#020 野盗と野郎と下郎ども

「だれだ!」


 驚いて足を止める。

 現われたのは背の高い男だった。だが、そいつは勢いをつけたまま派手に地面へと倒れ込む。

 こちらに背中を向けた状態で横倒しとなってしまい、顔はよく見えない。

 身に着けているのは着古したようなシャツとズボン。

 同じく年季の入った肩当てや胸当てで急所をカバーしている、急ごしらえの戦闘体勢だった。

 近づいて男の様子を確かめる。


「おい、あんた。大丈夫か?」


 敵なのか味方なのか判然としない。とりあえず声をかけてみる。

 おれの呼びかけに相手の男が弱々しく首を動かした。

 

「ん? どっかで見た覚えがあるな……」


 記憶を探るとすぐ答えに行き着いた。


「こいつ、山道でおれを襲った連中のひとりじゃないか!」


 確か、気を失った仲間の肩を抱えて最後に逃げ出したリーダー格のやつだったかな……。

 

「どうして、こいつがここに?」


 ひょっとすると襲撃に加わった盗賊の一味なのか。

 頭の中で疑問が次々に沸き起こる。


「そこに……。だれかいるのか?」


 いまにも事切れそうな声が男の口から漏れてきた。

 光を失いかけた瞳でおれの姿をとらえようとしているが、焦点がうまく定まらない感じだ。


「しっかりしろ。何があった?」


 片膝をついて男の体を背中から支える。

 もう片方の手で相手の頭を下から持ち上げた。

 耳に届く苦しげな呼吸音。視線を下げると、見えてきたものは赤い血溜まり。

 流れた鮮血は男の傷口からあふれていた。


「おれの仲間を助けてくれ。みんな、どこかで戦っている……」


 途切れそうになる意識を懸命につないで男は助力を請う。

 そして、おれは確信した。


「お前がアドベルか?」


 問いかけに相手は無言のまま、ゆっくりとうなづく。


「そうか……。よく頑張ったな」


 託された言葉を伝えた。

 だが、その声がアドベルに届いたのかどうかはわからない。

 おれの腕の中で彼はすでに事切れていたからだ。

 強く握りしめていたはずの短刀が力なく手放され、硬い石畳に乾いた音が響き渡る。


「おい、キリヒト……。こんなところで何をしている? お前の仕事はもう終わったのか」


 脇道から、また別の男が現れた。

 血糊ちのりに汚れた剣を片手に、大柄な体躯たいくを揺らしながらこっちへ向かってくる。

 太い腕にズボン越しからでもよくわかる発達した足の筋肉。

 どう見てもこれが本物である。

 おのれの肉体を武器に他人を襲う、本当の盗賊であった。


「ん? いや、違う。お前、キリヒトじゃないな。何者だ?」


 おれの姿を確認して手にした剣を胸の前に構える。

 さすがにここまで近づけば身なりはともかく、顔を見れば他人の空似であることは明白なのだろう。


「この男をやったのはお前か?」


 相手の疑問には答えず、自分が知りたい 事実のみを反問した。


「は? ああ、そうだ。黙って逃げていればいいものをわざわざ目の前で立ちふさがったりしたからな。邪魔するやつは殺す。これが盗賊のしきたりだ」


 悪びれずもせずに堂々と答えてみせる。

 なるほどな。これがこいつの仕事の流儀で、人の命を奪う条件というわけか。


「じゃあ、次はおれが代わりを果たそう……」


 アドベルの亡骸なきがらを地に預け、落ちていた短刀を片手につかむ。

 おれの意思に感化されたのか、首にかけたシュトローム・ブリンガーが胸の前でまばゆい光輝を発していた。

 空いている左手でペンダントを包み込む。


「こいつはお前が戦う相手じゃない。おれの個人的な動機で始めた寄り道だ。ひとりでやらせてくれ」


 手のひらの中のパートナーへ小さく語りかけ、自身の決意を伝える。

