唯能の魔王と角飾りの少女

タオ・タシ

第1章 我の再誕

0.


 我は、たゆたう。

 我は、頭を形成し、手足を伸ばす。

 我は、指を分ける。

 我は、顔を、髪を、その他必要なものを形作る。

 それらのもの全てに中身を整え、十分に育てたのち、我は目覚めた。


 我が黒き液体で満たされた石櫃から上半身を起こし、髪を手櫛で梳いていると、左右の闇から魍魎たちが現れた。宮廷の衣装を着た者たちの中から、一際風采の良い初老の男が我の前に進み出て畏まる。

「我らが王よ、御身の復活、まずは祝着至極に存じます」

「うむ」

「して、御名をお聞かせ願いたく」

「我の名は、レイト・ローザン・ボウツキである」

 そう、我はこの祭祀場を奥の院とし、広大なキンバズーイ平野の東部を制圧している魍魎たちの国を統べる王である。

 先代の王、キュチェ・ゲ・バラーバが勇者の剣に斃れたのが……はて、いつだったかな?

「かれこれ15年前です」

 教えてくれたのは、先王以来の側近である侍従長のチマオ・ホンウェイ。先ほどの挨拶も彼だ。我は石櫃から出て、召使が差し出した亜麻布で体を拭いながら現状に関する種々の報告を聞いた。

 先王が斃された直後に、勇者を派遣した宿敵・ベイティア王国領内で飢饉が発生。戦争継続能力を喪失したベイティアから休戦の申し出があったこと。その休戦がずるずると5年も続き、その後は1年ほど戦ってはまた休戦し、といういつもの繰り返しであったこと。王のいない我が国は持久戦術を取りつつ現状維持に努めたが、現在我が国は15年前と比べて2分の1程度に縮小したこと――

 王の装束を身にまとって、我は考える。

 15年で半減したか……戦力の補充が出来ぬなかで、よく持ったほうかな。

 ならば。

「早速行くか。魍魎を増やしに」

 我の言葉に、チマオ始め魍魎たちが平伏する。

 王の出師である、との先触れが本拠地内部を巡り始めた。


1.


 本拠地から西部の前線まで、1週間かかった。先王の時は2週間以上かかったのだから、隔世の感がある。たった15年だが。

 乗ってきた馬を降りて歩くこと30分。我はなおも随行せんとするチマオを、月明かりも届かぬ雑木林の際で留まらせた。彼と彼の手勢は、我が合図をした時に町へ攻め込む役目を持たせてある。もう1つ、敵の増援が来た時にそれを防ぐ役目もある。

「お気をつけて」

 辞を低くしてのチマオの言葉に頷いて、我は初春の夜の闇に浮かぶ、ヒトの住まいし町へと歩を進めた。敢えて気を付けずとも、我は足音を立てぬようにできている。ただ、魍魎の王たる我の威風を隠す苦労だけはせねばならない。

 町の東門前に赤々と燃える篝火を目指して歩いてゆくと、歩哨が2人立っているのが見えた。その鎧は簡素でかつところどころ千切れており、激戦と、そして補給が行き届かぬヒト側の現状を如実に伝えているように思われる。その片割れが我を視認したのだろう、誰何すいかの声を投げ付けてきた。相棒も一呼吸遅れて、こちらは鎧擦れの音もけたたましく槍を構える。

 いきなりのご挨拶だが、潜入の可否について、我は一片も成功を疑っていない。なぜなら――

「おい、小僧! お前、こんな時間までどこ行ってたんだ!」

 我はヒトの若者と同じ姿をしているのだから。

「すみません、なかなかいいのが見つからなくって、つい遅くなっちまいました」

 我は身体をねじると、背負子に積まれし薪の束を見せた。

「お前……どこの家のもんだ?」

 毎度のこと――我は先王はもちろん始王以来歴代の記憶を、石櫃の液体に浸っている間に受け継ぐ――ながら、ヒトの質問は判で押したように変わらない。我は悲しげな顔をして答えた。

