第8話

「俺がこの組織に入ったきっかけは金が欲しかった。それも莫大な金が。そんな単純なものだった。……みちる、お前は会ったことがないだろうが、俺には病室で寝たきりの実の妹がいる」

「なんだって?」


長い付き合いだが、堅土に妹がいるなんて生まれて初めて聞いたぞ。

驚愕している俺に対して堅土は尚も話を続ける。


「そして、お前も知っての通り、十年前に俺の親父とお袋は魔法テロ犯罪に巻き込まれて死亡した」

「……ああ。それは知っている。当時はたった一人が起こしたその事件の死傷者数が、百人をゆうに超えてニュースなっていたからな」


俺と堅土の間に重く辛い空気が流れる。

十年前のその事件は、ある一人の自爆テロ犯が大きなデパートの一階を自分ごと爆破してデパートを倒壊させたという凄まじいものだった。

堅土は遠い昔を思い出すように虚空を見つめ、過去の自分の当時を話す。


「両親を失い、俺は失意のどん底にあった。それでも生きてかなきゃならなかった。……金をロクに稼げないガキが生きていくには、他人の物を盗んだりして、その物をバレないように換金して生きていくしかない。そう考えた俺はある日、手始めに港近くのコンテナの倉庫に侵入したんだ」


そして、そこまで言ったところで堅土はふっと笑いを浮かべた。


「ただ、運が良いのか悪いのか……その時忍び込んだ場所が『神王教団』が偶然にも裏の取引に使っていた現場だったのさ」

「!!」


俺は再度驚愕する。

堅土も俺のその顔を見て、自嘲気味に話を続ける。


「そして当時、妹の為にも莫大な金が必要だった俺は奴らと取引…いや、正確には俺という一人の人間を奴らに売り込んだんだ。『俺と妹をこの地獄よりも酷い世界から助けてくれ。その代わり、ここでの事は黙ってるし、その上で貴方達の一員として身を粉にして働きます』ってな」


そうなると、堅土は少なくとも十年前から少なからず神王教団と関係を持っていた事になる。

十年間、いったい堅土はどんな気持ちで生活していたのだろうか。


「結果、俺と妹の保護と延命をしてもらう代わりに、俺は非合法な実験や禁術指定の魔法に関するデータの収集や実験等を主に様々な事をして来た。時には自分自身が実験台となって改造手術を受けた事もある。Bランクの魔法を使っても、俺の体が耐えられているのはそれが原因だな」

「なるほど、ようやく疑問が解けたよ」


どのような手術をしたのかは知らないが体を違法な手術で改造したのなら、その話にも説得力があった。

堅土は俺の瞳の奥を見つめて話を続ける。

俺の中にいる明美に話をするように。


「だがどれだけ違法な禁術や改造、実験に手を染めても生きている他人を使っての人体実験だけはできなかった。そして非合法な実験を重ね騙し騙しにしていた良心も、最近アルテミスに出会って遂に堪えきれなくなって、俺はアルテミスをこの研究所から逃がしたんだ。……結局は連れ帰る羽目になっちまったけどな」


「やっぱり、あの時流れてきた記憶は研究所から明美を逃がす時の記憶だったのか」


明美のチカラで堅土の精神に干渉した時に、断片的に流れてきた記憶もこれでわかった。


「ここまでが俺が今までして来たことの全てだ。別に許して貰おうとは欠片も思ってないからな。生きていく為に『神王教団あいつら』が必要だったのは事実だし、そう言う意味では俺は『神王教団』に育てて貰ったようなもんだ。感謝こそすれ、恨むのはお門違いだろうな」


悪びれる様子も無く、寧ろ清々しい程にさっぱりとした口調で堅土は言う。


「だからほらみちる、速く俺を殺せ。どうせ捕まれば、良くて終身刑悪くて死刑。組織が口封じの為に俺を殺しに来るって可能性もある」

「堅土、お前はそれで本当に良いのか…?未練は無いのかよ」


―――堅土は既に、生きることそのものを諦めていた。

しかしだからこそ、俺は堅土に未練が無いのかと聞かなければ気がすまなかった。


「みちる、これは良い悪いなんてレベルの話じゃ無いんだ。罪を犯したのなら、相応の罰は受けるべきで、それは当たり前の事だ。未練があるとするならやっぱり妹のことだな……。結局、妹のことを目覚めさせる事は出来なかったな。もう一度あの笑顔が見たいが為だけに色々な禁術を調べて来たのにな」


