奥さん、このゴリラおいくらですか? ~便意系男子の苦難と苦悩は『臭い』もの~
秋刀魚ノ骨
少女と少女と俺の便
「ローラ姫、コイツにウンコさせましょう」
「許可します」
爽やかな夏、爽やかな声と共に、爽やかじゃない提案に対して『ローラ姫』なる者は爽やかに親指立てながら許可をした。
その整った顔立ちでの満面の笑みともなると、大半の男は釣られて笑みを零れてしまいそうだが、この不可解な現状がそれを許してくれない。
今年大学二年へと無事進学し、後五ヶ月程度で二十歳を無事迎える俺こと『木比野 桃太』としては、今後経験するやもしれぬ大人社会の暗部に一足先に足を踏み入れるべきかと多少は思いはしたが、未だ女性経験皆無の純朴な青年にはいささか錬度が卓越し過ぎている。
いや、待ってくれ。
そもそも人様の排便を他人が許可をするのは如何なものか? それじゃ出しますねっと簡単に捻出できるのなら、便秘に悩む女性なんてこの世にはいない。ましてや健康だけが取柄の俺は朝食の分の排便はとうに済ませてある。
出したいときに出す、それが男の常なのだ。
「なあに安心しろ。今なら我がランツァン家奥義『ブラッティホールクラッシュ』で、貴様が食べた物を全て無理矢理にひり出してやる」
そう言いながら排便強要を提案した女――いや、少女はその幼い体躯には不似合いな板金製の妙に刺々した篭手が装着された腕を人差し指を立てながらブンブンと振っている。
こちらの少女もローラ姫なる人物に負けず劣らずの可憐で愛らしい見た目ではあるが、前述通りの風貌――特に腕周りの風貌と発言により、不可解さよりも恐怖心しかわかない。
夏の茹だる暑さに、その豪腕から放たれる風は爽快ではあるが、それが自らの尻を狙っているかと思うと言葉も出てこない。
唖然としている俺に対してローラ姫という女性は、今にも泣き出しそうで顔で口を
開く。
「桃太様、申し訳ありません。貴方様のウンコにこの国の未来――いいえ、貴方様のウンコに我が国民五十万頭の命運がかかっているのです。ですから……お願いします!」
ローラ姫なる女性はそう言うと、俺の尻近くに傍から見ても高級そうな白いハンカチを置き「お願いします! お願いします!」と連呼しながら尻に対して土下座をしている。
止めてくれ。こんな美人に土下座される程、俺は出来た人間でもないし、ましてや悪党でもない。どちらかといったら俺が被害者でありお前等が悪党だ。
いつから俺のウンコはそんな高価値になったのか? 為替の変動は一秒単位とは聞くが、そんな事なら朝に出した物も残しておくんだった。っというかそんな可愛らしい顔でウンコの催促するな。その国民五十万頭も泣いてるぞ。
「桃太、貴様! ローラ姫になんて口を聞いている! ゴリア王国第三姫君ローラ様が直々に貴様のような下賤な男の尻に土下座をしているのだぞ? 悪態吐く暇があるならウンコ出せ!」
だから出ないんだって。
「止めなさい、ミンツァ!」
ローラ姫は土下座の姿勢を崩さぬまま、少女――『ミンツァ』に対して叫ぶ。ミンツァは今にも俺の尻に対して奥義なるものを放ちそうだったが、その動きを止め言葉に耳を傾ける。続けてローラ姫は言う。
「ミンツァ思い出しなさい、紆余曲折あれど先にご迷惑をかけたのは私達の方なのですよ。桃太様は只の被害者。しかも異世界の方なのです」
「し、しかし――」
「良いのです、ミンツァ。ゴリア王国五十万頭の命が救われるなら、桃太様が快く、気持ちよくウンコしてくれるなら、私の頭などいくらでも下げます」
「っ、うう……お労しやローラ姫…………」
ローラ姫は立ち上がりミンツァの前に向かうと、奥義発動直前のその刺々した篭手を抑え、優しく自らの両手で包む。目頭の涙を溜めながら、しかし笑顔でミンツァを諭す。
「有難うミンツァ。貴女の忠義だけで、私、頑張れます」
「ローラちゃ……っ、――ローラ姫、勿体無いお言葉です」
「ふふっ、まだ癖が抜けないようですね。――それにあれを見て」
ローラ姫が指差す方向。そこには先ほどから俺の尻前に置かれた白いハンカチがあった。お洒落に疎い俺でも一目で分かる高級そうなハンカチは、しかしよく見てみると、端の縫い合わせた糸が解れている。
それを見たミンツァは驚き、かと思ったら悲痛に歪ませ、顔を伏せる。
「ローラ姫、……あ、あれは王妃の忘れ形見ではありませんか!」
「そうです。お母様が死ぬ間際に、私に編んでくれた手編みのハンカチ。桃太様にはアレにウンコをしてもらいます」
「なっ、何を仰っているのですか!」
それは俺の台詞だ馬鹿野郎。何が悲しくて美人二人の前で、しかもその片方の母親の大切な忘れ形見に排便せねばならない。
「私なりの誠意がアレなの。私なりの全身全霊の誠意。……それに見て。よく見たらハンカチの端っこ、糸が解れて返しみたいになっているでしょ?」
「っ、うう……は、はい!」
「あれはきっと、桃太様のウンコが零れ落ちないように、っていう配慮なの。お母様の愛はきっとウンコさえも包み込んでくれるわ」
「うううっ…………! はい! はい!」
「っ、……な、泣かないで、ミンツァ? 貴女の、涙だけで、わ、わた、……私、は……っ――あああ!」
「うああああっ! ローラ姫ええええ!」
抱き合いながら本気で泣き濡れる二人。見る人によっては、それはもう女性二人の美しき友情を象ったワンシーンに見えるだろう。俺だってこういう場面は嫌いじゃない。可愛い女性同士が仲睦まじくちちくりあっているの見て、頬が綻ばない男なんていない筈だ。
俺の尻の真後ろで、しかも排便の催促――もとい強要の為の涙でなければ。
「あのお」
「ウンコか!?」
「ウンコですか!?」
俺の一言に女性から聞きたくない台詞ベストテンを叫ぶ二人。――いや、今更だけどさ。
しかしながら俺にだって言いたい事がある。
この不可解な現状とか、置いてけぼりを食らわされた読者とか、申し訳ないが今はそんな事こそハンカチに丸めてポイッだ。
国民の命? 母親の忘れ形見? ああ、それも大切さ。正直、このテンヤワンヤな状況に頭が追いついてないがローラ姫とミンツァの涙を見れば、この二人にとってソレがどれだけ大切な事かは分かる。
しかし、今から言う事は、俺からしたらそれ以上に大切なことだ。異世界に拉致られようが、人権無視に荒縄で縛られようが、訳も分からぬまま排便を強要されようが、これだけは譲れない。
言ってやる……言ってやるさ!
「俺ウォシュレットがないと駄目なんです」
「貴様あああああ!」
俺の譲れない願いは届けられず、変わりに届いたのはミンツァの蹴りだった。その幼い体躯に似合わぬ豪快な蹴りは、俺の尻を持ち上げるように蹴り上げ、新体操選手も拍手喝采の錐揉み回転を体感した。
上下感覚が麻痺し、排泄よりも嘔吐を催しながら、どうにか思い返すのはほんの数時間前の事。
何故、平凡な男子大学生の俺こと『木比野 桃太』が『ミンツァ』と『ローラ姫』という美少女二人にウンコを強要させられるのか?
そして何故、俺のウンコが国民五十万『頭』の命運が掛かっているのか?
「俺が知りてえよ」
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