五人兄妹(8664文字:ホラー)
「さっき、買ってきたんだ。カステラ。みんな好きだろう?」
眼を輝かせた子供たちが一斉に歓喜の声を上げる。三男二女の五人兄妹だ。九島はこの五人兄弟が体験したという、不可思議な話を聞かせてもらう予定でいる。兄妹にカステラを配りながらニッコリと微笑むと「さあ、誰からお話を聞かせてくれるのかな?」と尋ねた。
ハイ、ハイ、と元気よく手を上げたのは一番下の幼い次女で、すでに口元にはカステラの欠片をへばりつけていた。
次女は今年で五歳になる。肩で切り揃えられた黒い髪がクルンと内巻きになっていて、小さな手足のついた丸っこい身体とあわせて見ると起き上がりこぼしみたいなシルエットをしていて可愛らしい。元気過ぎると幼学舎の先生が困った顔をする事もあったが、絵本が大好きで、それを読み聞かせている間はウットリニヤニヤしながら静かにしているものだから、はしゃぎ出した時にはすかさず絵本をちらつかせなさいと、先生たちの間では一種の取り決めみたいなものが出来上がっている。特に好きなのがお花や動物がたくさん出て来るお伽話で、まだ字は読めなかったけれど、たまに、読み聞かせの時間じゃない時でもこっそり絵本を取り出して来ては絵本に描かれている花や動物を見て、一人満足している事もあるらしい。
九島は次女の顔を眼を細くして眺めながら、話の始まりを促した。
「えっとね」と切り出した次女は頭の中を探るように眼玉をクルクルさせている。
「赤とピンクと黄色のお花畑の中をみんなで手を繋いで進んだの。手を繋がないとはぐれてしまうから。大兄ちゃは一番大きいのにいつもあちこちへフラフラとしているから気をつけないといけないの。きっと私の方が大人なんだわ」言われた長男はムスッと顔をしかめて、他の兄妹がアハハと笑った。
「五人で仲良く進んでいるとね、お花畑で寝ている牛さんを見つけたの。二匹で仲良く寝ていたのよ。でもね、よおく見るとその二匹はただの牛さんじゃなかったの。大兄ちゃや中兄ちゃも気づいたかしら? 小兄ちゃは絶対気づいてないわ。お姉ちゃはもちろん気づいてたわよね?」周りに確認すると、皆ウンウンと頷いた。三男は、僕も気づいてたよー、と一人憤慨している。
「そうなの、牛さんはね。頭にある筈の角を背中から生やしていたのよ。おかしいでしょエヘヘへ……。そんなところに角が生えていたら寝るときに邪魔になっちゃうじゃない。エヘヘヘ。あんまりおかしいからその時も思わずエヘヘって笑ったわ。でもね、牛さんは器用に角を上にしたまま気持ちよさそうに寝続けていたわ」楽しそうに笑いながら次女は牛の真似をして見せた。そうして九島の顔を見ると、「ねえねえ、私もっとカステラを食べたいわ」と催促した。
九島はどうぞお食べ、と次女だけじゃなく皆にカステラを配り、「その後はどうなったの?」と尋ねた。
次女はウーン、とまた目玉をクルクルさせると、「そのあと、おじちゃんに会ったのよ」と答えて、それきりカステラに夢中になってしまった。
「俺が続きを話すよ」と次男が名乗り出た。次女の頭をグリグリと撫でながら、こいつほんと飽きっぽいからなあと茶化している。
九島は、「ああ、ありがとう。それじゃ」と、お願いした。
次男は十三歳で、今年中学一年生だ。短く刈った頭や小生意気な雰囲気、肘や膝に残ったカサブタがヤンチャである事を表していて、鼻をズズッとすする仕草は年齢よりも幼く感じさせる。学校の成績は中の下、本は文字を読むよりも絵に迫力のある冒険漫画を好んだ。気の弱い弟とタッグを組んで、よく兄にちょっかいを出すが大抵反撃にあい、やかましく泣いている。どこかに秘密基地を作っていてリーダーを務めている。場所は決して明かそうとしない。
ヘヘッと得意気に居住まいを正しながら次男は話を始めた。
「おじさんに会ったところまではいいんだろ? じゃあ、その続きな」次男は眼玉をクルクルさせた。次女の仕草にそっくりだった。
