第16話 寄り道

 野営はいつも通りだった。違うのは、ドラゴンが加わった事くらいか。

「私たちは子育てが終わるまでは、なにも食べません。だから、子育て前はたくさん食べるんですよ」

 そんなドラゴンの話しを聞きながら、私はアリスが開けてくれた猫缶の中身を平らげるた。アリスは干し肉を囓っている。1度こっそり食べた事があるが、塩辛くて堪らなかった。

「さてと、夜番だな……」

 ドラゴンもアリスもすでに眠りについた。あとは私の領分だ。しんと静まり返った夜は、これでなかなか寒い。アリスが私に着せた防寒着が役に立つとは思わなかった。

「さて……」

 パイプを一通り吸い、私はテントの周りから卵の場所に向かった。薄く光る卵はなんとも神秘的である。

「特に異常はないな……」

 卵の数は三つ。その全てに異常はない。油断はしていないが緊張もしていない。いわば、即応状態での待機である。それなりに疲れる。

「さて、今日はこのままか……」

 そう思った時だった。ピーッと強烈なアラームが鳴った。来たか……。

 夜間対応の双眼鏡を広場の入り口に向ける。すると、三名ほどの赤い人影が見えた。真っ直ぐこちらに向かって来る。ふむ、少し脅かしてやろう。私はイフリートを呼び出した。

 まっかな炎に包まれた異形の存在に、さしもの盗人もビビった様子で足を止めた。よし、おまけだ。

 私は崖上に向かってイフリートの一撃を撃ち込んだ。その衝撃で雪崩が発生し、盗人どもが一気に押し流された。

「……ふん、他愛もない」

 しかし、今気がついた。登山道を道を雪崩で塞いでしまったため、私たちはここから出られなくなってしまった。完全密室だ。

 しかしまあ、やってしまったものは致し方ない。なんとかなるなるだろう。

 楽観的に考えつつ、私は臨戦態勢のまま夜も明けるのを待った。

 

 そして三日が経った。

 道が塞がったからか恐れをなしたのか、卵泥棒が現れる事はなかった。卵から発せられる光はいっそう強くなり、昼でもそうと分かるほどになっていた。

「なあ、アリスよ、今思ったのだが、私はアリスの使い魔なのだな。少々召喚術を囓って分かったのだが、使い魔となったものに対して、主は絶対的な支配力を持つ。間違いないな?」

 私の問いにアリスはうなずいた。

「使い魔は召使い以上の存在です。極端な例ですが、死ねと言われたら本当に死ぬくらいの拘束力があります。あくまでも極端に言えばですが」

 それはまた難儀な……。

「つまり、私の手綱はお前が握っているというわけだな?」

「そうなりますね」

 アリスが即答した。

「つまり、お前のあのドラゴンを召喚獣にするのはやめようという意見は、私の思惑なしに成されるわけだな」

 私はため息交じりにそう言った。

「私は使い魔を拘束するつもりはありません。しかし、今回ばかりは指示にしたがってもらいます。私に拘束魔法を使わせないで下さい」

 なにか懇願するように、アリスは私に言った。ここまで言われたら、私も無理強いは出来ない。紳士としてポンコツだろうが淑女を困らせるわけにはいかないだろう?

「分かった、諦めよう」

 さて、これはアリスが言い出したことだが、やはり、目の前のドラゴンを召喚獣にするのはやめようという事になったのだ。

 主の言うことには、最終的には従わねばならぬのなら、潔く自分の意見を引っ込めるしかないだろう。私がそう思った時だった。

「あのー、お話が纏まったとこで申し訳ないのですが……」

 存在を忘れていた。件のドラゴンが話しに首を突っ込んできた。

「本人の自由意志で召喚獣になる事は可能ですか?」

 私とアリス、それそれが顔を見合わせ、私が答えた。

「それは可能だ。通常よりも強い結びつきになる。それがどうかしたのか?」

 ドラゴンは一つうなずいた。

「私たちは卵から孵った時点で独り立ちします。その後になってしまいますが、私を召喚獣の仲間に入れて下さい。あなたたちほど面白いコンビはありません」

 ……まあ、褒め言葉と取っておこう。

「いいんですか?」

 アリスがドラゴンに聞いた。

「はい、もう決めました。なにも特技はありませんが、あなた方を乗せて飛ぶ事は出来ます」

 ……立派な特技だぞ。それは!!

 こうして、私たちは空を飛ぶ手段を手にいれたのだった。


 五日後、卵に変化があった。

 殻の表面にヒビが入り、中から小さなドラゴンが生まれた。一丁前に小さな火など吐いている。

「おっ、無事に生まれたな」

 卵は全て孵った。ものの数分で羽根を開くと、たちまちどこかに飛び立ってしまった。アリスから聞いた話しだが、最強と言われるドラゴンの眷属でも、大人になれるのは三割にも満たないそうだ。

「さて、とりあえずこれだな……」

 私は登山道を塞いでいる大量の雪を見た。自分でやったとはいえ……反省せねばならんな。

「お任せ下さい。こういうのは得意なんです!!」

 言うが早く、アリスは小さな爆発魔法を連発しながら、ゆっくりと先に進んでいく。私は素早く馬車に乗り、ゆっくりと前進を開始した。

 そして、私たちは雪崩エリアを抜けた。アリスが素早く馬車に飛び乗り、手綱を持つ。

「行きますよ!!」

 猛然と雪煙を上げながら、馬車は急勾配の下り坂を駆け抜けていく。

「おい、さすがに速すぎるだろう!?」

 目の前には急なヘアピンカーブ。これでは曲がりきれない。

「大丈夫です。これだけ雪が積もっていれば……えい!!」

「うぉぉぉぉ!?」

 ……失礼。なにが起きたか分からないが、馬車は横滑りしながら簡単にカーブを抜け、どんどん加速しながら山道を行く。もちろん、カーブは1つではない。そのたびにこれだ。

 見るとアリスの顔が違う。小さく不敵な笑みを浮かべ、目は完全に据わってる。怖いぞアリスよ。

 そんなこんなで一気に山を下り、再び見覚えのある登山口に戻ってきた。そこで1度馬車を止め、あのドラゴンとの「契約」を行った。

 スッと消えていくドラゴンの姿を見てから、私ははたと気がついた。

「アリスよ。あのドラゴンの細かい種族は?」

 これが分からないと、呼ぶ時に困ってしまう。私としたことが……。

「正式にはグリーン・ドラゴンですが、今回は自由意志契約なので単に『ドラゴン』で大丈夫です」

 アリスがそう言って笑った。

「そうか、始めての事でな……」

 恥も外聞もない。分からない事は素直に聞く。プライドを張る場所はもっと違うところにある。

「自由意志契約かぁ。私もやってみたいなぁ……」

 羨望の眼差しを向けてくるアリス。ふん。

「やってみたいなぁ、なんて言っているうちはダメだな。まあ、頑張れ」

 私は冷たく突き放した。甘やかしてもいいことはない。

「なんか、先生の冷たさが快感になっている自分が怖い」

 よせ、それは私も怖い。

「さて、街に行くぞ。今度こそ、仕事に入らねば」

「はい」

 こうして、私たちの旅は再開されたのだった。

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