花さか教室(3104文字:童話パロディ)

 おや、教室に参加される方ですか?……ホホ、歓迎しますよ。さあ、空いてる席にお座りください。まもなく開始しますからね。

 ……ハイ? ワタクシが花さか爺さんであるかと?

 エエそうですよ、巷ではワタクシそう呼ばれておりまして、イヤイヤお恥ずかしい限りです。お酒の席で話した事がどこから漏れ伝わったのか、どこかの誰かさんが御伽噺に仕立ててしまったものですから意図せず有名になってしまいまして、ワタクシとしては妙な気分なんですが、確かに、あの「花さか爺さん」というお話は、ワタクシの体験を元にしております。ホホホ、まあ、その詳しい話なんてのもね、講座の中に盛り込んでいきたいと思っておりますから、楽しみにしていて下さい。さあ、皆さん揃いましたかね。では始めましょうか、エエ……ハイ。


 ……ゴホン。エー……新しく参加されている方も多いようですから、もう一度ね、自己紹介も交えながら、当教室の開催に至った経緯をお話しておきたいと思います。以前から参加していただいている皆さんにとっては、耳慣れたお話となりますでしょうが、少しばかりお付き合い下さいませ。




 エー……、お伽話の印象ばかりが先行している為、出会った方はひどくビックリなさるのですが、ワタクシは元々、◯◯町の駅前商店街でフラワーショップを営んでおりました。意外ですか? ホホホ、お伽話の主人公はいつだって老人夫婦、山でお婆さんと慎ましく暮らしている、というのが常でありますからね。ワタクシの体験をお伽話にしたどこかの誰かさんも、商店街の一店主じゃ華が無いとお思いになったのでしょう。ワタクシと妻を思い切ってジジババに脚色した。そういう事なんですね。ホホ、イヤイヤ。初めてそのお話を聞いたワタクシたちが一番ビックリしたんですが、まあお伽話なんてそんなもんかと、今では納得しております。エエ……。


 しかし、話の筋は概ね事実と重なっております。ワタクシたち夫婦が飼っていた白犬が宝を見つけたのも事実ですし――もちろん、「ここ掘れワンワン」だなんて、犬は喋りませんでしたが、その白犬が攫われ、隣人に酷い仕打ちをされたのも事実。その後、白犬を埋めた傍にあった桜の樹で臼を作り、その臼で挽いた粉で餅を作ると宝が湧きでたのも事実。そうして、また隣人の酷い仕打ちを受け、臼が灰となったのも事実でございます。

 エエ、エエ、現実にもそんな酷い人間が、ごく身近にいる。その事実に幾許の淋しさを感じますが、因果応報と申しましょうか、その後、隣人が酷い目にあったのもまた事実でありますから、現在に至ってはワタクシ達夫婦も、なんとか割り切った心持ちで、お伽話を伝え聞くように、過去を振り返る事が出来ております。エエ……ハイ。


 さて、「花さか爺さん」と呼ばれる由縁ともなりました一連の出来事、「枯れ木に花を咲かせましょう」なんて言うアレですね、あれもまたまた事実なんですが、その事実には「その後」があります。

 いよいよもって、皆さんご存知のお伽話の世界から外へ出て、この教室を開くに至ったその経緯へと踏み込む訳ですね。ホホホ……。


 ワタクシ、灰を撒いて桜を満開にしながら、ふと思ったんです。

 枯れ木でさえ瑞々しい花弁をつけるこの灰の効果。なんとも不思議で強力なこの効果を人間に使ったらどうなるのだろう。灰を油かなにかに混ぜて、全身に塗りたくったら一体どうなるのだろう。イヤイヤ、それはまた突飛な考えだと皆さんお思いになるでしょうが、ワタクシにはそう思わずにはいられないある事情があったのです。


 それは妻の事です。

 フラワーショップという仕事はですね、非常に手が荒れる職業でして、なにせ生きている植物を扱うわけですから、手の皮脂なんかは吸い取られ、元気な葉はまるで鋭利な刃物のようになっていて、気づいたらそこら中に幾筋も切り傷がついていた、なんてこともしょっちゅうある訳です。