 望みを聞き入れたのか、シュトローム・ブリンガーは輝きと脈動にも似た魔力の発動をすぐに消失した。

 だが、それと同時にこれまでは局所的に効果を限定していた【物理防御プロテクション】の魔法が全身を包むほどに大きく範囲を広げた。

 間違ってもこの程度の相手に痛手を負っては困るというわけか。


「まあ、いいさ。これでかなりの無茶ができる」


 魔力の加護をありがたく受け入れ、目の前の賊と相対する。

 こちらが漂わせているただならぬ気配を察したのか、男は警戒心もあらわに剣先を向けてきた。


「やめておけ。邪魔をしないのであれば、このまま見逃す。おれたちは逃げる人間を追いかけたりはしない。無意味に命を奪うのは、盗賊の流儀に反するからな」


 取ってつけたようなキレイ事が男の口からつむがれる。

 それで情けをかけたつもりか?

 言いたいことは山ほどあるが、訊きたいことはひとつだけだ。


「で、逃げるやつが宝物を抱えていたらどうするんだ?」


 どれほど建前を並べようが結局のところ、こいつらの本性は狙う、襲う、奪う、である。


「あ? 腕を切って奪うさ。生きていれば二本の足で走ればいい。おれたちは何も持たない人間に興味がないからな。お前もそうすればいい。命だけは取らずに済ませてやろう」


 男の声色こわいろが変わった。

 言葉の端々から余裕をうかがわせる口ぶり。理由は簡単だった。

 いつの間にやら、あちらこちらから仲間の賊たちがおれを取り囲むように姿を見せている。

 さすがは現役の盗賊。周囲の異変を敏感に察して、仲間の危機に集まってきたのか。

 どいつもこいつも目つきだけはやたらと鋭い。

 おれの値打ちを測るように上から下まで観察していた。


「なんだ、こいつは? キリヒトの同類か。と言っても、あいつみたいに近づかない敵を遠くから攻撃できるわけじゃ無さそうだな。まったく、どこからともなく現れて好き放題やりやがって……。この世界は、お前らが暴れまわるために存在しているわけじゃねえぞ」


 賊のうちのひとりが吐き捨てるように言い放つ。

 姿は違ってもまとう雰囲気は同類か。

 おれもキリヒトもこの世界ではイレギュラーだ。

 彼らにしてみれば厄介やっかいな異邦人であることに変わりはないのだろう。


「だからと言って、そのツケを背負わされるのが、この世界で懸命に生きてきた人々である必要はどこにもないんだ」


 問題はキリヒトであっても、こいつらがろくでもないことの言い訳にさせては駄目なのだ。


「なあ、おい。服にはあんまり傷をつけないでくれ……。あの恰好かっこう、実はおれもやってみたかったんだ」


 鷲鼻できわめつけに人相の悪い男がまわりの仲間に秘めた願望を打ち明けた。

 数的有利を取った途端、獲物の分配を口にするあたりが盗賊のしたたかさである。


「じゃあ、おれはズボンの方をもらおうか。さあ、どうする? おとなしく着ているものを差し出すなら、命だけは勘弁してやってもいいんだぞ」


 鷲鼻の提案を受けて、目の前の男が余裕たっぷりに問いかけてきた。

 まあ、一〇〇パーセント嘘なのはいまさら語るまでもない。

 なので手っ取り早く答えてみせる。


「ちらつかせた刃先とよく回る口先で脅すだけがお前たちの得意技か? 面倒だからさっさとかかってこい。おれにはまだキリヒトを止めるという用件があるからな。お前らはたまたま目に付いたから片付けておく。ただそれだけだ!」


 渾身の煽りはやつらのプライドをうまく直撃できたらしい。

 こちらの返礼を受けて口々に「もう許さん」「覚悟しておけ」等々、それぞれに忌々いまいましげな感想をつぶやいている。

 これによって交渉は決裂した。さあ、いまからは実力行使の時間だ。

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