第23話 帰宅

 帰りの船は快適だった。特に問題もなく、無事にポート・セルシオに戻ってきた。

「ふぅ、何とか帰ってこられましたね

 アリスが大きく伸びをしながら桟橋を歩く。

「全くだ。事件が起きすぎだ」

 ここまで濃密な船旅もなかっただろう。馬車旅が始まる前に、この街で1泊したい。

「休みたいですね。馬車を預けている厩さんにもう1泊伸ばす事を伝えてきます」

 私はとりあえず道の端に寄り、邪魔にならないようにした。数分後、アリスが駆け足で戻ってきた。

「1泊分伸ばしてきました。どこか、宿を見つけて入りましょう」

「宿探しなどしたくない。そこでいいだろう」

 すぐ目の前にボロ宿があった。ここで十分だ。

「えっ、もっとちゃんとした宿に……先生、ちょっと待って!!」

 アリスの声は聞かず、私はボロ宿に向かった。入り口のドアは開けっ放しだった。

 中に入ると、カウンターに暇そうな淑女がいた。

「なんだい、野良猫か。ここには飯はないよ。さっさと他を当たりな」

 つっけんどんにそう言われた。うむ、野良猫とはな。久々に聞く言葉だ。

「悪いが一部屋用意して欲しい。いくらだ?」

 カウンターの淑女が固まった。

「喋られる猫だったのかい。これは驚きだね。部屋ならいくらでも空いているよ。一泊銀貨一枚だ」

「いいだろう。世話になる」

 そこに、アリスがようやく到着した。

「先生、速すぎ……」

 アリスは今にも死にそうなくらい息が上がっていた。

「おや、猫ちゃんの保護者かい」

 何がおかしいのか、淑女は笑い声を上げた。

「これが部屋の鍵だよ。まあ、ゆっくりしていきな」

 淑女……いや、オバサンの方がしっくり来る。とにかく、女主人からアリスが鍵を受け取り、指定の部屋に入った。

「なんか、年季入っていますねぇ」

 部屋の中を見渡しながら、アリスがつぶやいた。まあ、部屋はボロかった。しかし、この方が落ち着く。

「こういうのもたまにはいいだろう。いや、こっちの方が私たちには向いているな」

 私の言葉にアリスがうなずいた。

「そうですね、豪華な部屋はどうも落ち着きません」

 国王から大金をもらったとはいえ、生まれは変わるものではない。例えどれだけ散財しても、根っこは変わらないものだ。

「さて、休もうか。私はもう眠い……」

 時刻は昼、寝るには最適な時間だ。私は窓の淵に乗り、箱座りでうつらうつらと。

 雑踏ともに聞こえてくる波音、潮風の匂いが心地よい。あの何とかシーパラダイスとやらより、よほど居心地がいいだろう。多分な。

「ふぅ、それにしても疲れましたねぇ」

 アリスが、ベッドに寝そべったままつぶやいた。

「まぁな。己のスペックを最大限に発揮出来ない時は、ただひたすら回復を待つ。野生で生きていくための基本だ」

 しかし、アリスは早くも寝息を立てていた。私は軽くため息をつき、マジックポケットを開いた。なに、アリスが出来て私に出来ないはずがない。指を鳴らさなくてもいいと分かり、一日で覚えた。

「さて……」

 中から取り出したのは、あのミステリアスな航海日誌だった。今回の旅で最大の収穫だったかもしれない。私は「複製」の魔法で航海日誌を二冊複製した。そして、オリジナルはポケットの深いところにしまった。いわば、永久保存版だ。そして、一冊を部屋に置いて、私は窓から雑踏に出た。目的地はどこにでも支局がある大手新聞社だった。建物に入ると、さっそく警備員が飛んできた。

「また、猫だよ。追い払っても入って来る。ほら、お前も……」

「失礼だな。この建物を吹き飛ばしてもいいんだぞ」

 警備員がビックリした様子で逃げた。喋ったくらいで情けない。

「ちょうどいい。グリモニック号について、重大な資料が見つかった。担当者を呼んでこい。可及的速やかにな」

 腰をぬかしていた警備員が、慌ててすっ飛んでいった。そして、一人のいかにも記者という感じの、ボサボサ頭を連れてきた。

「グリモニック号だって? ああ、俺は……」

「自己紹介はお互いにやめておこう。それより、これを見てくれ」

 私はさきほど複製した航海日誌を記者に渡した。

「えー、なになに。こういうのは多く出回っているんだ、どうせこれもありがちなガセ……!?」

 航海日誌をパラパラめくっていた記者の顔色が変わった。

「……世間では名船長と言われていたドナルド・パットンが乗船していたことになっているんだが、出港当日に体調不良でカール・グスタフ船長に代わっているんだ。それがしっかり反映されている。しかも、岩礁との衝突日時が……」

