ねむいけどイケメンが訪れました。


「俺は思うんだ、睡眠の授業があってもいいんじゃないかってね」

「何言っているの悠太?」


寧々の説明会も終わり、各々の教室の帰り道聖魔祭に出場する生徒たちはどこかそわそわしていた。たが無理もないだろう、一世一代のイベント『聖魔祭』に出るとなっては緊張や不安が付き纏うものだ。しかしそんな生徒たちとは裏腹に悠太は呑気にべらべらと喋っていた。


「いやな、睡眠っていうのは心身の休息、身体の細胞レベルでの修復をしてくれるもんなんだよ」

「やけに詳しいね」

「当たり前だろ、俺を誰だと思っている。常日頃寝ることしか頭にない男だぞ?この程度の常識知っているに決まっているだろ」

「そこ威張っちゃうんだ」


美桜はどこか呆れたような顔で、悠太の糞理論に付き合う。


「とにかくだ、授業前に寝ることで───」


悠太が淡々と睡眠について喋っているそのと、同じ教室に見知らぬ人物が訪れる。その人物がクラスを騒然とさせた。


「ここに霧谷悠太君はいるかな?少し話があるんだけど」


教室前方の出入り口に現れた上級生は、深みのある声でそう告げた。長身だが、体は引き締まっており、整った顔つき、いわゆるイケメンの類に入る顔をした男だった。


「ねぇ、あれって副会長の諸星もろほし先輩じゃない!?」

「間近で見ると超かっこいい〜!」

「でもなんで霧谷君?」


などの黄色い声援と共にヒソヒソ声も聞こえるが肝心の悠太には全く耳に入っておらず、美桜に何故睡眠という授業を取り入れるのかを力説していた。


「君が霧谷悠太君だね?」

「いえ、違います」

「嘘はだめだよ悠太?はい先輩、この子が霧谷悠太です」

「おい!なんで言うんだよ!」

「別に良いんじゃないかな?」

「よくねーよ!絶対厄介ごとだろ?厄介ごとの匂いしかしねぇよ!」

「いいから、まずは聞きましょ?先輩も何か事情があって訪ねてきたんだし、仮にも先輩なんだからとりあえず聞くべきだと僕は思うよ?」

「ぐぬぬぬ」


悠太は美桜の言い分に言い返せないため苦い顔をしながら、仕方なしに従う。


「ねぇ霧谷くん、そこまで警戒しなくてもいいんだけど.....」

「いいえ、お構いなく」

「わ、分かったよ。まずは自己紹介から始めよう、僕の名前は『諸星 聖もろほし ひじり』ヴァルシィ学園二年生であり一応生徒会副会長をやらせてもらっている」

「へぇ、でその副会長さんが俺に何か用ですか?」

「実はね、君に───」

「少しお待ちになって?」


諸星が話している最中に聞き覚えのある声が割って入る。そしてその声の持ち主が現れた途端悠太と美桜の顔が険しくなる。


「ごきげんよう、諸星くん。それと天馬美桜?」


さらりと悠太を無視するその人物とはエミリットであった。諸星は悠太たちの態度とは違い慇懃に礼をする。その無駄のない華麗なお辞儀に周りの女子生徒からまたもや黄色い声援が飛び交う。そしてエミリットも頬を赤く染めていた。


( (あ〜そゆこと) )


悠太と美桜はエミリットがわざわざ学年の違う教室に入ってきた理由を悟る。


「あ、あのぅ諸星くんはどうしてこの教室に?」


その態度に悠太と美桜は目を丸くする。今のエミリットは以前悠太たちと言葉を交わした時に比べるとまさに雲泥の差であった。ほんとうに同一人物か?と疑ってしまうほどに。


「いや、ちょっと霧谷くんに用事があってね」

「えっ?」


その動機にエミリットはキョトンとしてしまう。そして我に返った時心の底から嫉妬という名の怒りがこみ上げる。そして悠太に「キッ!」と鋭く睨むが当の本人はその視線を軽く受け流す。


(どうして!どうしてなんですの!?どうしてわたくしではなくこんな弱っちぃ雑魚の所に行くんですの!?ちっ!こいつさえいなければ、こいつさえいなければ!!!!!)


