第25話 吹雪の日に
長かった冬も終わりに近くなったらしい。今年最後だろうという大吹雪が吹き荒れる中、私は食卓で猫缶の中身を平らげていた。アリスは巨大丼飯だが……太るぞ。
「ほごほにょふがいあば……」
「ちゃんと食え。馬鹿者」
口の中を飯で一杯にしたアリスが何か言ったが、当然分かるわけがない。
ズゾゾゾゾとお茶で口の中を空にしたアリスが、再び口を開く。コイツにエチケットはない。
「そういえばなのですが、先生ってそんなちょっとの猫缶で足りるんですか?」
何かと思えばそんな事か……。
「お前みたいな大食らいと一緒にするな。これでも多いくらいだ。まあ、私の体は筋肉の塊みたいなものだから、すぐに消費してしまうがな」
「へぇ、そんなものですか……」
本気でどうでもいい話しだ。私はトコトコといつもの窓辺に陣取った。外を見れば狂ったように雪が暴れている。こんな日は外に出たくないというのが、当然の心情というものだろう。しかし、こんな時ほど何かが訪れる。世の中そういうものだ。
コンコンとドアがノックされた。
「アリス、客だぞ」
私はまだ食事中のアリスに声を掛けた。
「はーい!!」
丼を置いて玄関にダッシュしたアリスは、誰かも確認せずにドアを開けた。不用心極まりない。
「えええええええええ!?」
いきなり悲鳴を上げたアリス。ほれみろ、不用心に開けるから。私は気配を消してそっと近づいていった。
「なんだ、国王か……」
そう、そこに立っていたのは国王だった。まるで雪だるまのようになっていたが、間違いなく国王だった。
「おう、元気そうだな」
国王が手を上げて簡単な挨拶してきた。
「お陰様でな。おい、アリス。硬直していないでお茶でも淹れろ」
「は、はい!!」
アリスが慌てて台所にすっ飛んで行った。
「そんなところで立ち話もなんだ。中に入るといい」
私は国王を招き入れた。
「おう、助かる。お邪魔するぞ」
国王は家に入ると、リビングのソファに腰を下ろした。この国王、偉ぶらないので私としては好印象だ。
「さて、さっそくだが用件だ。時間がなくてな……」
それはそうだろう。この国のトップがこんな辺境に来ること自体、極めて異例であるはずだ。
「分かった。聞こう」
ようやくアリスがお茶を持ってきた。
「どうなされたのですか?」
アリスが恐る恐る聞く。なにを、そんなビビる事があるか。
「なるべく簡潔に説明して欲しい」
私は短くそう言った。じれったいのは嫌いだ。
「ふむ、話しは簡単だ。ここから西にサンペデロ山という山がある。知っているか?」
私は分からなかったが、アリスは心当たりがあるようでうなずいた。
「はい、よく薬草採取に行きますので……」
いつの間にそんな事を……。
「ならば話しは早い。そこの中腹に、魔王を名乗る輩が住み着いたらしいのだ。さっそく討伐隊を送ったのだが、全滅したと推測される。そこで、お主らに討伐を依頼したいのだが……」
……魔王だと。阿呆の間違えだろう。
「分かった。十秒で片付ける。アリス、方位磁石と地図を持ってきてくれるか」
アリスは素早く地図を持ってきた。それを片手に外に出る。猛烈な吹雪の中、玄関前には王家の馬車が一台止まっていた。それを尻目に村の外に出ると、私は方位磁石と地図を参照する。風が凄いのでなかなか骨が折れる。さて……。
北北西。距離およそ四百七十キロ……。
「さて、こんなもんか。行くぞ」
「先生、何するつもりなんですか!!」
慌てた様子でアリスが駆け寄って来た。国王も続いて現れる。
「さて、今日はどんなものを見せてくれるのかな?」
国王は何か楽しげに言った。
「大した事ではない……バハムート!!」
大地に描かれた巨大な魔方陣から、巨大なドラゴンが出現した。そして、山に向かって強烈な光線を吐き出した。最強のドラゴンから放たれた光線は四百七十キロ彼方のサンペデロ山にぶち当たった……はずだ。
「ブリザード!!」
