『序章』で終わる物語(2769文字:現代コメディ)

「Q君、Q君。そろそろ吾輩達は行動に移すべきなのではないだろうか」


 馴染みの喫茶店でアイスコーヒーをチビチビと飲んでいた最中、友人が突然そう言った。僕にはそれが何の事なのか、どういう種類の話なのか、すぐには判別できなかった。しかし、そういった会話の流れはこの友人との付き合いの中で多々ある事だったので、僕もいい加減慣れてしまって全く違う話題で上塗りする、という方法で対処する事にした。


「前から言おうと思ってたんだけどさ。僕、Qじゃなくて久って名前なんだよね。初めはアダ名みたいなノリで言ってるのかなあ、と思っていたんだけどさ。君、結構真剣に僕の事をQって名前の人だと思ってないかい?」

「ハハハ、何を言っているんだい、Q君。Q君はQ君じゃないか。久? なんだその、ずっと見てたら『あれ? この字こんな形だったっけ?』と混乱しかねない名前は。Qで良いじゃないか。物語にはキャラ付けというものが必要なのだよ。何故吾輩が吾輩と名乗っているか考えて見た事はあるかい? 吾輩は吾輩と名乗る事で、下駄と和服とパナマ帽が似合う書生のイメージを演出しているのだよ。Q君をQ君と呼ぶ事で、疑問を投げかける語り手である、というそのポジションを明確にしているのだよ。それに吾輩の名前は英一。QとA。疑問を投げかけるQ君とそれに答えるAである吾輩。……まるでワトスン、ホームズのコンビみたいじゃないか。だからQ君も吾輩の事を呼ぶ時はAと呼んでくれて構わないのだよ?」

「いや呼ばないし、言外にQと呼ばないでと臭わせてるのに全く効いてないね、君には。……はあ、まあいいや」


 友人は、自分とその周りにいる人間がまるで物語の主人公と登場人物であるかのように話す。実際は学生くずれの無職の癖に。推理力も無い癖に。そのせいで(なのかわからないが)一度か二度事件に巻き込まれる事にもなったのに、彼は一向にその性格を改善しようとはしなかった。

 このての話に付き合っていると長くなるので早々と降参し、本来友人が話そうとしていた話題に戻る事にした。


「それじゃ、英一君。行動に移すべきとは一体どういう事なのかな」

「……アッアー。英一って呼ばないで。マジで。調子狂うから。ウン、イヤ、マジで……」

 友人が真剣な顔だったので僕はちょっとヒいた。「……わかった」

「……ゴホン! つまりだね、Q君。いよいよもって吾輩たちは本格的に『探偵業』に乗り出すべきなのではないか。そう言っているのだよ。エヘン!」

「……アー、……そう思った論拠は一体なんだい?」


 言いたいことはたくさんあったが、ひとまず僕は話を聞いてみることにした。


「知ってたかい、Q君。ここ最近、我輩たちの町、しかもここ駅前商店街の周辺で次々と異様な事件が起きている事を。吾輩たちも関わる事になったあの橋の下の一件、それに町興しの一環で行われた祭りの、当日に起きた殺人事件。その他にも監禁殺人や子供の目の前で母親を虐殺、なんてのもある。ちょっとおかしいとは思わないかい?」

「確かに、新聞なんかを見ると、この所、物騒な事件が続いてるよね」

「吾輩はね、この連続しているのにそれぞれ全く関係のない一連の事件群が、ある一点で繋がっているのではないか、そう思っているのだよ」

「なんか今回は真面目な展開かい? それならまだ心の準備が出来てないので少し待って欲しいのだけれど」

「……吾輩はね、この連続しているのにそれぞれ全く関係のない一連の……」

「さっき聞いたよ、そ――」

「主人公である!主人公がこの駅前商店街にいるのである!Q君は聞いたことないかい? ある高校生探偵主人公や小学生(大人)主人公の周りでは次々と事件が起きる為その被害者はとてつもない数にのぼっている、という話を。それと同じ現象が、今この駅前商店街で起こっているのだよ!」

「……ナルホド」

「そう、この事件群の裏には必ず『主人公』が存在する。我輩たちはその『主人公』を食い止める為に今、行動しなければならないのである」

「……ナルホド、ちょっと、一旦休憩しようか。僕も頭を整理したいし」


 まるでメタフィクションの混沌とした世界に迷い込んだような気分だ。小説の主人公だと思い込んでいる現実の友人が現実の世界で小説の主人公みたいになりたいが為に、すでに現実で暗躍している小説の主人公めいた謎の人物を食い止めたい。そういう事か。ん? どういう事だ? ああ、混乱する。


「良いかい……? 君の話を整理する為に一度僕たちがどういう立場にいるのかをまとめるよ?」

「ああ、語り手にはそういう役目もあるのだったね。わかった。Q君、頼むよ」

「……。僕と君は平凡な日常を送るただの一般人。物語に例えれば名前も付かない脇役である、と僕は認識しているのだけれど、君はどうだい?」

「まあ、退屈な日常がこれまでの人生の大半を占めているのだから、吾輩たちは小説の主人公たちからしてみれば脇役の部類にはいるのだろうな」

「そう、脇役なんだよ。しかし思いがけず僕たちは奇妙な事件に、しかも立て続けに巻き込まれてしまった」

「ああ、吾輩たちの物語の始まりだね」

「違う、違う。なにも始まっていないよ。僕たちは、犯行の推理を誰かに聞かせた事も、命からがら危険を回避した事も、神出鬼没な悪役を追い詰めた事だって、一度もした事がないんだよ。僕たちのまわりで、勝手に解決、勝手にエンディングに至っているんだよ」

「ん? そうだったかい?」

「そうなんだよ。(特に君はね) だから、町で異様な事件が続いていようと、本来僕たちはそれに関わる事もなく、これまでと同じように脇役は脇役らしく平凡に生きていく筈『だった』んだ」

「だった、とは?」

「そう、『だった』んだよ。君が『探偵業』をやると言い出すまではね……。これで物語が動いた。動いてしまった。何の能力も持たない僕たちを『主人公』とした、物語がね」

「いや、『主人公』は駅前商店街にいる誰かであって、吾輩たちは別に……」

「違う。その『主人公』じゃないよ。僕たちは『主人公』を追い詰める『主人公』なんだ。きっとね」

「なんだい? Q君も意外と乗り気だったのかい? 『探偵業』に」

「当たり前じゃないか、何年君と友人をやっていると思っているんだ。脇役が主人公に、なんて、物語で考えたらワクワクする展開じゃないか」

「じゃあ……」

「ああ、確かに君が言うとおり、僕たちは行動に移すべきなのかもしれない」




 喫茶店から外に出ると、なにやら騒ぎが起きていた。

 駅前T通りに並ぶ店の屋根の上をピョンピョンと飛び跳ねている人物がいる。それを追いかけているちょっと派手な格好をした人物が叫んだ。


「待て、怪盗クラゲ! 今日こそはこの、町を守る正義の味方「町内会ウォリアーズ」が貴様をとっ捕まえてやる!」


 僕は呟いた。


「ああ、やっぱり僕たちの物語は始まらないかもしれない……」

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