世の中になっている。

 それなのに、わざわざそこに家を建てるなんて。

 僕には不思議でならなかった。

 最初は廃材から取り出した鉄の棒が立っているだけだったのに、屋根ができ、壁ができ、不格好な窓や扉もついて、立派な家の形を取り始めている。

 残念なのは、そこで作業する人間の姿が見えないということだ。あちらも、雨が降ったらお休みらしい。

 パジャマの袖を窓枠について、ぼんやりと家を眺める。

 そして数時間経った頃、ゆっくりと雨が上がった。

 お昼ごはんを食べてから少し。午後のけだるい時間。

 起きているのか寝ているのかわからないような中で、僕は自分に向かって手を振られているのに気が付いた。

「え?」

 窓の外で手が動いているのはどこだ?

 現実感が得られず、僕はぼんやりと外を見つめる。

 力ずよく手を振るその姿は、窓の外の掘っ立て小屋のそばにいた。

 赤いパーカーを着た人は、よく見ると美一兄よりも少し年上くらいの年齢の男の人だった。

 あまりにも大きく手を振るものだから、僕は誰にも見られていないのを確認して、手を振り返す。

 そうすると、相手は満足したように手を下すと、廃材の山に向かって歩いていく。

 ギギギ、と重いものがこすれる音がする。

 僕の目の前で、家を作る作業が、始まったのだ。

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