私は例のドラゴンを呼び出した。
『ああ、ここから北北西の方角にサンペデロ山という山がある。様子を見てきて欲しいのだ』
思念会話で用件を送ると、ブリサードは一つつうなずいた。
『お安いご用です。すぐに行ってきます!!』
言うが早く、嵐の中ブリザードは飛び立った。たまにだが、空飛ぶ翼が欲しくなる。
『視界が悪いですが、山が見当たりません。綺麗になくなっています!!』
数分後、思念会話でブリザードの声が聞こえてきた。よし、狙い通りだ。
「国王よ。任務はほぼ終わった」
国王に一言。念のため、ブリザードを現地に留め、バハムートは出しっ放しにしておく。
私の読みが正しいなら……。
『警告、雪中から攻撃魔法!!』
……ほら、来た。
『ブリザード、位置は?』
『山の麓です』
それだけ判れば十分だ。私はバハムートにもう一発ブレスを吐かせた。無慈悲な破壊をもたらすそれは、こちらに向かっていた攻撃魔法すら飲み込み、山の麓で破壊をもたらした……はずだ。射程外攻撃は理想ではあるが、面白みに欠ける。さて、これで一仕事終わった……と思った時だった。
『警告、攻撃魔法。先ほどの攻撃は外れました!!』
……ほう、面白い。
べらぼうに魔力を使うバハムートを引っ込め、代わりにカーバンクルという大きなトカゲにも似た召喚獣を呼び出す。コイツの能力は……。
ちょうど遠路はるばる飛んできた敵の攻撃魔法を、いともあっさり跳ね飛ばした。コイツの能力はこれだ。相手の攻撃魔法をそのまま跳ね返す。ということは、つまり相手の居場所が正確に判るわけで……。こういうことも出来る!!
「メガ・ブラスト!!」
私が放った純白の光球は、跳ね返されて戻っていく攻撃魔法を追い越し、狙い違わず敵を直撃したはずだ。やや遅れて、自分の放った攻撃魔法がとどめを刺す。
ちなみに、メガブラストの射程距離は1500キロにも及び、あらゆるものを消滅させるという、恐るべき攻撃魔法だ。
「国王よ、任務は完了した。魔王とか抜かす阿呆は消滅したはずだ」
私は国王に向き直って言った。
「なかなかいい物を見せてもらったよ。遠距離魔法戦なんてなかなかないぞ」
「先生……。先生の事を師匠と呼んでいいですか?」
まあ、馬鹿なアリスは放っておいて。
『ブリザード、世話になったな。また頼む』
私はブリザードも元に返した。
「あとは捜索隊でも送って、現地の細かい確認をさせればいい」
私は国王にそう言った。
「すでに後続隊が向かっている。早馬で状況を知らせねばな。申し訳ない。これで失礼する」
国王は猛ダッシュで馬車に乗った。よほど御者に発破を掛けたのだろう。凄まじい勢いで村から出て行った。
「相変わらず、嵐みたいな奴だな」
「こら!!」
アリスが窘めるが、私にしてみてば国王だろうが平民だろうが人間だ。へりくだるつもりはない。
「あれ、帰ってきましたよ」
「ん?」
先ほど勢いよく出ていった馬車が、それ以上の勢いで戻ってきた。私たちの前で馬車が止まりドアが開く。
「考えてみれば、お主たちに頼んだ方が早かったわい。討伐隊への伝達と現状確認。金貨百枚でどうだ?」
やれやれ、そんな予感はしていたがな。
「アリス、受けていいよな?」
アリスは傅いたまま動かない。了承と見なしていいだろう。
「分かった、やってみよう」
私が言うと、国王は御者に命じて、馬車の荷物置き場から旗を取り出した。
「これを馬車に付けてくれ。これで、王命を受けた馬車だと分かる」
「おい、アリス。旗を受け取れ。あんなデカいもの持てん」
アリスは立ち上がり、その旗を受け取った。
「では、頼んだぞ!!」
国王は慌ただしく去っていった。
「全く、忙しい奴だな」
私はため息をついた。
「それはもう国王様ですから……。さて、さっそく準備しましょう!!」
吹雪の日は何かが起こる。やれやれ。
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