「家なんざ、3年前の合戦で家族ごと焼かれちまって、この街に流れてきたクチでさぁ」

 我の身の上話に、歩哨たちは何の感傷も催さない。

 それはそうだ。我のごとき流れ者など、ヒトと魍魎と、あるいはヒト同士が角逐する合戦で数多生まれているのだ。彼らが即座に我に掴み掛からないだけの理由があれば良い。

 無論、この1週間風呂にも入らず水浴びすらせず、流れ者としての雰囲気を醸し出すための小細工は弄しているが。

 そしてもちろん、我とて入場のための対策は心得ている。

「旦那方、今夜だけ、お目こぼし願えませんか?」

「ダメだダメだ! 夜間の出入りは禁止だぞ!」

「まあそう堅いこと言わずに」

 そう声を落としながら、我は腰に付けたなめし皮の巾着から硬貨を数枚つまみ出すと、声を荒げた歩哨ではなく、黙って槍を構えていた奴にちらりと見せた。

 こういう場合、最初に声を上げた奴は、言い出した手前賄賂を受け取りにくい。他の奴が貰えば、『しようがねぇなぁ』と自他に言い訳が立つというものだ。

 黙っていた歩哨は、恐らく慣れているのだろう、あっさり槍を立てると左手を差し出してきた。その手に硬貨を落とせば、もう1人とて誘惑に抗う必要もないとばかり我に近寄り、またつまみ出そうとした硬貨を我の手から毟り取ろうとする。

「! そんなせっかちなことをなさらなくても、差し上げますよ」

 我はついと体をかわすと、歩哨の胸の高さまで硬貨をつまんだ手を上げた。我に逃げられて腹を立てながらも、歩哨は手を出してちゃっかり賄賂をその手に握る。

「そいじゃ、お邪魔しました」

 さすがに門ではなくその脇の通用口を開けてもらって、我は夜半の街へと足を踏み入れようとした――のだが。

「おい、お前」

 背後から声をかけられるというのは、いつもながら嫌いだ。それが武装した敵なら、なおさら。我はゆっくりと、笑顔だけは絶やさずに振り向いた。

「大変だな、せっかく拾った薪が夕飯の支度に間に合わなくって」

「え、ええ。まったくですよ。まあ、朝一で頑張って売ります。そいじゃ」

 我は手にじっとりと汗をかきながら答えて、今度こそ通用口をくぐった。

 夜の門はいつもながら暗い圧迫感で、我の上に圧し掛からんばかりだ。もはや逃げ道はない。昼日中なら、門は出入り自由ではある。しかしそれゆえに、人々は我に魍魎と化される前に、その門から外に逃げてしまう。それでは困るのだ。

 それにしても危なかった。歩哨の体か手に、我が掌がすんでのところで触れてしまうところだった。我は気合を入れなおすと、人々が寝静まるまで待つべく潜むに適した闇と、目的を達するに手ごろな人家を探して町をさすらった。

 この町を選んだのには、理由がある。1つは、我の目的に適うだけのヒトが住まう規模であること。もう1つは、現在魍魎たちに命じて行わせている反攻の地から遠いため、緊張がやや弛緩していると推測されること。戦線に増援を送るため、この町から部隊が引き抜かれていったことは偵察で調べさせてあった。

 目標は、目抜き通りから裏へ一歩入った2階建ての家と決めた。日雇いの者たちが住まう集合住宅であり、戸締りもゆるい。何より屈強な男たちが1箇所に集っているのが、実に好ましい。

 その集合住宅の近場にある井戸で水を静かに汲み、喉を潤す。ついでに腹ごしらえをしようとした我は近づく複数の足音に気付き、手荷物を引っつかむと手近の闇に飛び込んだ。

「……今、ここで水の音がしなかったか?」

「地面が少しぬかるんでいますな」

 巡邏の兵たちだ。4名しかいないが、流れ者である我としては取り締まりに遭うのは勘弁願いたい。当局が指定する流れ者の溜まり場に行く気が無いのだから、騒動になること必至である。

 奴らを見るのはここまでにして、我は冷え込んできた闇にうずくまり、気配をさらに消した。

(ふむ、4名か……やはりここを選んだのは正解だったようだな)

 やがて遠ざかる足音が完全に消えたのを確認して、我は少しだけ気を緩めて時を待つ事にした。腹は減っているが、野良犬に嗅ぎつけられて騒ぎになっても困るしな。


2.