 どうやら、お気に召したようだ。良かったな。

「この資料を買おう。いくらだ?」

 記者が顔を真っ赤にして言う。興奮しすぎだ。

「金は要らん。大々的に記事にしてやってくれ。沈没場所も簡単に特定できる。犠牲者に対するせめてもの手向けだ」

 私はそう言って、建物の出入り口に向かった。

「分かった。明日の1面トップでこのニュースだ。せめて、名前を教えてくれ!!」

 記者が大声で喚く。名乗りか……ふむ。

「そうだな、『時の旅人』とでもしておいてくれ。じゃあな」

 私は建物を出ると、そのまま真っ直ぐ宿に戻った。相変わらずアリスは寝ている。複写とはいえ、これを渡したと知ったら……怒るか呆れるかだな。内緒にしておくのが1番だ。

「さて、寝るか……」

 こうして、私はしばし休憩する事にした。


「やっぱり、旅といったらこれに限る!!」

 上機嫌のアリスが、馬車をかっ飛ばして雪原を行く。そう、私たちの旅にはこの乗り物が似合う。冷たい風を切りながら雪原を走るのは何とも気持ちがいい。

「そう言えば、先ほどゴミ箱の新聞を拾って読んだのですが、先生やりましたね?」

 金はあるのだから買え。馬鹿者。

「何のことだかな……」

 私はしらばっくれた。

「航海日誌の存在を知っているのは、私と先生しかいません。しかも、あんなネーミングなんて他に考えられません。

「知らんな。それより急げ。結局、ただの無駄足だったのだからな」

「分かってます!! 思い出したら腹が立ってきました!!」

 アリスが思いきり馬に鞭を……当てない。パンと音を鳴らしただけだ。勘違いする人が多いが、馬車などの馬に鞭は当てないのが普通。クラッキングといって音で合図するのだ。この世界に来て覚えたことの1つである。

「今やなきトネリコシーパラダイスか……。無関係の人間も災厄を受けたと思うと、少々反省しているところだがな」

 あのときは私もちと腹に据えかねていたので、リバイアサンの大波でぶっ飛ばしてしまったが。関係ない人間も多くいたわけで、これは猛省せねばならない。

「いいんです、あのくらいじゃ足りません。なんでバハムートを呼ばなかったのかと、不思議に思っているくらいです!!」

 アリスよ。気持ちは分かるが、それはやり過ぎだ。お前も召喚術士なら落ち着け。

「今ほどお前がポンコツで良かったと思った時はなかったよ」

 私はため息交じりにつぶやいた。

「えー、何ですかそれ!!」

 アリスが悲鳴のような声を上げる。

「お前は召喚術士……いや、魔法使いに向いていない。人として未熟だ。力を持つ者は責任をもって行動っせねばならんのだ。何とかに刃物とはこの事だな」

 私はそう言ってもうひとつため息をついた。

「ううう、使い魔に説教される私って……」

 アリスはあっさり泣いた……。

「この程度で泣くな馬鹿者。そんなことでは……」

 結局、私の説教は夕刻の野営まで続いたのだった。


「やっと帰ってきたな」

 地平の果てに見慣れた村が見え、私はホッとした。

「いやぁ、こんなに自宅が懐かしいと思った事がないです。

 馬車をいっそう加速させ、私たちは程なくアリス宅へと着いた……のだが。

「なんだ、この嫌がらせは……」

 村を越え街道の果てまで続く荷馬車の群れ。積んでいるのは、猫缶だった。

「おう、やっと帰ってきたか。国王様からの荷物だ。まだまだ来るぞ」

 国王……そういえば、いつぞや猫缶をくれると言っていたな。しかし、なにもこのタイミングで。

「アリス、ちょっと手伝え。私一人ではどうにもならん」

「はい!!」

 こうして、全ての荷物を捌くのに二日掛かったのだった。この王国は、なんでも大げさな事が好きらしい……気に入った。

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