#018 二人の転生勇者

「このあたりの村のものか? 素性すじょうを名乗れ。不審な動きを見せれば、容赦はせぬぞ!」


 全員の中で一番、偉そうな態度の人物が目の前にいる誰かを詰問していた。

 あれが隊長か?

 まわりを逃げ出さないように残りの部下が囲んでいる。

 そのせいで肝心の相手の姿がよく見えない。

 思い切って身を乗り出し、さらに近づこうとした瞬間。


「き、貴様! 何を?」


 厳しい表情を見せていた隊長さんがいきなり後方へと吹き飛んだ。

 いや、本当に一瞬である。

 続けて周囲にいた兵たちがひとり、ふたりと同じように弾き飛ばされ、距離を取った仲間たちが一斉に剣を抜く。


「なんだ?」


 尋常じんじょうならざる事態を受け、おれは動かし始めていた足を急いで止めた。

 こちらがとまどっている間にも状況はさらなる変化を遂げる。

 なぞの人物に対し、武器を持って取り巻いている兵の一団。

 常識で考えても抵抗は難しい。

 しかし、次の瞬間には、まわりにいた全員がまったく同じタイミングで攻撃を受け、文字通り薙ぎ倒された。


「いまのは攻撃か? だが、どうやって……」


 ほとんどが意識を失うか、痛みで動くことさえ適わないままとなっている。

 容赦がないと言うか手加減が下手なのか……。

 防具で身を守っていなければ最悪、死者が出てもおかしくない。


「一体、何が起きている」


 目を凝らして、視界に映る光景をつぶさに確かめる。

 もはや、そこに立っているのは、ただひとりだけだった。

 正体不明の人影は片足を高く上げたポーズで敵を見下ろし、怒りの表情を顔に浮かべている。


雑魚ざこが。おれの邪魔をしようとするから痛い目を見るんだ。いまは気分が悪い。これ以上、わずらわせるのなら、容赦なく息の根を止めるぞ」


 とんでもなく物騒な物言い。

 うずくまる兵士たちを虫けらのように扱い、静かに足を降ろした。

 それから男は視線を眼下に見える『薔薇の館シュロスハウスデローゼ』に向け、いまいましげな声を上げる。


「やってくれたな……。おれがいない間に軍隊を動かすとは。ロザリーは何をしている? まさか、やられたのか。いや、おれ以外に彼女を倒せるやつなど」


 ロザリーというのは、ひょっとしてロザリンドの愛称か?

 風に乗って言葉がおれの耳に運ばれてきた。

 内容から察するに、こいつがキリヒトか!

 あらためて男の容姿を慎重に観察する。

 風に吹かれて静かに揺れている銀色の髪。長く細い眉毛によく整った目鼻立ち。余計な体毛などひとつとして見当たらない白い肌。

 身を包んでいるのは、丈の長い黒のレザージャケットに同じようなデザインのレザーパンツ。足元は動きやすそうなショートブーツで固められていた。

 服にはごちゃごちゃとしたアクセサリーがいくつも付けられ、襟先には防寒用の黒いファーが巻かれている。


「なんだか、ライトさんと気が合いそうな方ですね」


 サクヤが小さな声で感想をつぶやいた。勘弁してくれ……。

 なんというか、街中で自分と同じシャツを着た赤の他人と偶然、鉢合わせするくらい居たたまれない。

 いまどきの転生勇者はこのレベルで痛いのがデフォルトなのか?

 どこか親近感を覚えてしまうキリヒトだが、彼の背後にひとしれず忍び寄る影が見えた。

 最初に倒された一団の隊長が片手に剣を持って襲いかかろうとしている。

 こうなれば恥も外聞もなく、うしろから敵を討ち果たすのみと言った感じだ。

 狙いを定めて、振り上げた剣を無防備な背中に向かって叩きつけようとする。


「――無駄だ」


 振り向きもせずにキリヒトが応じた。

 迫る刃を避けようともしていない。

 だが剣は勇者の体に届く直前、何かに防がれて相手を斬りつけるには及ばなかった。

 キリヒトを護ったのは色艶いろあでやかな幾重いくえにも折り重ねられた一枚の布。


「な、なんだと……」


 よもやの失敗。男の声が落胆の色を帯びる。

 凶刃を阻んだのは、ふたりの間に突如して割り込こんだ新たなる人影。

 姿を現したのは明るい色の着物を大胆に着崩し、激しく胸元をさらした大柄な女性だった。ゆるく広がるオレンジ色の長い髪が背中を隠すように覆っている。

 女は悔しさに歯噛はがみしている男を前にして、素早く手首をひるがえし、刀身を布に巻き込む。

 それから瞬時に両腕を強く跳ね上げた。

 途端、男の手から握りしめた剣が上空へとはじけ飛ぶ。


「誰だ、あいつは? ただものじゃないぞ」


 流れるような手際の良さに、つい声を漏らした。

 為すすべもなく武装を剥ぎ取られた男が唖然としている。

 そのまま女の姿が現われたときと同様に忽然こつぜんと影の中に沈んだ。

 何かの魔法か、あるいは忍術と言うやつなのか?