 深々と冷えてきた深夜。巡邏が我から最も離れる時間――あらかじめ計っていた――を選んで、我は行動を開始した。

 集合住宅の大玄関は、夜遅く帰って来て朝早く出立する住人たちのため、鍵がかかっていない。我は自宅のごとく自然に内部へと入り込むと、続く廊下の右端にある戸別の玄関を叩いた。しばらく叩き続けること1分ほど、戸が勢いよく開けられて、髭面で酒臭い息の男が眼を血走らせて出てきた。

「んだてめぇは?」

 彼なりに他の住人に配慮して押し殺した、しかし寝入りばなを起こされた怒りに震える太い声。無論動じる我ではない。

「こんばんは。魔王である」

 虚を突かれて呆然となった男の手首を、私は素早く握った。気付いた男が腕を振って我の手を払いのけたが、もう遅い。我に握られていた手首が赤黒く発光し、瞬く間に男の全身へと広がった。光が治まった時、そこに立っていたのはオスの魍魎と化した男であった。

 顔、首、手、足。その全てが膨れ上がるように硬化し、増量された筋肉で服ははち切れんばかりだ。頭頂部には2本の角まで生えてきて、男はヒトとしての人生を終えた。

 我は戸に付けられた、斜めにずれた表札を確認し、彼に声を掛けた。

「ニカラ」

「へい」

「我に続け」

「へい」

 いつも、新たな身体を得て初めて行う"馴致"は不安を覚える。もしかしたら、この我が持つ唯一の能力、動物の身体に(素肌でも、服や鎧の上からでも)掌を押し付けることで対象を魍魎に変える"馴致"が使えなくなっているのではないか。そう思えてしようがないからである。

 今回も問題なく使用できるようだ。我は安堵のため息を小さく吐いて、隣部屋の戸の前へ移って訪いを入れた。

 それから20分後、この集合住宅の住人である21人全てを魍魎へと変え終えた。ニカラを除く魍魎たちには、後刻の号令に備えて部屋で待機させる。馴致は魍魎化と同時に、我と我が指示した者に忠実に振舞うよう魍魎を仕付ける。

 言わば脅かし役のニカラを伴い、我は集合住宅を選んで回った。悲鳴を上げる者も無論いたが、それも赤黒い光が身体を駆け巡るまでの短い時間のこと。むしろ不審に思った他の住人が自ら玄関を開けて出てくる場合もあり、存外に仕事ははかどった。

 4つほどの集合住宅で合計61人を魍魎と化すことに成功して、そろそろ巡邏の兵たちが回ってくる時間だ。第2段階を始めるとしよう。

 我は集合住宅を出て目抜き通りまで走ると、付き従ってきたニカラに命じた。

「吼えろ。あらん限りの大声で」

「へい」

 ニカラは頷くと、目一杯息を吸い込んで、雄叫びを上げた。猛々しさが感じ取れる、良い声だ。

 夜のしじまに変化あり。まず、我が制圧した集合住宅で、先の咆哮に呼応して今度は咆哮の斉唱が沸き起こった。続いて破壊音が響く。戸や窓を破壊して、魍魎たちが外へ飛び出しているのだろう。彼らには咆哮の号令が起こった場所に集合するよう命じてある。

 次に、熟睡を破られて吃驚した人々が慌てふためいて外へと飛び出してきた。咆哮から少し間が空いたのは、この寒さゆえ寝巻きのまま飛び出すのがさすがにためらわれたからか。好機到来である。

 我は無言で走った。まず標的にしたのは、髭がまばらに生えた男性の老人。戦闘力は期待できないが、肉の壁にはなるだろう。魍魎に眼が釘付けだったその老人は、あと2歩という距離でようやく我を見とめた。動きが鈍い老人の腕に我の掌を押し付ける。