「おじさんはさあ、すごく強くて偉いんだぜ。だって、こう、バシーンて木を叩いたら木が吹っ飛んでいくんだ。それでおじさんが通る道は絶対でそこに木があったら木の方が避けちゃうんだ。すごいだろ? 俺たちはさ、おじさんの後について進むだけでなあんの心配もいらなかったんだ。それで大きな乗り物に俺たちは乗ったんだけど……あれ? そういえば、俺乗り物に乗ったら眠たくなってすぐに寝たんだった。どの方向に向かったか誰か知ってる?」周りを見て尋ねた。他の兄妹は全員首を横に振った。「なんだ。みんなも寝てたのか。じゃあいいや。とにかく起きた時にはもう、おじさんの家に着いてたんだよ。すごくおっきな家さ。そこで俺たちはたっくさん料理を食べさせてもらったんだけど……ああ、あの時食べたお肉と卵スープ、おいしかったなあ……」遠い目をして口元をモニュモニュと動かした。
九島はここで口を挟むと話が脱線するかもしれないと考え、また次男の口が開くのを根気強く待った。
「……と、いけね。それでさ、おじさんは俺たちにしばらくここで暮らすようにって行って出て行ったんだ。きっと怪物を倒しに行ったんだよ。なんせおじさんはすごくて強くて偉いからね。俺もついていって一緒に怪物を倒したかったんだけどおじさんに断られちゃった。俺たちはさ、おじさんに言われた通りにしばらくそのおっきな家に住んでたんだけど、家の中にはシラキさん、ていう鼻の下にあるヒゲの先がクルンとなってるおじいちゃんと、トモイさん、ていう太ったおばちゃんがいて、その二人が俺たちの世話をしてくれてたんだ。シラキさんはさ、よくお話を聞かせてくれた。難しい言葉が多くてほとんど分からなかったけど、外には悪いヤツラがワンサカといて、それをアマガサカ――あ、これおじさんの名前ね。長いからおじさんでいいよね――おじさんが退治してまわってるみたいな事を言ってた。そして俺たち一人一人に『カブト』をくれたんだ」
突然、ア! と声がして驚いた。声を出したのは長男で、頭を抑えながら無い、無い、と言って慌てている。他の兄妹もそれに気づき、次々に騒ぎ出した。
「落ち着いて! 落ち着いて!」九島は手振を交えながら兄妹たちへ言い聞かせた。「君たちが頭に被っていたものなら、ちゃあんと大事に取って置いてあるから。心配しなくてもいいんだよ」
「あれは大切なものなんですからね! すぐにでも、返してくださいよ!」と長男が九島に詰め寄る。他の兄妹は心配そうな表情をして兄を見守っていた。
「大丈夫だよ。話が終わったらすぐにでも君たちに返すからね」少し困りながらも、兄妹を刺激しないように優しい声音を出して落ち着かせた。
「それじゃあ僕が説明しますよ」と長男が言い、話を引き継いだ。まるで議論の収束を望む取りまとめ役のような雰囲気を出している。次男も異論はないらしくおとなしく長男の話を聞く構えでいる。他の兄妹にしても、同じ姿勢だ。
長男は十六歳で、高校に通っている。四人の弟妹がいるからかすこし大人びた表情をしていたが、冷たさを帯びた中に、まだ歳相応の純朴さも隠れている気がして、どこかチグハグな印象を受ける。運動はできないが頭が良く、高校の作文で「プロレタリア文学の研究」と称した論文めいた作品を発表し、先生たちを驚かせた。実際に、ノンフィクションを愛読する傾向があって、特に労働環境の悪い場所で働く人間の苦難が書かれた作品なんかを読んでは世の中に憤って、弟妹たちに講釈を垂れる事もあった。弟妹たちはそれをホオとかヘエとか言いながら聞いてくれているが、多分少しも理解はしていない。
「そもそもですね」一度周囲を見回し息をためてから、吐き出すように論調を展開した。
「アマガサカ氏が僕たちを家に呼んだ理由をまず考えなければなりません。そこで僕はシラキ氏、トモイ氏――ああ、僕は女史という言葉は使いませんよ。その言葉は男女均等を日頃から訴えている僕にしてみればひどく一方的な言葉の響きを持っていますからね――両氏にその理由を尋ねました。両氏は言いました。『今、この広いお屋敷には働く人間が二人しかいません。私達はお屋敷の仕事をこなしながらあなた達の面倒まで見ているのですよ。のんびり説明する時間などありはしないのです』と。そこで僕は愕然としました。お屋敷は二階建てで地下までありました。豪勢なパーティを開いても差し支えない広さを持っています。僕たちは五人とも同じ部屋で寝起きをしていましたが、一人につき一つの部屋を割り当てたとしてもなお余る部屋数がありました。さらに、お屋敷の全面には広大な庭まであるのです。芝を敷いてあり、それは見事に均一に狩られていました。四方にはイヌマキが植えられており角が揃えられています」
