#035 我が法理に従え、世界

 戦術の基本は敵の最大戦力をいかにして効率よく排除するかである。

 だからおれは、バントの構えでいまのキリヒトがもっとも得意としている遠距離からの攻撃を無効化した。

 あいつだって馬鹿じゃない。

 不用意に近づけば、またあの【強制改変コ ー ド】の輝きを受けてしまうと考えているはずだ。

 だからこそ、威力もまともでない雷迅拳(ライトニングフィストブロー)にいまも頼っているのだろう。


「どうした、何を恐れている? 所詮しょせん、おれのやっていることはその場しのぎの悪あがきだぞ」


 みずから自嘲気味につぶやいてみる

 事実、戦いは終盤を迎えて、なお相手側が有利であった。

 こちらから飛び込んでいくのは愚の骨頂。敵の攻撃を避けきれずに狙い撃ちされてしまうのが目に見えている。

 たとえ運良く近づけたとしても、近距離での格闘戦は相手に一日の長があった。

 なにより、どれだけのダメージを与えようとも即座に負傷をやす【超再生リジェネレーション】の前では焼け石に水だ。


「あいつは強い。そこは素直に認めるさ」


 だからこそ、おれは戦術によって相手を出し抜き、乾坤一擲けんこんいってきの一撃を決めるしかない。

 いわば布石の上に布石を重ねて、その下に落とし穴を掘っておく程度の小細工が必要だ。


「我ながら、慎重にもほどがあるな……」


 勝てない相手に挑むのが蛮勇ではない。勝てる算段も立てずに強い敵と戦うのが愚策なのだ。

 おれは、およそ勇者らしくないスタイルでやつを迎え撃とうと考えていた。

 言葉巧みに相手を煽って、こちらの術中にめてしまおうと画策している。

 なんのために?

 勝つためだ。勝てるなら、どれだけ無様に振る舞おうと大した問題ではない。

 