エミリットの感情はすでに嫉妬の範疇を超えていた。しかしそんな事を知る由もない悠太は眠そうにあくびをしていた。それを自分なんか眼中にないと勘違いしたエミリットは悠太に向かって指をビシッと指す。


「 ? 」

「霧谷悠太!私と勝負しなさい!」

「はぁ?」


突然勝負を挑まれた悠太は先ほどよりも険しい表情で眉を顰める。


「なんで俺があんたと勝──いや、いいだろう。その勝負やってやるよ」


先ほどまでの重い瞼が見開き、決闘を承諾した。そしてその瞬間エミリットは歓喜に震え、すぐさま闘技場に向かった。それをなぞるように悠太たちもついていく。







「それでは始めましょうか」


闘技場に向かい合う悠太とエミリット。闘技場の雛壇には一年生のみだが沢山のギャラリーがこれから始まる決闘を楽しみに見に来ていた。


「へいへい」


いざ始まるとなると悠太はやはりめんどくさそうにしている。だがそんなことは御構い無しにエミリットは悠太より先に剣術を放つ。


「【分身】」


その名の通りエミリットが二人増え、一斉に悠太に剣を振るう。その剣撃の太刀筋は誰が見てもとても美しく洗礼されたものであった。しかもその連撃が更に二倍になり、普通なら一瞬にしてやられるだろう。しかし悠太は、


「ふわぁ〜、やっぱねみぃ」


この有様である。どれだけの剣を向けられようが全ての攻撃を指一本でいなし、身体には傷一つ付かなかった。そしてエミリットも徐々に焦り、先ほどまでの美しい剣も荒々しくなっていく。


「どうして!?どうして!?」


この決闘を観戦していた悠太のクラスメイトは今目の前で繰り広げられている光景に一同同じ思いを抱く、


「あぁ、一緒だ」と。


魔術も剣術も関係ない。どれだけ攻撃しても当たらず効かない。気を抜けば一瞬にして終わる。そんな理不尽の結晶とも呼べる存在、それがクラスメイト達が新たに認識した霧谷悠太であったのだ。


その理不尽バケモノをエミリットは思い知るだろう。いや、既に思い知っているかもしれない。だけど認めたくないのだ、自身が見下していた相手が自身より強いということを。


「なあ、あんたってほんとクズだよな」

「 !? 」


突然わけのわからない話を切り出す悠太に驚き一瞬手を緩め、自身を侮辱されたことに怒りを覚えるが今それどころではなくエミリットは攻撃の手をやめない。


「自身よりも優れている者に嫉妬し、自身よりも劣っているものが自身を優先しなかったことに嫉妬し、挙げ句の果てには相手が自身よりも弱いことを知りながらも、戦って一方的に勝つところを諸星先輩に見せるために俺を利用した。俺も大概だがあんたほんとどうかしてるぜ」

「なんですって!?」


エミリットはこの決闘で初めて攻撃の手をやめる。その顔は自身のプライドを傷つけられた怒りと自身の攻撃が全く歯が立たないその焦燥で整っていた顔が酷く歪んでいた。


「だいたいあんた何様だ?先輩だか貴族だかしらねぇけどそんなしょうもないものであんたに人を見下す権利なんてないんだよ」

「しょうもないですって!?」


エミリットの全身は怒りで震えており、悠太に向ける憎悪の目線が一層険しくなる。


「ああ、しょうもないさ。まっ、ここで俺がいろいろ言ったってあんたは聞く耳すら持たないだろうけど最後にこれだけは言っておく、他人を見下すならまず最初に自分を見つめ直したらどうだ。そしたらあんたもちょっとは変われるだろうな」


その言葉とともに悠太は一瞬で間合いを詰め、エミリットのおでこにデコピンする。その次の瞬間エミリットの身体はものすごいスピードで大きく後退し、闘技場の壁に激突する。その戟音とデコピンの威力にその場にいた生徒達は口と目を大きく開き時間が止まったかのように動かなくなった。


「ふぅ〜、終わった」

「なにやりきった感を出しているの?悠太デコピンしかしていないでしょ」


美桜は周りと違い当たり前かのように平然とし、すぐさま悠太に駆け寄る。


「それと、ありがと」

「ん?なんのことだ?」


とぼける悠太に美桜は「ふふふっ」と微笑むと未だ顔を引きつらせている副会長の元にめんどくさがる悠太を連れて歩いていく。


「終わりましたよ副会長」

「あ、ああ」

「それで悠太に何の用だったんですか?」


だるそうな悠太をよそに諸星にわざわざ会いに来た理由を問う。未だ動揺していた諸星だが美桜の問いかけでなんとか調子を戻す。そして「ゴホッ!」と咳払いすると元の凛々しい表情になり、悠太に目線を向ける。


「霧谷悠太くん、君には是非生徒会に入ってもらいたいんだ」


悠太と美桜が沈黙すること数秒.....


「「はっ?」」

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