一度話を区切るとハアンと深いため息を吐いた。「……シラキ氏、トモイ氏は、これらすべての管理を二人でこなしていると言うのです。この凄まじさが分かりますか? 僕は両氏に時間を取らせた事を深く詫び、そしてなにも知らずに数十日を気ままに暮らしてしまった事を後悔しました」
九島はペンを取って、手帳にイソイソとメモを取っていた。いよいよ頭が混乱しだしたのもあるが、一種の閃きに近い考えもあったからだ。次女、次男の話を聞いている内は、子供の話だからと甘く考えていたのだが、長男の話になってからその徴候が顕著に現れている。子供たちについてのプロファイル記録と照らし合わせながら、
――次女、お伽話、二匹の牛、お花畑
――次男、冒険漫画、おじさん(アマガサカ)、シラキ(ヒゲ有り、老人)、トモイ(ふくよか)、カブト
――長男、ノンフィクション、二階建て(地下あり)、部屋多数、庭(芝)、イヌマキ
と手帳に殴り書きした。まだ長男の話は続いているからもっと重要な事がこの先飛び出るかもしれない。九島は期待して長男を見た。
「僕は考えました。アマガサカ氏が僕たちを家に呼んだ理由の、その答えです。もしかしてアマガサカ氏が僕たちを呼んだのは、ただ無為に過ごして欲しかったからなんかじゃなく、シラキ氏、トモイ氏の手伝いをして欲しかったからじゃないか。そして僕たちに何も言わずに出て行ったのは、自主的にその事に気づいて発奮して欲しかったからじゃないか。つまりある種の試験をされているのじゃないか。その考えを皆に話し納得してもらうと、僕たちは態度を改めました。僕と次男、三男は庭にある物置小屋から断ち切り鋏と竹箒を取り出すと、一生懸命に庭掃除をしました。その頃になるとシラキ氏もトモイ氏もくたびれてしまっていたのか食事も日に一回になってましたし、話す言葉も減ってしまっていましたから、僕たちが更生した事をとても喜んでくれました。カブトの時間も不平を言わずにしっかりと耐えました。そうして僕たちが仕事に慣れだした頃、アマガサカ氏が帰ってきてこう言いました。『素晴らしい! 成功だよ!(これは試験の事を言っているんだと思います)君たちを選んで本当に良かったよ』僕たちはこうしてアマガサカ氏に認められたのです」長男はアマガサカ氏の褒め言葉を思い出しているのか恍惚とした表情で、誇らしく話を締めくくった。
九島は手帳に「庭に物置小屋、食事(減る)、カブトの時間(耐える?)、成功」と書き加えながら次の語り手を探した。
「あら、お兄ちゃん。言い忘れてるわよ」と長女が指摘した。「私と、この子だってお仕事はしていたんだから」と妹を指さしながら、心外だといわんばかりに頬を膨らました。
長女は十五歳で、中学三年生だ。笑いえくぼを絶やすことのない溌剌とした顔と新芽のような初々しい小柄な身体から少しだけ大人の雰囲気を覗かせている。この歳の娘の例に漏れず恋愛話を好み、少し頭でっかちになっている傾向がみられる。仲の良い男がいるらしいと探ってみれば角のタバコ屋の親父だった、というような事が一度ならずあって同級の男子をやきもきさせている。
「私たちはね、トモイさんのお手伝いをする事が多かったの。お部屋のお掃除とかお洗濯もやったわ。あなた達とっても汚すんだもの。大変だったわ」兄弟を睨む。隣の次女がそうだ、そうだと囃し立てていた。「はじめは近づくなと言われてた研究室の掃除もしたわ。私たち、仕事を覚えるのが早いってトモイさんにも褒められたのよ。ね?」次女と微笑みながら、ネー、とはしゃいだ。「トモイさんとはお掃除をしながら色々話したわ。ねえ、知ってた? トモイさんとシラキさんって元々は夫婦だったのよ」長女が得意げに言うと、兄弟は信じられない、といった様子でお互いの顔を見比べていた。「ウフフ。他の人には内緒よ。それでね、二人には子供もいて、あのお屋敷で一緒に働いてたんだけど、ある時ヘマをしちゃったみたいで死んじゃったの。アハハハ。カエルやネズミみたいに死んじゃったのよ。アハアハウフ」兄妹たちも長女につられるように大きな口を開けて笑っていた。目には涙まで浮かべている。
