⑰ チップ差し替え大作戦
オフ会から2日が経過した。スピードスターの当日分の配達を終え、事業所で待機していたアキの携帯にメッセージが届く。
『待たせたわね。今日の夕方、研究所にいらっしゃい。 ショーコ』
「ショーコさんからだ!」
「ん? ショーコさん? 誰だそれ?」
同じく配達ノルマをこなして待機していたテツオが横からにゅっと携帯を覗き込んできた。
「わ! テツ先輩! びっくりするじゃないですか!」
「あ、悪い悪い。で、そのショーコさんとやらは誰なんだ?」
「えっと…」
そういえば、テツオや山下には未来のこともショーコのことも伝えていなかった。余計な心配をかけさせたくないと黙っていたが、ここで変に隠すのも逆にいらぬ心配をかけさせることになりそうだと判断し、
「実は…」
アキはこれまでの経緯をテツオに話した。ショーコの実験に付き合って未来へ行ったこと、AIに支配された未来、そこからの生還。そして、これからショーコの元で、未来を救うための作戦会議をすること。実験で未来へ行ったというくだりまでは「アニメの見過ぎか…」と言わんばかりの表情で、聞き流していたテツオだったが、未来で起きた出来事とそこからの生還するくだりになると、作り話にしては細かいところまで出来すぎているし、何よりアキの表情がマジだということに気づき、真剣な表情で話を聞いていた。奥のデスクにいる山下もデスクワークをこなしながらアキの話に耳を傾ける。
「…というわけでして」
話している途中で徐々にテツオの表情が真剣な、険しいものへ変化するのを見て、ずっと黙っていたことに負い目を感じ出し、バツの悪い表情をするアキ。一通り話し終えると、
「アキ、お前! そんなヤバいことに巻き込まれていたのか!? なんでそんな大事なことを黙ってたんだ…!」
心底心配しているといった表情で、テツオが声を上げる。
「…うん。ごめんね、先輩。心配かけさせちゃいけないと思って…」
「というか、その相馬ショーコって野郎、アキをそんな危ない目に合わせやがって。ちょっとガツンと言ってやらないとな…!」
「あ…。先輩、ショーコさんを責めないであげて。未来へ行ってみたいって興味本位で実験に参加した私も悪いし…。それに…」
「今は、3年後に訪れる人類の危機を知れて良かったって思ってる。何も知らないままだったら、今のこの生活、こうして先輩や山下さんと一緒に働く当たり前の日常がなくなるのを、きっと為す術もなく見ていることしか出来なかったと思うから…」
「アキ…」
アキは、少し泣きそうな表情になりながら、俯く。
その様子を見ていた山下が、奥のデスクからこちらへ、普段は絶対に見せないような険しい表情で近づいてきた。
「テツ。アキちゃんと一緒に、その相馬博士のところにいってあげてくれないか。アキちゃんの話が、もし本当の話なら、未来を救うなんて大役、一人で背負うには重すぎる…。配達はしばらくお休みだ」
「おう! 当たり前だ!」
テツオは配達を休業しても大丈夫なのかなどと野暮なことは聞かなかった。それは山下の能力への全幅の信頼を寄せているからであったが、同時に、スピードスターの大事なメンバーであるアキが抱えている巨大な問題に比べれば、休業など些細な問題に過ぎないという判断からだ。
「そうと決まれば、早速いこう! アキ!」
「はい! 先輩!」
二人は営業所の終了時間を待たず、事業所を飛び出した。
量子力学研究所、研究室の地下入口前に立つ、テツオとアキ。
「いかにもって感じの場所だな…。アキ、お前、よくこんなところ一人で入ったな…」
「うん…。最初に配達で来たときは正直、怖かったかな…。あ、でもでも、ショーコさんはすごくいい人だから安心して。いきなり怒鳴りつけたりしないでくださいよ?」
「ああ、分かってる。そのショーコさんとやらも、使命があって、お前を未来へ送ったんだろうし。今は、その未来を救う作戦とやらに賭けるしかないだろう」
自動ドアが開き、中へ進む二人。
そこには、モニター前のキーボードを一心不乱に叩くショーコの姿があった。
キーボードを叩きながら、ショーコは首だけをこちらに向けて、
「……! ようこそ、我が研究所へ! ちょっと来るの早かったわね。その辺の椅子に適当に掛けて」
いつもの出迎え―仁王立ちから振り返り指差してビシッ―がなく、少し寂しげなアキ。が、ショーコは、それどころではないといった鬼気迫る表情でキーボードを高速で叩き続けていた。
「もうちょっとで完成するから…!」
そう短く言い放つショーコ。二人はその様子をじっと見つめながら、ショーコに言われた通り、その辺の椅子に腰掛ける。
「高遠くーん! そっち今何%?」
「はい! 今87です!」
「了解。あと3分もあれば残りのデータも送信出来るから、そっちもそのまま継続で!」
「了解しました!」
奥の部屋から助手の高遠の声だけが聞こえてくる。何やらあちらも忙しそうだ。
「アキ、こりゃ一体、どうなってるんだ?」
「…うーん。どういうことなんでしょうね…」
目の前で慌ただしそうにキーボードを叩くショーコと、奥の部屋から何やら慌ただしい空気を出している高遠の様子を見守る二人。ショーコの宣言どおり、二人が到着してから3分が経過したところで、
――カタカタカタカタ…ッターン!