「手間をかけたな、オトギ」


 さらにキリヒトが動く。片足を大きく引いて、腰をひねった。

 勢いをつけて右腕を素早く動かし、振り返りざまに手刀で空を斬る。

 隠し持ったナイフなどではない、完全な素手による一刀。

 だが、そこから生み出された見えない刃が敵を襲う。

 相手が身につけた防具をやすやすと斬り裂き、肩口から鮮血が吹き出す。

 衝撃は今度こそ男から抵抗する意識を根こそぎ奪った。

 派手に吹き飛ばされて気を失う。そのまま地面に倒れこんだ。


「キリヒト様、ご無事で……?」


 すべてが終わったあと、ふたたび男のかたわらに姿を見せた、なぞの女性。

 さきほど防護に使った長い布をいまは喉元を隠すマフラーとして首にかけている。


「問題はない。助かったぞ、オトギ」

「いいえ、出すぎた真似をいたしました」


 オトギと呼ばれた女性が声を返すと、キリヒトは静かに姿勢を正した。

 それから何かを決意したような表情でいま一度、眼下に崩れ行くみずからの居城を視界に収める。


「強いな……。あれが固有スキルの雷迅拳(ライトニングフィストブロー)か」


 一部始終を見届けたおれは素直な感想を口にした。

 名前で勘違いしそうだが、まとめて兵士をなぎ倒した攻撃は蹴り技での応用だろう。

 つまりは両手両足でスキルの発動が可能というわけだ。

 やばいな。スキルの効果範囲がどこまで有効なのかいまだ不明だが、近距離でもお構いなしに飛んでくるのは間違いない。

 さらにはどこに身を潜めているのか予想もつかない護衛がいる。

 これではますます手の出しようがないぞ。


「お前たちのやり方は理解した。ならば、こちらも相応の覚悟で受けて立とう……。憶えていろ。決してこのままでは済まさない。おれを本気で怒らせるとどうなるか、身を持って教えてやる!」


 呪詛じゅその言葉を吐き捨て、キリヒトの体が宙に浮く。

 うそだろ? 普通に飛べるのかよ!

 ますます転生勇者のチートっぷりが際立ってくる。

 そのままキリヒトは燃え盛る自らの居城には目もくれず、山の彼方を目指して急速に姿を小さくしていった。

 オトギの方は、いつの間にか音もなく静かに姿を消している。

 やつら、今度は何をするつもりだ……。


「あいつを倒すことが最終目標なのか? だが、あの強さは……」


 不安と焦燥しょうそうが胸をよぎる。

 この世界でだれひとり敵うものなどいない転生勇者。

 強すぎる力が無軌道に発揮されれば、訪れる結末は悲劇でしかない。

 そうなるように動いたのは自分だ。

 いまさらながらに背負った役割と使命の重さを痛感する。


「ライトさん! シークエンスマーカーに変化がありました!」


 またサクヤがよくわからないことを言い出した。

 いい加減、必要な部分は事前に教えておいてもらいたい。

 まあ、いまさら愚痴ぐちってもしょうがないか。大人しく拝聴するとしよう。


「次の予測行動地点が評議会より指定されています。わたしたちも当該シークエンスへ転移魔法で向かいましょう」

「つまりはどういうことなんだ?」


 何を求められているのかサッパリわからない。

 理解可能とはまで言わないが、せめて目的くらいはハッキリ教えて欲しい。


「ようするにボス戦ですね」


 なるほど、よくわかった。

 物語を改変することにより、対象をあぶり出し追い詰め、とどめを刺すというわけか。

 その中で汚れ仕事がおれの担当と……。

 まあいいさ。ここまでくれば最後まで受け持ってやる。

 この世界の登場人物たちがどうなるのか、個人的にも気がかりだからな。

 可能なら夢見の悪い結末は避けてもらいたいが、現実はいつだって最悪の選択に進んでいく。

 神が無能なのか、人間が強欲なのか。多分、両方だ。


「わかった。それじゃあ、さっさと最終ステージに向かうとしよう。えっと……。またこいつを使うのか?」


 鎖で下げられているペンダント状のシュトローム・ブリンガーをつかみ、確かめるように訊いた。

 無言のままにサクヤがうなづく。

 少女は寄り添うように体をおれのすぐそばにまで近づけた。

 一連の流れはすでに承知している。

 手にしたアイテムにありったけの力を込め、精神を強く集中。

 もう大丈夫だ、最初のようにあれこれと思い悩んでいた自分はいない。

 ミネバから与えられた称号、『終焉の客演者エンドロール』の名にふさわしい働きを見せるとしよう。

 おれにはそのための力と責任がある。ともに戦う仲間もいる。


「行くぞ、サクヤ! しっかりつかまってろ!」


 気合を入れてひとつ息を吐く。

 足元に巨大な魔法陣が展開され、周囲の風景がまたも暗転した。

 行き先はシュトローム・ブリンガーが知っている。おれはただ強く念じるだけでいい。


挿入ジャックイン!」

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