九島は背筋に寒いものを感じながらも、続きを待った。
「……ハハ。ああ可笑しい。そうだわ。アマガサカさんが帰ってきてからの事も話さなくっちゃ。アマガサカさんが帰ってきてからはずいぶんお仕事が楽になったわ。だって一緒に帰ってきた新しい子たちが手伝ってくれたから。五人とも揃ってお休みできるようにもなったのよね。でもアマガサカさんは研究室に一人でずっとこもるようになったわ。きっと新しい子たちのカブトの時間にかかりきりだったのね。トモイさんとシラキさんもお仕事が楽になったのかよくお部屋に遊びに来たわ。二人揃ってよ。私思うんだけど二人はまだ好き同士なんじゃないかなあ。コソコソと顔を近づけてた事もあるし、お部屋に来るのは決まって夜遅くだったし。きっと私たちのお部屋に来る前に二人で会ってたのよ。きっとそうよ。「ニゲナサイ」と言って私たちを連れてお外に出た時も二人は手をつないだり抱き合ったりしていたわ。私なんだか恥ずかしくなっちゃって少し二人から目を離したの。お庭よりお外の世界はいつも、門を鎖で縛ってあって決して出ちゃいけないと言われていたし、危険で怖くて出ようとも思わなかったから、グルグルと周りを見渡して確認していたの。兄妹たちも同じように周りを見ていたんだけれど、いつの間にかトモイさんとシラキさんがいなくなってたの。ビックリよ。私たちは五人でお外の世界に取り残されちゃったの。けれどとりあえず周りに危険が無いことはわかったから、私たちは相談しながら歩き出したのよ。それからどれくらい歩いたかしら。森の中をみんなの足の裏の皮がベリベリめくれるくらいの所まであるいたわ。そこは小さなお家がポツリポツリとある道路沿いだったんだけど、私たちお腹が空いたから小さなお家の一つを訪問して食べ物を分けてもらったの。それから……しばらくしたら大勢の人が来て、ここに連れてこられたわ。そんな感じ。お話が早足過ぎたかしら。でもね、さっきからどうにも頭が痛くて、実は喋るのもちょっとイヤになってきたのよ。もういいかしら?」
長女は頭を押さえながら伏し目がちにそう言った。他の兄妹も眠そうにしていたり、飽きてコソコソとちょっかいを出し合っていたり、長女と同じように頭を押さえながら顔をしかめたりしていた。
「ああ、ありがとう。とても良いお話を聞かせてもらったよ」九島は部屋の扉をノックしてそこに控えていた看護師を呼んだ。
看護師達は兄妹の手をとってその場を後にしようとしたのだが、その時九島のズボンをクイクイと引っ張った子がいた。三男だった。しゃがんで目線を合わせて、「どうしたんだい?」と彼に聞いた。
三男は他の元気な兄妹たちとはまるで違い、物静かでいつも少し怯えた目をしていた。十歳だった。髪を、耳が隠れるくらいの所で一直線に切り揃えていて、一見女の子と間違えてしまいそうな顔形をしている。部屋の隅で探偵小説を読むのが好きだったがいつも次男に手を引っ張られて無理やり無茶な事をやらされている。強制的に秘密基地のメンバーにもさせられたらしい。少し身体が弱い。次男と一緒にいる事が多いが本当に仲が良いのは妹で、その前でだけ少しヤンチャな一面を見せる。絵を描くのも好きで、先生からは特徴を掴むのが上手いと褒められた事がある。
「刑事さん、僕ね、ちょっとおかしいんだ」と瞳を揺らしながら九島に打ち明け出した。
「僕ね、皆の話を聞きながら頭の中でずっと思い出してたんだ。それでね、後で絵を描こうと思ってボンヤリ思い浮かべるんだけど、それがおかしいんだ。うまく思い出せない。シラキさんはね、背が高いんだよ。頭には白髪がたくさんあって髪をピシっと横に分けているんだよ。ちょっと人より黄色くてテカテカ光った顔をしていて、それで少しヨレヨレの茶色のスーツの上にお医者さんみたいな白衣を着てるんだ。目は少し隈ができていてギラついていておでこの三本線が毛虫みたいな眉毛の上に並んでる。鼻は高いけれど途中で折れ曲がっていて鷲の嘴みたい。鼻の下のヒゲは将校さんみたいに整ってる。僕知ってるよ。あれはカイゼルヒゲっていうんだ。顎にはヒゲがない。耳は少し大きめだけど頭にピタリとくっついてる。首にシワは少ない。襟元が少し黄色く汚れてる。シャツはいつも同じものを着ていてちょっとクサイ。ネクタイはしていない。袖から糸のホツレが飛び出してる。腕時計をしているけど多分、動いてない。大きな手の甲に血管が浮き出てる。爪は黄色い。歩くとカポカポと音がする。靴の底のゴムが踵の方から取れかかってるんだ。つま先の丸い濃い茶色をした皮の靴。声は大型船の汽笛の音に似てる」
