#037 撤収!

 突然の雄叫おたけびに動じたのか 、周りを囲んでいる衛兵たちの体勢が一瞬、乱れた。

 とはいえ、シュトローム・ブリンガーは全力を出し切ったのち、さっさとアクセサリー状態に戻っている。

 武器を持たないおれに対し、ふたたびいくつもの槍の穂先が突きつけられた。


「静かにしろ! いやしくも国王陛下の御座ござを荒らした所業、みずからの命でつぐなうがいい」


 えらそうな態度を見せる髭面ひげづらの騎士が真正面に立っておれを面罵めんばする。

 あ、わかったぞ。

 こいつら、おれをキリヒトの代わりに下手人げしゅにんとして差し出すことで城に入られた失態を帳消しにするつもりだな。

 たく、どいつもこいつも自己保身には熱心だ……。


 「おい、待て! お前たちも見ていただろう。キリヒトを倒したのはおれだぞ! それがどうして犯人扱いなんだよ?」


 率直に事実を申し立てる。

 仮にも信義と忠誠をむねとする貴族の一員ならば、真実を曲げて事態の収拾を図るなど良しとしないはずだ。

 これだけ数がいれば、ひとりくらいは良心の呵責かしゃくに耐えきれず、こちらの要望を聞き入れてくれる人物がきっと出てくるだろう。


「アーデン大公……。この男は本当にあの異世界からの侵入者なのでしょうか?」


 兵士のひとりがつぶやくように異議を唱えた。

 ん? いやちょっと待て。

 いまなんて言った?


「わかっておる! だが、我らが賊を処罰したとしたら……。孫娘の罪、一等を減じられ命をながらえるやもしれん。それさえ叶うのなら、わしの命と引き換えでもこやつをきものに」


 血走ったまなこで随分と物騒なことを口走る初老の騎士。

 何より『アーデン』という名前に聞き覚えがあった。

 この人、ひょっとするとロザリンドの親族なのか?

 年恰好から判断するに、父親というには年を取りすぎている。

 だとすれば祖父といったあたりが妥当かもしれないな。

 そして気になるのは現時点でのロザリンドの境遇だが、どうやらあまりよろしくはなさそうだった

 ハウゼルは心配ないと語っていたが、世の中そうは甘くないのが現実。


ほっするのは、王国に弓引く謀反者むほんものの首級である。それさえ城壁に晒すことができれば、王家の体面はきっと保てるだろう。だが、腕一本すらないのでは、代わりに何者かを見せしめとして処刑場へ送る必要がある。名も無き雑兵では駄目だ。万人が納得できるほどの名声を持つ反逆者でなければ、近隣諸国に広がった不信と地に落ちた我が国の威信を取り戻すことは決してあたわぬ……」


 ほら来た。国家の威信というやたらに抽象的な概念だ。

 おれにはどういう理屈で犠牲者が必要なのかサッパリ理解できない。

 しかし、大公と呼ばれた男のさらなる一言で現状はある程度、察した。


「それに適うのは、あの異国の風貌を持つ別世界からの勇者か、我が孫であるロザリーだけだ……。ならば、この男を身代わりに」


 おいおい。どうしてそうなるんだよ。

 あ、いやまあキリヒト自身がこの世界で割合と高名なのは納得できる。

 目立つからな。

 ロザリンドだって、あの美貌と腕っ節が合わされば、さぞや宮廷でもてはやされたことだろう。

 その時、おれの脳裏に天啓てんけいがひらめいた。


”そのような人物が密かに謀反をくわだて、王国を我が物にしようとした。首謀者はキリヒトで、実際に裏でそそのかしていたのが王家に近い血筋のロザリンドだった”


 あ、なるほど。そういう筋書きか!