 妻の手や首筋や頬や額なんかは、何十年と繰り返した乾燥や切り傷のせいで、シワシワのカラカラとなってしまっていました。店主であるワタクシよりもです。元々、デリケートな肌をしていたのでしょうね。……エエ。

 しかし、妻は文句の一つも言わずに店を手伝い続けてくれていました。優しくて花を愛する良い妻なんですよ。ほんとに……ホホホ。おっと惚気けてしまいましたね。すいません……ホホ。


 いきなり妻で試す訳にもいきませんから、ワタクシは自分の顔に、件の灰を少量と鯨油の蝋を混ぜて作ったクリームを頬にチョイチョイと塗ってみました。するとどうでしょう。老年に差し掛かろうとしていたワタクシの、乾燥で粉が吹いているシミの浮いた灰色の肌が、みるみるうちに、まるで十代の少年のような、桜色にほんのりと熱を持った肌へと変わっていくじゃありませんか。ワタクシ、居ても立ってもいられなくなってしまいまして、さっそく妻を呼び出しますと、かくかくしかじかきいきいくんだりと事情を話しまして、妻の顔にそのクリームをペタリと付けました。


 ワタクシ、こんな感動を覚えた事がありませんでした。犬の掘った宝よりも、餅から湧き出た財宝よりも輝いている妻の顔がそこに出現したのです。まるで出会った当時の純粋さそのまま、頬に恥じらいの紅まで浮かべた妻の顔がそこにあったのです。ワタクシと妻は手を取り合って喜び合いました。そしてお互いにお互いの顔を慈しみながら、全身にペタリペタリとクリームを塗り合いました。


 肌年齢は心の年齢と誰かがおっしゃっていましたが、まさにその通り。その後のワタクシたちは活力に溢れ、仕事にも日常生活にも潤いが出ました。妻は毎日手鏡で自分の顔を眺め、色んなメイクを試してみたりと、まるで若返ったかのように日々を楽しむようになりました。ワタクシも肌にハリが戻って、それを常連のお客さんなんかに褒められたりなんかしますと気分が良くなりまして、まるで千両役者になったような心持ちで渋い声を出してみたりして、ホホホ、今思えばあの時は、浮かれていたのでございますね。ホホホホ。


 さて。

 毎日色を変え、品を変えと、妻の顔がコロコロと様変わりするものですから、少し興味が湧きまして、ワタクシにもメイクを施せと軽く妻に頼んでみました。

 妻はフフフと笑いながら了承し、ワタクシの顔にパフを擦りつけました――ハリと潤いのある肌はすんなりとそれを受け入れました。

 されるがままだったワタクシは気恥ずかしくて仕方なかったですね。ハイ……ホホ。

 その後色々顔を弄ばれながらも、完成した顔を手鏡で見た時、ワタクシ稲妻に打たれたような感覚に陥りまして、恥ずかしながら自分の顔を、しばらくじっと眺めてしまいました。


 ワタクシはそうして、メイクというものに出会ったのです。

 自分からすすんでメイクをするようになるまでそれ程時間はかかりませんでした。時には妻のメイクをワタクシが施すなんて事もあり、まるで萎びた樹がグングンと水を吸収するように、ワタクシはその技術を習得するのに夢中になりました。その変わった姿で店に立つようになりますと、これまた常連のお客さんはワタクシを褒めてくださいました。その時メイク方法を聞かれて答えたのが評判となったのが、このメイクアップ講座「はなさか教室」を開くことに決めたキッカケです。ホホホ……。




 おや、ワタクシが作った灰入りクリームが気になりますか?

 ……ホホホ、ご心配なく。講座が終わりましたら、皆さんには特別にこの「花咲かじいさんの桜の樹の灰配合クリーム」のサンプルを無料で配布しますから、一度お試し下さいませ。きっと皆さんも気に入ると思いますよ。エエ……。


 では、講座を始めましょうか。ではまず……――。

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