去夢の観測者

礫瀬杏珠

第1話 観測者

日が登る前に目を覚ますのはもう、習慣になってきた。私は最低限の身支度を3分で済ませ、仮眠室で小さな木製の寝台の上にある丸い窓から空を眺めた。


日が登り始めて真っ白な街並をピンク色に染めていく。まだ新しい帳面に今朝の日の入り時刻を記して、私は壁に伝う縄ばしごを登る。


「お疲れ様です、お師匠。交代の時間です」


縄ばしごを登りきった先は街で一番大きな天文台。そこにある遥か先の宇宙を見渡せる望遠鏡を覗いていた人物がゆっくりと顔を上げた。


お師匠は長く伸ばした髪を三つ編みに編んで、一つにまとめている。顔立ちは一見すると性別が分からないのだが、男性だ。


ケネー・ステラ・オストワルト。この鳥籠の街で一番腕のいい観測者。私の観測の師匠である。


「ああ、もうそんな時間なのか……分かった」


「昨日はどうでした?」


「そうだな……消えていく予兆のある星があったから、昼のうちに話を聞いた方が良さそうだ」


いつ頃からか分からないほど昔より、この街に棲む者は星を持って産まれてくる。その星の始まりと終わりを看るのが私たち、「観測者」らしい。私も師匠のように街で一番大きな望遠鏡を覗いてみたいと思うものの、見習いの私には触れることすら許されていない。


一面真っ暗な世界で無数に、色とりどりに輝く星達をより仔細にながめられたら…どんなに素敵なことだろうか。一人前になって早く、師匠の見ている世界を見てみたいと思うのだが。


「……仮眠をしてくるよ。陽が南に行ったら起こしてくれ」


「もう少しゆっくりしたらいかがですか?」


「……誰かさんがもっと優秀で、何一つ教えることなく仕事をこなせたら良かったんだがな」


一つ、欠伸をして師匠が私を眺めた。その口元には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。


「それは、すいません」


私はきゅっと唇を結んで、俯いた。私はお世辞にも師匠の弟子としてしっかり務められているとは思えない。


「いいんだよ、選んだのは僕だからな」


そうだ、どこにもいなかった私を、師匠が見つけ出してくれた。その恩に報いるために、私はここにいる。


「おやすみ、プリーストリー」


ぽん、と軽く私頭を撫でて、師匠が天文台を降りていく。


「おやすみなさいませ」


それから私は師匠が残した書類をまとめ、師匠と私のブランチを作る為に朝市へ向かうことにした。


「何をつくろうかな」


天文台の縄ばしごを降りて、寝台に眠る師匠を起こしてしまわぬように静かに掛けておいた白衣を取り、それを羽織った。

師匠のお下がりの白衣はかなり大きい。私は袖を捲って着るようにしている。そのうち仕立て屋に直してもらいたいのだが。


「行ってきます」


ポケットの中に入れっぱなしのちいさな財布。を確認して、静かに観測所を抜けた。


朝市は観測所から歩いて半時かかる。

早くしなくては。



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