 なので、おれをやつに見立ててすべての罪を背負わせたあと、一件落着を図る。

 代わりに救われるのは彼女の命か……。


「許せ、お若いの。貴公が何者であるのかは知らぬ。しかし、この老いぼれとともに地獄へ旅立つことを覚悟してくれ」


 勝手な言い草だな。つくづく腹には据えかねるが、さりとて無碍むげに扱うのもなんとなく気が引ける。

 これが荒事あらごとであれば、無理矢理に包囲網を突破して城から逃げ出せばいいのだろう。

 近くにはサクヤもオトギもいる。おれが直接に何かしなくても、彼女たちならば造作なくこの難局を打開する方法を思いつくはずだ。

 しかし、これはもう刃傷沙汰にんじょうざたならぬ、人情沙汰だ。

 簡単に割り切って済む問題ではない。


「ああ、もう面倒くさいな……」


 他の転生勇者みたいに強敵ライバル窮地きゅうちもゴリ押しで突破できたらどれほど楽だろうか。

 ついつい配役にまで口を挟みたくなる。

 あれこれと思案しているうち、なんだか様子がおかしいことに気がついた。

 さっきまで饒舌じょうぜつに口を滑らせていたアーデン大公が急に動かなくなっている。

 彼だけではない。周りを囲んだ他の衛兵たちまで身じろぎひとつ起こすことなく、いまは立ちすくんでいた。


「な、なんだ? どうしたっていうんだ、唐突に」


 目の前の人物から漂う違和感。事実を確かめようとして、そっと手を伸ばす。

 指先が相手の体に触れると、疑心は確信に変わった。


――厚みがない?


 いつの間にか視界に映る人物がまるで等身大パネルのように安っぽい書き割りのセットに置き換わっていた。

 さらに視線を巡らせる。

 すると、周囲にいる他の衛兵たちもみな一様に薄いパネルとなっていた。


「これは……。舞台か何かの大道具か?」


 ようやくと口に出せたのは特に面白みのない、ありきたりな感想だった。

 まあ目の前の現実が突拍子過ぎて、コメントに困るといったていたらくなだけだが。

 おれが指先で押したアーデン大公のパネルが静かに後方へと倒れていく。

 転倒防止用の支えがないため、板は音もなく床に沈んだ。

 かき乱された空気によって残りの書き割りも次々と地面に倒れ込む。


「あらあら。さっそく世界が撤収を始めているようね」


 うしろから声がして振り向くと、そこに姿を現したオトギがいた。

 オレンジの髪と金色に輝く怪しい瞳がいたずらっぽい雰囲気を醸し出している。


「撤収……?」


 かけられた言葉の意味をつかみきれずにおれは短く繰り返す。


「お疲れ様です、ノックスさん。これでシークエンスはすべて完了しました。間もなくこの世界は存在意義を無くし、収斂しゅうれんしていきます。わたしたちも急いで撤収作業に移行しましょう」


 今度は反対側からサクヤが出てきて、もっと意味不明な説明を加えてきた。

 いい加減にまともなレクチャーをしてくれ。現場主義にもほどがある


「まあ、ここで色々と聞かされるよりは実際に見たほうが早いわよ。さあ立って、まずはハウゼルと合流しましょ」


 オトギに腕を取られて、おれは立ち上がった。

 そういえば彼は何をしているんだ?

 確かサクヤと別行動を取っていたはずだが……。


「では、まずここを離れて集合場所である中庭に移動します。そこから対象者と一緒に問題なく離脱できればいいのですが……」


 含みを持った女の子の言い回し。

 なんだ? まだ誰か、おれの知らないメンバーがここへ来ているのか。

 どうにも各セクションの連携が不十分なせいで、すべてがいきあたりばったりな印象だ。

 

「まあ、なんでもかんでも自分が承知している必要性は無いか」

 

 うながされて壊された大扉から謁見えっけんの間を抜ける。

 部屋を出て驚いた。これまで勇壮な威容をたたえていた石造りの空間が一歩、外に出ると、裏側は木製のパネルとそれを支える何本もの角材で造られた撮影用のセットになっていたからだ。


「これが『撤収』なのか?」


 随分と驚かされたが、実際に世界が変貌へんぼうしていく様子を目の当たりにすると意味が通じてくる。

 つまりは主人公が不在となってしまった世界では物語の継続そのものが実行不可能となり、用意された舞台が次第に崩壊していくという現象か。

 筋書きのないドラマは多々あれど、主役が存在しない物語は続けても意味がない。

 ここはすでに終わるさだめの世界となってしまったようだ。

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