 馴致の成果を見届けず、我は隣家の家族に走り寄ると、馴致を施してやった。次の標的に向かう時、屋内から童らしき悲鳴が聞こえたが無視する。

 ここにいたって、ようやくこの住民たちは目の前を走り回っている男が何者なのかに気付いたようだ。

「ま、魔王だぁ!」

「なんでだよ! 魔王は勇者が倒したって――」

「いいから逃げるよ!」

 逃がさん。

 我は浮足立った人々のあいだを縫うように奔り、掌を押し付けて回った。4人ほど馴致に成功した時、我は視界の隅に暴風を見止めて後ろに跳び退った。我の顔面を横からかち割らんとした太い薪が、我の鼻の先を通過する。

「くそが! 魔王め! 親父の仇!」

 憶えがありすぎて、答えようがない。我の沈黙を怯んだと見たか。若者は勢い込んで前へと踏み込み――馳せてきたニカラの横薙ぎで頭を吹き飛ばされた。

「すまぬ。助かった」

 褒められてニカラは嬉しそうである。そこへ、先刻の魍魎たちが駆け付けてきた。我は周りのヒトたちが逃げ散るのを放置して、畏まる魍魎たちに向かって声を上げた。

「ブルガは10鬼連れて、東門へ向かえ。門を開けて、チマオの軍勢を中へ導くのだ。残りはニカラとともに我に続け」

 ブルガ以下11鬼が走り去ろうとしたとき、目抜き通りの西方向から甲冑の触れ合うガチャガチャという音が聞こえてきた。随分と遅いご到着だ。

「ふむ、ざっと20名か」

 敵の登場に出立を躊躇するブルガたちを、手を振って行かせる。

「おのれ! 魔王め! 神妙にしろ!」

 甲兵たちの中でもやや立派な羽飾りを付けた年配の兵が、声を張り上げる。我はその声の中に震えを聞いて取った。

 無理もない。先の警邏の兵は4名だった。前線の街では――ここは最前線ではないとはいえ――8名をもってその任に当てるのが軍律のはず。戦地への増援に精兵を引き抜かれて、駐留兵力は心許ないと見た。

「者ども、押し包めぃ」

 我の号令に一声応じて、ニカラ以外の魍魎たちは守備兵に襲いかかった。その数、54鬼。半円形に散開した魍魎たちが守備兵を押し包む、はずだったのだが。

 魍魎たちは守備兵たちの全周を取り巻いてしまった。これでは逃げ場を失った守備兵らが死兵と化してしまう。我はいささか慌てて指示を飛ばした。

「通りの向こうを開けよ! そこのお前たちは後備えだ!」

 指示通りに動いて、不恰好ながらも半包囲での攻めを再開させながら、我は内心で己の失態を恥じた。こやつらはまだ兵としての調練を受けていないというのに、それを忘れて指揮してしまった。改めて己の不明を肝に銘じて、眼前の戦闘に意識を戻す。これも不調練ゆえか、守備兵たちは善戦していた。いまだお互いに戦死者はでておらず。

(まずいな、時間がかかり過ぎだ)

 我は内心でのみ愚痴を漏らす。このままでは、ブルガたちを行かせた東門以外の門が遅かれ早かれ開かれて、住民たちが逃れ出てしまう。まだか。まだか。

 我の願いは、『まだか』を11回念じたところでかなった。後方よりそれと分かる進撃の音が聞こえ始め、瞬く間にそれはチマオ勢の姿として我の知覚を満たした。

 我と同時にそれを知覚した守備兵たちは、恐慌を来たした。武器を捨て兜を捨て、潰走を始めたのだ。

「陛下、遅くなり申し訳ございません」

「よい。負傷者に簡便な手当てを。ニカラ」

「へい」とチマオ勢の多なるにびくつきながら、ニカラは進み出た。

「町の庁舎はどこか知っておるか」

「ここから走れば10分ほどですぜ」

「よし」と我は頷いた。

「チマオ勢を案内せよ」

「では陛下。また後ほど」とチマオが恭しく一礼する。

「うむ。行け」

 チマオ勢とニカラを出動させて、我は残りの衆に呼びかけた。

「ブルガ、住民が逃れるなら、どこの門を目指す?」

「はい、西門か北門です」とブルガはかしこまって答えた。

「ここからどちらが近い?」

 ブルガは少し首をひねって考えてから、勢いよく答えた。

「北門は運河の向こうですんで、橋を渡ろうと思うと遠回りでさあ。西門なら、この大通りを走れば20分ほどですぜ!」

「よし、西門に向かう」我は即決し、命を受けて黙礼した魍魎たちを見回した。

「手当てを受けている者、している者は、終わり次第西門に参れ。余の者は、我に続け」

 我は魍魎たちとともに、白い息を吐きながら走り出した。王も馬が無ければ走るのだ。


3.