そして堅土は俺に顔を合わせて、振り絞るようにお願いをしてくる。


「みちる、お願いだ。妹には何の罪も無い。罰を受けるのは俺一人だけで良い。だから妹の事を頼む」


すると接続コネクトが解け、俺の中で話を聞いていた明美が俺の横に現れたと思ったら、いきなり堅土の胸倉を掴み、思いっきり強く頬をはたいた。


「アンタの妹の事なんか知らないわ。今まで護って来たのなら、これからもアンタが妹の事を護り続けなさい。みちるも、背負いきれない様な重い事をを軽々しく背負い込もうとしないで。はっきり言ってそれは無責任よ」


強い覚悟と瞳で真っ直ぐに批判された俺と堅土は、明美の言葉に反論出来なかった。

そして俺達が、答えも出せずにどうしようもなく項垂れていると突然、建物全体に機械的な声をしたシステムアナウンスが流れる。


『緊急自爆スイッチが主任権限で起動しました。約五分後にこの建物を崩落させます。職員の皆様は速やかに退去してください』


「な、五分後に自爆!?嘘だろ!?」


突然の自爆予告に俺は動揺した。

すると堅土は、極めて冷静に一つの最悪の提案を俺にして来た。


「俺を置いて行けば、お前らだけはまだ間に合う。さっさと俺を置いて行け」


堅土のこの言葉には、流石の俺もブチギレて、思いっきり叫び散らし、堅土を糾弾した。


「ふざけんな!堅土、お前さっき自分で言ったよな?『罪を犯したのなら、相応の罰は受けるべきで、それは当たり前の事だ』って。なら、お前も生きてここを出てしっかり罪を償え。大体、親友を見殺しにしたんじゃ俺の寝覚めが悪いんだよ」


「みちる……お前……。だが、一体どうするんだ?俺はこの通り、アルテミスのチカラで体がボロボロだ。万に一つも動ける気がしないんだが…」


「そんなモン、担げば良いだろうが!」


「馬鹿か。そしたら崩落に巻き込まれて、お前も死ぬだけだぞ」


「ごちゃごちゃうるせぇ!!黙って生き抜くことだけ考えろ馬鹿野郎!!」


内から湧き出る激情に身を任せ、売り言葉に買い言葉の様な会話を繰り返す。確かに身体は先の闘いでボロボロだった。それでも諦める理由にはなりはしないのだ。

そして突然、俺達の脳に直接、綺麗な透き通った女性の声が響く。


『聞こえていますか…明美。いいえ、コードAのアルテミス……』


「この声……もしかして『G』のガイアお姉ちゃん!?いったい何処にいるの!?」


周りを見渡し、ガイアという人を探す明美。

しかしそんな明美に懇願するように、女性の声は更に続く。


『時間がありません。アルテミス、よく聞きなさい。今から私のチカラでここに居る全ての神伐兵器と人間を外の世界に転送します。力を貸して下さい』


「えと……ガイアさんでしたっけ。俺達は具体的に何をすればいいんですか…?」


俺は頭に響くガイアと名乗る声の主に質問する。


『心から祈り、願って下さい。『ここから脱出して外に出たい』と。そうすれば、外に出られます』


「分かりました。時間も無いので、あなたが誰なのか疑問はありますが、これ以上は何も聞きません」


聞きたいことは山ほどあったがそれを聞いている時間は今はないので、俺達は準備を始める。


『ありがとうございます……それでは、堅土、みちる、アルテミス、準備をお願い致します』


しかし、堅土だけは祈ろうとはしなかった。

そんな堅土に対して俺は生きる為の希望を教え、無理やり説得する。


「堅土、死にたがりなお前に、ここから出られたら希望を見せられるかもしれねぇ。だから今はつべこべ言わず生きることだけ考えてくれ」

「……わかった」


そして、俺達は祈り、心から願った。


(((どうか、ここから脱出させて下さい……ッ!!!)))


一致する俺達の感情と願い。俺達は確かに希望を持って、その願いを心から祈った。


その瞬間、建物にいる全ての神伐兵器と俺達人間は白い光に包まれ、建物の外に脱出するのだった。

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神伐のアルテミス 椎名 花恋 @shiinakaren1214

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