小気味よいキーボードの打鍵音が研究室内に響き渡る。
「出来たわ! 高遠くーん、そっち焼き終わったら、データの欠損がないか、最終チェックお願いねー!」
「了解しました!」
ひと仕事終えたといった様子のショーコは、デスクにおいてあるコーヒーに口をつける。
「よく来たわね。アキさん! お隣にいるのは…?」
「真島テツオだ。アキの同僚で、運び屋だ。あんたのことも含め、大体の話はアキから聞いてる。アキに協力するためにここへ来た」
「そう…。それは良かった。簡潔な自己紹介助かるわ」
ショーコは、テツオのことを一瞥すると、時間がないのと言わんばかりに本題を切り出す。
「早速なんだけど、あなた達、運び屋に一仕事頼みたいのだけれど…」
ショーコの作戦は、シンプルなものだった。アキが未来へ戻ってきた3日前、マクマードの研究所宛に送った、人工知能用の量子コンピュータチップを、今完成したばかりの〝とあるプログラムを仕込んだチップ〟に差し替えるというものだった。ショーコいわく、『相馬プログラム』と名付けられたそのチップを、元のチップがマクマード博士のもとに届く前に差し替えて欲しいということだった。
この3日間、ショーコは高遠とともに徹夜でプログラムの書き換えに励んでいた。マクマードに連絡をして、修正版を送るまで待って欲しいと連絡するというシナリオも考えたが、アカデミー時代からの知り合いである、ジョン=マクマードという男の用心深さを知るショーコは、急な修正によって何か細工をされたのではと、こちらの意図に感づかれると踏んで、あえて連絡はせず、最初に送ったチップの差し替えをするという決断を下したのだった。
幸いなことに、マクマードの人工脳科学研究所は、クロロブ地区の最北端に位置し、アクセルから飛空船で空輸する際の検閲の工程も手伝って、最低でも3日はかかる。が、逆にいうと3日なので、何のトラブルも無ければ、今日中には届いてしまう。
「そこで、足の速いアキさんの出番というわけ。先輩さんもいるのなら、なお心強いわ。早速で悪いんだけど、早急にクロロブへ向かってちょうだい! 高遠くん、最終チェック問題ない?」
「はい! 例の〝仕込み〟もきちんと暗号化されている確認がとれました!」
そう返事する高遠は、『相馬プログラム』と呼ばれるチップを、手のひらサイズの強化ガラス性のケースに入れて、アキに手渡した。アキは、それを大事そうに左のポケットへとしまいこんだ。
「二人共頼んだわよ。この配達は、人類の未来を左右する重要な荷運び。
「はい! 必ず届けます!」
「へっ、なんだかよくわからんが、人類の命運を掛けた荷運びたぁ、最高のシチュエーションじゃねぇか!」
テツオのセリフに、なんだかアニメやゲームの主人公になった気分がして、アキもテンションが上がる。
二人は、量子力学研究所を出た。時刻は17時を回るところであった。
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