「さあこい、キリヒト! これがおれとお前の最後の駆け引きだ」

「貴様の狙いはわかっている……」


 遠くにこちらを見やりながら男が小さく答えた。

 その表情には不信と不満が渦巻いている。

 おれの言葉などすべて無視してしまおうという感じだった。

 まあな、これまでのいきさつを考えたらそれが正解だ。


「おれが近づくのを期待して、例の怪しげな魔法をもう一度、かけようとしている。そうだろう?」


 真意を見抜いた、とでも言いたげにキリヒトは静かに語ってみせる。

 当たり前だ。いまのところ、それしか勝つ手段が思い浮かばないのだから。

 他にいい方法があるなら、こんな面倒くさいやり方にこだわる必要はないさ。


「だが残念だったな。おれにその手はもう通用しないぞ……。なぜなら、どうやって魔法を発動させるのかを知っているからだ」


 そうかい。目の前で見せてしまったのはつくづく失敗だったな。

 まあ、あのタイミングでしか放つチャンスがなかったのだから、いまさら悔やんでもしょうがない。こうなれば、なんとしても次のタイミングを作り出すしかないわけだ……。


「では、いくぞ! 覚悟しろ、ペテン師め。今度はおれが貴様をあざむく番だ!」


 吠えるように言い放った瞬間、キリヒトが小さく腰をかがめて少ない助走とともにこちらを目がけて飛びかかってきた。

 その勢いは激しく、体ごとおれにぶつかり強引にねじ伏せるか、右手の剣を無理矢理に奪い取ろうとするつもりなのだろう。

 確かにシュトローム・ブリンガーがなければ、おれには強制介入コ ー ドを発動することはおろか、やつと対峙する余裕すらないはずだ。

 なぜならキリヒトはレベル九九で無敵の転生勇者。こちらはしがない駆け出しだ。


「まあ、勝負にもならないかな……」


 まともにやりあえば、為すすべもなく蹴散らされてしまうのが当然である。

 だが、それは正々堂々と真正面からぶつかった場合の話。

 最初からおれには無縁のやり方であった。


「待っていたぞ、キリヒト……。結局、お前にはそれしかないのをおれは確信していたんだ」


 そらを翔けるように、こちらへ飛び込んでくる敵影。

 どれほどスピードをのせようが、見えない速さでやってくる衝撃波に比べれば止まっているのも同然だ。

 かがめていた姿勢を戻し、剣の柄を両手で握り直す。

 大きくテイクバックを取って真横にスイングを始動した。


「いくぞ、フルスイングだ!」


 こちらが一転、攻撃体勢を整えるのを見て、やつの表情が変わる。

 だが、もう遅い。踏み込みの衝撃で破壊した相手の両足はいまだ自由には動かせないはずだ。

 なにより足場のない空中では、たとえ転生勇者と言えども姿勢制御は効かない。

 ただまっすぐにこちらへ向かってくるだけだ。


「シュトローム・ブリンガー! やつを吹き飛ばせ!」


 命令を下すと魔力のフィールドが変化する。

 刀身の中ほどに鋭い円錐状の膨らみを持たせ、その周囲には同じような形の小さい突起物が無数に配置されていた。それらはひとつひとつが自律的なモーメントで回転運動をしている。

 インパクトの瞬間、手のひらに伝わってくるとてつもない重量感。

 人ひとりの質量が速度をともなって衝突しているのだ。

 気を抜けば、こちらが腕ごと剣を持っていかれかねない。


「おおおおおおおおっ!」


 ありったけの気迫を込めて体中の筋肉に力を入れる。

 魔力を張った刀身は、キリヒトの無防備な胴体に深々と食い込んでいた。


「おらぁっ!」


 全身全霊で力を絞り出し、手にした剣を最後まで振り切った。

 弾き返されたキリヒトの体が城内の壁に向かって投げ出されていく。

 激突と同時に大きく崩れた壁面。

 表面に塗られていたモルタルが粉々に剥がれ落ち、中に積み上げられていたレンガのブリックが派手に壊されていく。


「これでどうだ、キリヒト!」


 瓦礫がれきの山の只中に全身から血を噴いている転生勇者の姿があった。

 シュトローム・ブリンガーの打撃によって内蔵が破裂し 、壁にぶつかった衝撃で全身の骨が折れているはずだ。

 裂けた肉と千切れた血管から止めどなく血液が流れ出し、石造りの床に血溜まりが広がり続ける。


「さすがにこれなら意識が途絶えたはずだ……」


 いまも手に残る確かな手応え。

 向かってくる敵の勢いを逆手に取り、再起不能なまでにダメージを与えるという、おれの作戦は一応の成功を見た。

 どれほどの強さを誇ろうとも気を失ってしまえば対処は容易である。

 そう思った途端、目の前に信じられない光景が映った。


「――馬鹿な、まだ動けるのか?」


 瓦礫の中からゆらりと立ち上がるキリヒト。

 体中から流れ出る血流を気にもせず、こちらへ歩き出そうとする。

 だが、男は床の上に散らばったレンガの欠片に足を取られ、簡単に転倒した。


「意識を無くしても、なお本能だけで立ち上がるのか……。まったく執念だけは本物の勇者様だよ、お前は」


 やつの全身から黒いモヤが一斉に立ち昇る。

 このまま放置していては、ほどなく相手の傷口は癒え、もう一度おれの前で立ち上がるのは間違いなかった。


「だが、そうはさせない。完全に無防備であるこの状態こそ、おれが待ち望んでいた瞬間だ。いくぞ、シュトローム・ブリンガー!」


 逆手に剣を持ち、胸の前に構える。

 意識を集中して口にすべき【強制改変コ ー ド】の内容をひと息にそらんじた。


「オーダー! やつの人体修復能力を限界まで強化しろ、以上だ!」


 命令を受けて刀身がまぶしく輝く。魔力が励起れいき状態となって、いまにもほとばしりそうなほど白く発光していた。


「これが正真正銘、最後の強制改変コ ー ドだ。受けてみろ、キリヒト!」


 手にした長剣の柄を目の前まで引き上げる。

 そこから一気に刃先を足元の硬い床に対して垂直に突き立てた。


我が法理に従え、世界ブレイクダウン ・ ザ ・ ワールド!」

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