 西門はあっけなく制圧できた。門に詰めていた守備兵は既に風を食らって逃げ散っており、人々は狭い通用口から我先に逃げ出そうと大混乱の態であったため、もはや組織的抵抗力はなきに等しかったのだ。月明かりと門の影が交錯する中、我は手当たり次第に馴致を繰り返し、魍魎たちは捨て鉢なヒトの攻撃が我に届かぬよう我を護った。

 町の中心部に見える大きな建物が赤く光って見える。おそらく庁舎に火が放たれたのだ。チマオはそんな無体な真似をしない。庁舎に残っていた住民が行ったのだろうか。我は魍魎の1人を伝令に立て、チマオに消火に専念すること、ヒトを捕らえたら北門に連れてくるよう言伝した。

「陛下?」

 我を呼ぶ声がする。見れば魍魎が4鬼ほど、泣き叫ぶ子どもを10人ばかり囲っていた。

「さっさと片付けて、北門に行きましょうや」

「ここに来る道すがら言うたであろう」と我は諭した。

「我より背の低い子どもは逃せ、と」

 別に慈愛の心からではない。子どもとは、とかく大人の世話と金と、なにより食料を必要とする生き物だ。親を失った彼らを誰が面倒見るのか? 無論、ヒトの王だ。ゆえに子供のみを逃がすことは、ヒトの王国に多大なる負担を強いることとなる。

 解放されても、子どもらは泣き崩れて動かなかった。親を殺され、あるいは魍魎と化されては、致し方あるまい。我は構わず北門へ向かう号令を出した。その時。

「ヒト殺し!」

 声のしたほうを向けば、月明かりに照らされて子供の一人が立ち上がり、我をなじっていた。魍魎たちが詰め寄ろうとするのを制して、我はその子に言った。

「ならば、強くなれ。強くなって――」我は嗤う。

「我に魍魎と化されに参れ」

 更なる罵声を背に、我らは北門へと走った。が、北門のほうは住民が、あるいは守備兵が門を開いたらしく、夜の闇が大きな口を開けているのみであった。致し方ないと火災の光を目印に庁舎へと向かう。途中屋内に隠れている住民を炙り出しながらゆっくりと進み、途中でチマオ勢と合流した。

 チマオは放火を止められなかったことを詫び、捕虜を12名、我に差し出した。その中には町長、参事会議員が2人、そしてあの守備隊長以下守備兵4名がいた。

 守備隊長は震えていた。

「おおおお助けを! 故郷には年取った母親が、私の帰りを待っております。あと2年で除隊できるのです、どうかお助けを!」

「そうか」

 我は縛られひざまずいている哀れな守備隊長に近寄ると、肩に手を置いた。

「ではこれからは、我の下で励むがよい」

「そ、そんな――」守備隊長は涙と鼻水を垂れ流しながら体を捩って我の掌から逃れようとしたが、すぐに赤黒い光が体に回り、大人しくなった。

「母親に手紙を書け。あと2年で除隊だから、楽しみに待っていてくれ、とな」

「はい」

「陛下、なにゆえそのような」

 首をかしげるチマオに、我は解説した。

「真実を伝えて絶望の末、首をくくられるのは可哀想だ。夢は長く見させてやったほうがよいであろう?」

「こ、この魔王め! 人でなしめ!」

 町長の発した罵声は、実に独創性が無かった。なるほど、町長の器である。我は彼に近づきながら言った。

「うむ、我は真実"ヒトで無し"であるが、何か?」

 町長たち捕虜の、馴致に抗う悲鳴は、ごく短かった。

 こうしてこの町は、我の支配下に入ることとなった。

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