三男の目の焦点は合っていない。カクリカクリと頭を前後に揺らしながらまるで呪文のように口を動かしていた。
「トモイさんはブヨブヨとしてる。腰より少し上まである長い髪を後ろで一つに縛って狐の尻尾みたい。丸い顔の前にチョロっと一房垂れていて、指でこすった痕みたいな薄い眉毛にかかってる。目は大きい。僕が秘密基地に隠している大粒のビー玉と同じだ。鼻は丸くてたまに指でクチュクチュと音を立てている。赤い口。開けると歯が黄色くて不潔だ。クサイ。顎が二つあって首がない。首が、ない。ウフフフ。白いフリルのブラウスの上にシラキさんと同じ白衣。黒いスラックス。足がなぜか細い。ヤジロベエの真ん中みたい。チョコチョコ歩く。多分、転んだら二度と起き上がれない。そうなったら僕は絶対に助けない。そのまま息が止まるまで待ってる。声はみんなの前だとフルートのように澄んでいる。僕の前だと……イボガエルが鳴いてる!」
九島は危険を感じていた。このまま続けさせるのは絶対に、駄目だ。既に三男の身体は小刻みに震えだしていた。しかし、九島は思い切って、三男に聞いてみた。
「それじゃ、アマガサカさんはどういう人だい?」
三男はピタッと身体の動きを止めて、目を見開き、叫んだ。
「おじさんは、無い! 頭の、中に、おじさんは、無いんだ! だから、言ったでしょ! 僕は、おかしいって!」
「一種の精神操作なんでしょうね」と医師が九島に答えた。
精神医療施設の応接間で医師と二人で話をしていた。医師は九島に冷ややかな目を向けている。
「他の救助された子達も、似たような症状が出ています。話す事が支離滅裂だったり、突然笑い出したり、叫んだり。五人兄妹は、元々本好きな子達でしたのでまだ話に筋道があるんですが。しかし共通して言えるのは救助された子達全員が、夢の中、とでも言うんでしょうか、精神世界と現実世界が混ざった状態にいるという事です。あなたが取った行為は、子供たちにとって、とても危険な行為だったと、医師の立場から非難しない訳にはいきません」
「すいません」九島は謝るしか出来なかった。後悔の念に駆られる。
「しかし」と医師は付け足す。「お陰でわかった事もいくつかありました。これまでの個人診断では浮かんでこなかったんですが、五人兄妹に続けて話をさせる事で、筋を通しやすくしたのが功を奏したんでしょうね」
医師は九島が手渡した、単語を殴り書きしてある手帳に目を通すと、ウンウンと頷きながら、「カブト、というのが精神操作に使われた機械と見て間違いないでしょう。すでに回収してあるソレを解析すればなにか医療手段の糸口を見つけられるかもしれない。それに、子供たちの記憶から親の存在が消されている事も気になります。従順な姿勢や良心の剥離、疑問の消滅といった精神状態にする為にはそれが必要だったのでしょう」と解説した。
九島も同じ考えだった。子供たちの話を聞いていた時にずっと感じていたズレはそう解釈するしかない。
「刑事さんは、主犯を兄妹の父親だとお考えですか?」と医師が九島に尋ねる。
「捜査中の案件ですので言いにくいのですが、まず間違いないでしょう。実際、兄妹の父親は現在行方不明です。当時、父親だと思われていた邸内の死体の内の一つは、妻の愛人だったと判明しました」
「凄惨な光景だったそうですね」
「ええ、本当に……」当時の事件現場の様子を思い出し、胸が重くなった。血塗れの部屋。ばら撒かれた臓腑。背中に突き立った大鉈。
「必ず逮捕してください。そしてまだ捕らえられてる子供たちを一刻も早く救助してください」
「はい、必ず」
九島は、固く誓った。
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