第17話 所詮は遊びなのです

 街は活気に満ちあふれていた。あちこちで商人たちの声が聞こえ、行き交う人たちも多い。人混みを押し分けるようにゆっくり馬車を進めながら、私たちはまず生花市場に向かった。

「あの、この人を見かけませんでしたか?」

 とりあえず市場関係者っぽい服を着ている人に聞いてみた。

「ああ、ターセルさんか。知っている。一ヶ月くらい前だったかな……。そういや、最近は見ていないなぁ」

 いきなりのヒットである。その後、ゾロゾロと目撃情報は上がってきたが、全てが一ヶ月前で止まっている。嫌な予感しかしない。

「今度はちゃんと街道を辿って見ましょう」

 アリスが厳しい表情で言った。こんな表情も出来るのだな。

「その前にやる事がある。この街をしらみつぶしに当たるぞ」

 私はアリスに言った。望みが消えたわけではない。

「はい」

 こうして、街の絨毯爆撃が始まった。手当たり次第では効率が悪いので、市場を中心に調べて行く。今日一日で終わるはずもないので、胡散臭い情報屋も数名雇った。

 その夜……。

「うーん、一ヶ月の壁が破れませんね」

 私たちは適当に入った宿屋でバテていた。一ヶ月。この壁が破れない。少なくとも、この町にいたことだけは確かだが……。

「何があっのか……」

 最悪の事態はもう覚悟しているが、可能性を潰して行く事は重要だ。

「まあ、いい。今日はもう寝よう。明日もまたヘビーな一日が待っている」

「はい」

 こうして、探索一日目は終わった。


 二日目。ある情報屋が有力情報を抱えてやって来た。三日前にここで見たという……。

「……アリス。お前は宿で待っていろ。たぶん、ろくでもないぞ」

 ここは場末の……まあ、紳士向けの遊び場が建ち並ぶ一帯だ。分かる人だけ分かって欲しい。そのうちの一軒にずっと通い続けている男がいるというのだ。それが、この写真の男であるらしいのだが、さすがにアリス向けではないだろう。

「子供扱いしないで下さいね。こういう場がある事くらいは分かっていますし、犯罪の減少に役立っている事も知っています。そして、男女が何するかも分かっています」

 ……ほう、なにか今日は迫力があるな。

「なら、ついてこい」

 私たちは馬車から飛び降り、その店に突入した。

「警備隊だ。全員動くな!!」

 身分証明(偽造)を受け付けにいた強面の兄さんに突きつける。しかし、男はニヤリと笑った。

「令状はあるのかい?」

 アリスが固まった。私もそこまで気が回らなかった。ならば……

「令状はこれだ!!」

 私はジャンプし強面の兄さんの顔を袈裟懸けに引っ掻いた。

「ぎゃぁぁ!?」

 その声を合図に、奥から黒服を着たゴッツイお兄さんたちがワラワラ湧いてくる。

「ここは任せろ。アリスは全室廻れ!!」

黒服軍団の群れをかいくぐり、アリスが店の奥に突っ込んでいった。さて……。

「シルフ!!」

 私は風の精霊を呼び出した。その数二十。それらが、一斉に黒服たちに襲いかかる。店の入り口は、たちどころに黒服たちの悲鳴で埋め尽くされたのだった……。

「さて、こんなものか……」

 私は黒服たちの山を乗り越え、店の奥へと向かった。すると一番奥の部屋のドアを開けたまま、アリスが怒りの表情を浮かべている。急ぎ向かうと、そこにはお姉さんと顔面蒼白の男の顔があった。間違いない、探し人だ。

「ここです、先生」

 アリスはそれしか言わなかった。はっきり言おう。怖い……。

「さて、この様子からしてアリスに話したのだと思うが、詳しい事情を聞かせて貰おうか?」

 私はそこに座り、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「お、俺は人生をやり直すんだ。この娘も好いたといってくれている!!」

 ……馬鹿過ぎてアクビが出る。

「そこの女、この男に惚れてはいないな?」

 ややビビリながらも、女ははっきり言った。

「いやぁねぇ、営業トークよ。この人馬鹿みたいにお金使ってくれるから、その気にさせただけよ」

「そ、そうなのか!?」

 探し人は慌てて女に言った。

「当たり前じゃない。私たちは男の事はお金としか思っていない。所詮、一本、二本なのよ。楽しく遊んでるだけ。馬鹿みたいってね」

 そう、これが真実だ。ごく希に例外はあるが、商売をしている女に惚れるなど間抜けもいいところだ。救いようがないどアホである。

「じゃあ、わたしはこれで……」

 女はそそくさと退席した。残されたのは探し人だけ。

「さて……」

 私が言いかけた時だった。普段とは明らかに違う速度でアリスは個室内に飛び込んだ」

「この馬鹿、最低野郎、クソウジ虫!! お前の奥さんは私たちを雇ってまで探しに出したんだぞ。何が人生やり直すだ。そのまま雪原のど真ん中で死ね!! この女の敵!!」

 叫びながらボコボコにしていくアリス。

 ……こぇぇぇ。あー、コホン。

「あ、アリス様? そのくらいにして頂かないと、マジで死にますよ?」

 ……しまった。キャラが。でも、そのくらい怖い。

「フン、死んでもいいのよ。この鶏ガラ野郎!! 鉄パイプ持ってこい!!」

 なぜ、そこで鶏ガラが出てくるのか不明だが、今は触らない方が良いだろう。怖いから……。

 こうして、アリスが疲れて倒れるまで、個室内に暴力の嵐が吹き荒れたのだった……。


「……アリスよ。本当にいいのか?」

 翌日、私たちの馬車は順調に街道を進んでいた。馬車の後ろには、ボコボコになり、がっちり緊縛された探し人を引いて……。

「なんか言った?」

「……」

 アリスの怒りは一晩経っても収まらなかった。むしろ、どす黒く輝く太陽のようになって燃えさかっているらしい。私から言うことはもうない。というか、なにも言いたくない。

「さて、この辺ね……」

 アリスは馬車を止め、後ろで気絶している探し人と馬車を繋いでいたロープをナイフで切った。

「じゃあね。ここは往来が多いから、誰かに拾ってもらえるかもね。運がよければ」

そして戻って来たアリスは、少し軽くなった馬車を全力で飛ばす。

 ……鬼だな。

 私は決めた。アリスを本気で怒らせない事を。

「さて、先生。家に帰って休みましょう。疲れちゃって」

「はい!!」


後日談

 

 我々が依頼人の奥さんに報告したところ、当たり前だが大泣きされた。そのまま離縁となったわけだが、元旦那はなんとか生還した。

 しかし、小さな村のこと。事の次第はあっという間に拡がり、住むことさえ出来なくなった元旦那はどこぞへと逃げ去った。

 アリスは知らないが、私にとっては後味の悪い結末となった。まあ、たまにはこういうこともあるか……

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